第9話 和光富士見バイパス~環状七号線 ④
わたし達はまるで紛争状態のような危険地帯を脱した。
たどり着いたのは大田区だ。
大田区は大森区と蒲田区が一つになってその二つの字をそれぞれとって大田区と言うようになった。
旧日本国が工業国として成長していった時代、この地区では優秀な職人たちが多くの工業製品を作っていたと言われている。
それは古い100以上前のイメージになる。
いまの大田区は違う。
「スクラップヤードだらけ」
「そうよ。ここは東京最大の廃品処理場だからね」
大田区はスクラップヤード、通称ヤードと言われる周りを高い壁で囲ったスクラップ処理場が大量にあった。
震災後に高層ビル群や崩壊した地下施設、インフラ、個別住宅からEV自動車まで、価値のある貴金属を取り出す処理場が大繁盛した。
すべてを震災が変えてしまった。
それはレイラの見下すような憎しみのこもった発言からわかる。
「ヤードはクソよ。金目の物に惹かれて世界中のゴロツキがヤードを隠れ蓑にしてクソみたいなことをしてきたの。キツツキって知ってる?」
また出てきた。と思った。
治安の崩壊した地区のビルなどの建物に侵入して壁を壊して銅線など貴重な金属を盗んでいく集団。
鳥のキツツキのように建物に穴をあけて中を腐らせる迷惑な集団。
「ここにきて何度も聞かされた。窃盗団の通称でしょ」
「そ、このヤード壁の向こうは元々キツツキたちの巣だったのよ。あたしらが生まれる前に旧日本が財政破綻してさ。それからキツツキが物凄く増えたの。インフラから路肩の自動車まで金目のモノは根こそぎ奪っていったのよ。あたしとアミンとアイシャが子供のころ。ある日エアコンが止まったの。信じられる? あいつら外にあった室外機を根こそぎ盗ってったのよ。あの日から夜にぐっすり眠れなくなったんだ」
レイラの独白は続いた。
この地に住む人の生の声、イヤなことをイヤ、嫌いなことを嫌いと言える人の本音を聞けた。
「ふふ、ほんとクソみたいな連中でさ。電力不安定期に電柱からEV自動車までいろいろ狙ったりしてどんどん都市が機能不全になってったの。それで渋谷だかどこかの偉い人を怒らせてね。ある日、新宿のチャイニーズマフィアが数千の兵隊連れてヤードを囲んだのよ。それで一か所を見せしめに火をつけたの。立てこもってたヤードのキツツキたちは全員降伏して、その家族も全員震災復興慈善労働という名目で重労働に従事したんだって。それで彼らの関係者はほとんどが過労死したって話よ。だからこのヤードの向こうは今もチャイニーズマフィアのシマで仇敵たちは無償労働してるって話よ」
「因果応報ってはなし?」
レイラはそうじゃないと首を振る。
「ううん。あたしそれを聞いてざまあみろって思ったの。あいつらに同情する余地はないし、わたしらから奪ったモノで養われた家族も過労死するまで働くのは当然って思ったの。それでふとね。一番クソなのはクソ共がはびこるこの国なんだって思ったの。生まれる前からクソの温床があって、クソッタレな外国人たちが自分勝手に暴れまわって、最後はやっぱり利権を持った外国人が自浄作用みたいに粛清して回るのよ。バカみたいでしょ。現地で生きるまっとうな人の意思は関係ないのよ。あたしはね、この国が嫌いなの。大っ嫌いなの」
レイラはあっけらかんと自分の生まれた国を嫌いだと言う。
「…………」
わたしはその時なにも言えなかった。
「ごめんね。グチに付き合わせちゃって、ミサキはいいよね。外の自由な世界から来て、憧れるな」
「自由ね……外もそんなでもないよ」
彼女は、レイラは思ったことを言っただけだ。
そこに悪意も皮肉もない。だけど外を憧れる気持ちに共感できなかった。
「わかってる。外の世界もいうほど自由じゃないって、けどここよりマシ。こんな衰退していくところよりぜんぜんマシ。どこもかしこも壁だらけのここよりぜんぜん」
「…………」
わたしはレイラに何も言えなかった。
言えるわけなかった。
環七の終わりは唐突にやってきた。
道路に設置された臨時のバリケードで許可証の確認を実施していたのだ。
「許可書は?」と守衛がぶっきらぼうに言う。
レイラが許可証を見せた。
「はい。これでいい?」
守衛は知人だったらしく、急に親しげに話した。
「オーケーだレイラ。あとそっちは」
「ミサキ・キリシマ、一応記者です。身分証はココに」
「照会するから少し待ってくれ」
「はい」
照会中、雑談がはじまった。
「それで何があったんだ? クルマのそこら中に弾痕があるぞ?」
「聞いてないの? セタガヤの連中が撃ってきたのよ。有志連合も敗走したみたい」
「おいおいまじかよ。それでさっきから武装した連中が動き回ってるのか」
「ほんとに何も知らないのね」
守衛は、わからない、というジェスチャーをして答える。
「こっちは今朝から日本連邦一色だぜ。兵隊集めてるのもそれでかと思ったぐらいだ」
「ああ、たしかに普通ならそう考えるわ。普通なら」
ピコンと電子音が鳴って照会が終わったことを知らせる。
守衛が身分証を返してくれた。
「オーケーだ。通っていいぞ」
「ありがとう。それじゃ」
ゲートが上がって、大田区と梅田区の境とでも言うべきエリアに入った。
そこはヒジャブを付けた女性や真っ白な民族衣装トーブを着た男性が行き交っている。
あとは観光客がごく少数だった。
「羽田から来たから知ってるでしょ。この辺はアラブ系カジノがあるの。ここはカジノで働く従業員たちの地区でもあるのよ」
かつて工業大国だったころ、ここでは職人たちが汗水たらして国の根幹を支えていた。
モノ作りに励み、社会インフラを支え、国の発展に大きく寄与した。
いまは違う。
少し郊外では国の根幹であるインフラを削って生計を立てるヤードがはびこり、沿岸の人工島では人心を惑わすギャンブルが栄える。
確かにレイラじゃなくても、その土地の歴史を知っていたら見ててイヤになる。
歴史に思いを馳せ、重苦しい現実が横たわっているのを見ると、なんだかどっと疲れてきた。
「ねえ大丈夫?」とレイラが心配する。
「ちょっと疲れちゃった。今日はもうホテルで休みたい。全部忘れて~寝たい」
「そうだよね。あんな銃撃とか避けてきたんだから、わたしも休みたい」
「駅までお願いできる?」
「もちろん。任せて」
わたし達はそのあと最寄りの駅で別れた。
ふらふらになりながらホテルに戻って、そこで倒れ込んだ。
そのまま深い眠りに落ちた。
テレビでは世田谷の武装勢力の攻勢がニュースになり、窓のカーテンにはロケットや爆弾の光と炎が淡く彩られていた。
いろいろあって、わたしはすっかり忘れていた。
クルマのグローブボックスに突っ込んだ銃の存在を。
レイラがそれを守衛に渡さなかったことを。




