第9話 和光富士見バイパス~環状七号線 ⑥
ミサキ・キリシマの手記
外は雨が強い。嵐のようだ。
紛争も小休止状態になっているらしい。
噂によると雨が上がったら空港が再開すると言う。
隣の部屋では荷物をまとめていつでも出られるように準備をしていた。
さて、ちょっと休憩したから続きを書く。
高校卒業後、わたしはバイトで小遣い稼ぎをしていた。
ハワイの仕事は過当競争気味で、繫忙期とか空母が寄港した時期は仕事にありつけたが、だいたい中東の出稼ぎ労働者に取られていた。
個人宅配はそんな中でも仕事にありつける方だ。と言いより人種間の相互不信から配達人の人種指定サービスがある。
読者さんはこれを読んで驚くかもしれないけど、いまのアメリカは人種指定とかを信用できる企業サービスとしてビジネスに組み込まれている。
白人は玄関前に黒人がいることを恐れ、黒人は玄関前にヒスパニック系がいることを恐れ、ヒスパニックは玄関前に中国人が待ち構えてることを恐れた。
人種指定はそんな恐怖感を払しょくしてくれる。
100年前はまだマシだったと言われている。
白人系アメリカ人が多くて、まだまだ安定感があったからだ。
でも温暖化や物価高に世界同時紛争が重なって、アメリカ人の出生率は極端に落ちていった。
そこへ反AIとかで人手不足から移民受け入れが加速したりするもんだから、どうしようもなく不安定な多人種国家へとなっていった。
おっとバイトの話。
「ねえ、今日のデモに参加する?」
ルームシェアの友達は学生です。
「デモ? それより働かないと、それでなんのデモ?」とわたしが聞いた。
「永住権にも投票権を! わたしの両親はアメリカのために働いてるのに投票できないって変でしょ」
「まあわかる。うちもそうだから」
わたしの読者さんへ
100年前から長く続く物価上昇の影響で投票権のあるアメリカ人の出生率は極端に低い。
そのため投票権はごく限られた富裕層か老人か、出生地主義から誕生した新しいアメリカ人が持っている状態だ。
古い映画に出てくるような白人と黒人アメリカ人なんて老人以外でほとんど見ない。
ルームメイトもアフリカ系か、ヒスパニック系、わたしはアジア人系。
中東のイスラム教徒は彼らだけで集まるからよくわかんない。
そんな感じになる。
あなたの時代はどうですか?
たぶん出生率が改善されないなら、相変わらず世界中から労働者を受け入れ、その子供たちに投票権を配る感じですか?
ちょっとはいいアメリカになってますか?
ともかく数年前に永住権のある人々にも選挙権を与えるべきという機運が高まっていた。
「じゃあ私はデモに行くね」
「うん、わかった。その看板いかしてるよ」
「でしょ! 自信作なんだ!」
えっと、デコレーション盛盛で、下品な罵倒語が書かれていた、とだけ書いておこう。
「わたしは今夜両親と久しぶりに会うんだ。だから帰りは遅くなるかも」
「わかった」
それから何気なくテレビをつけた。
大統領が演説をしていた。
RCV方式になってから温和な大統領が続いていたが、彼は違った。
思想が強く、過激な言動で人気となった男だ。
その政治手法は100年前の大統領と似ていて、内側に敵を作るタイプだった。
共和党の最大支持勢力はMAGAになる。Make America Great Againとか言われても古くてダサいよね。
それが党内部で3つの派閥に分けられる。
伝統を重んじる。星条旗と軍隊の伝統派。
宗教を重んじる。キリスト教福音派。
経済と科学のグローバルテクノクラート。最後のは富裕層ね。
アホな民主党が衰退してからだいたいこの3つの派閥から大統領が誕生していた。
今までは伝統を重んじる大統領か、あるいはグローバルテクノクラートの支持する人物が大統領になる。
たまに民主党から大統領が誕生するが、それはグローバルテクノクラートから熱烈な支持があった時のみになる。
いままでは。
テレビで演説していたのは福音派が支持して大統領になった男だった。
『我々はまたしても試練の時を迎えている。アメリカの伝統と文化が試されている。新しい移民は別の宗教を信仰し、奴らは我々の神を否定するニューカルトとしてはびこりアメリカを分断しようとしている』
ああ、ニューカルトというのはこの大統領の独特な表現になる。
わかりやすく言うと日本のサブカルチャー的な宗教観を指す。
もっとわかりやすく言うとアニメや漫画のごった煮のような宗教観をカルト的だと批判したことから始まった。
日本のサブカルチャーに根付いている妙に科学的でそれでいて雑に神様が多く登場するあの世界観。
それはアメリカのサブカルチャーや宗教観に徐々に浸透していった。
宇宙猿の戦士たちが肉弾戦するやつとか、差別主義の巨人たちが襲ってくるとか、そういうやつ。
もうだいぶ前から福音派はカルト的な宗教団体の弾圧の正当性を主張して、宗教の自由を否定していた。
銃乱射事件とか、イスラム過激派とか、それらは宗教の自由ではなく宗教の無秩序をもたらしている。
だから信仰の秩序をもう一度作り、そのうえで自由を。
とかそんな感じの主張。
かつて禁酒法時代とかもそうだけど宗教的な発作が起きると大弾圧をはじめるのがアメリカという国だ。
グローバル派はそういうのを否定的だったけど、規律と秩序を重んじる伝統派が宗教観の統一を支持したため大統領選にまで影響してしまった。
それで誕生したのがこの大統領。
2期目になる。
わたしが子供のころに当選して、1期目から日本ぽいサブカルチャーはどんどん廃止されたり禁書扱いになった。
小学校の図書室から漫画類は禁書として廃棄処分になった。
けどこういうのは何もここ数年の話ではない。
ずっと昔から続いている。
日本が鎖国した40年前から海外に移住した日本人たちの肩身は狭くなっていった。
世界中に散らばった日本人とそのコミュニティはその時はじめて気づいた。
わたし達が海外で暮らせるのは母国が見えない盾で守ってくれていたからなんだ。
100年前、当時の大統領が無政府状態のハイチ人移民に対して、「犬猫を食べている!」とでたらめな言いがかりを言って国民を扇動した。けれどたいして問題にならなかった。
せいぜいがウィーク誌の一面で批判記事が載るくらい。
誰もそのあと気にしなくなる。
なぜならハイチ政府が弱く麻痺していたからだ。
200年前ならプエルトリコ人がその立場だった。ウェストサイド物語の見れば何となく察することができる。
これがかつての大国、ロシア人とかフランス人とかだったら謝罪して発言撤回するか、そもそもそんな発言をしない。
つまりこういうこと、その人種の後ろ盾である国家の影響力がそのまま社会的な地位になる。
それがアメリカという国だ。
日本連邦は鎖国した。
その影響は連邦に戻らなかったグローバル企業や在住日本人に降りかかる。
クルマのブレーキに不備があると疑惑が出れば内部調査は何年も続き、安全性の第三者チェックと称して極秘資料から製造装置まで暴かれる。
中小企業は安値で買いたたかれるのはしょっちゅう。
EUですら域内の製造業では中国に技術力で負けているため日本企業を国有化したり、買収してバラバラに解体した。
まあとにかく日本のグローバル企業は40年かけて解体されて、日本人は40年間不遇の扱いになった。
マシなのはゲームとかアニメとかだったけど、それが大統領主導でついに潰されたのがここ数年の出来事だった。
数日前にレイラという川越で出会った東京人がいる。
彼女は海外に憧れていて、目をキラキラさせて外の世界について語っていた。
わたしはそんな彼女を見て、やめておけと言えなかった。
外に日本人が自由に暮らせるところはない。
東京の方がまだマシだ。
映画のような世界なんてどこにもない。
牧歌的なロシアも暖かく迎え入れてくれるEUもそんなものは幻想にすぎない。
わたしは言えなかった。
頭が痛くなる発言を繰り返す大統領にうんざりしてテレビを消した。
バイトの時間だったはず。
あの日のバイト先は人前に出ないホテルの清掃。
日系人は結構白い目に見られる。
40年前、連邦が鎖国してからアメリカ経済は混乱と衰退が著しい。
大抵のアメリカ人はその原因を日本のせいだと言っている。
ここで反論しよう。
わたしから言わせれば日本無しで衰退する。しかも半世紀かけて立ち直れないアメリカの方に問題があると思う。たぶんRCV方式のせいで政治が硬直してるのが問題。
それなのに選挙改革をせずにスケープゴートとして都合がいいからとバッシングしてるんだ。
アメリカ社会ってだいたい都合が悪いとソ連のせい、日本のせい、中国のせい、インドのせい、という感じに他責の言い訳してきた。
とにかく今の他責ローテーションはぐるっと回って日本のせいになっている。
選べるバイトは非常に少なかった。
ちょどバイトが終わった時に連絡が来た。
『ミサキ、いまから向かうね』それはお姉ちゃんからだった。
「あ、クルマ出してくれたの?」
『そうレンタカー。ミサキパパとママも乗ってる』
マイクから二人の笑い声が聞こえた。
「じゃあいつものレストランに行くね」
『待って、やばい。つかまって! ドン!』
「お姉ちゃん! お姉ちゃん!」
叫び声と燃える音、爆発音、連絡が途絶えた。
そのあと警察から連絡が来た。
わたしの両親とお姉ちゃんが乗ったクルマは暴徒に襲われて火炎びんを投げられた。
クルマは壁に激突して、火は瞬く間に燃え広がって、逃げる暇もなく――。
ごめんこれ以上は書けない。ごめんなさい。
暴徒は大統領の熱心な支持者だった。
捕まったけれど、あの大統領が恩赦を与えて死刑囚から終身刑になった。クソが。
暴徒だろうと何だろうとアメリカ人の後ろ盾はアメリカであり大統領ってこと。
アミンが、そしてレイラが東京が嫌いだと、脱出したいと言っていた。
わたしもそう。
アメリカが嫌い、出ていきたい。
帰る場所なんてもうないから。
それがわたしがこの地に来た理由。




