第9話 和光富士見バイパス~環状七号線 ③
たぶん男と思われる死体は頭から上が丸焦げになっていた。
首には熔けたタイヤが原形をとどめない形ではりついていた。
体は椅子とダクトテープで固定されていて、どんなに抵抗しても外せなかったことを物語っていた。
必死の抵抗の跡がそこら中にあり、それがとても痛ましかった。
そしてもっとも目に付くものが腕に巻かれていた――
「さすがにヤバいね。いったん引き返して別の道を通ったほうがいい。ただ囲まれないように小道は避けて大きな道路だけを選んで――」
レイラがいろいろ考えを言いながら次のルート予定を組み立てていく。
ただ、わたしはそれを聞かずに車から出て死体へと駆ける。
「ちょっと!?」
「ごめん。すぐ出す準備をして!」
急いで近づく。
死体からは焦げた臭いがした。
燃えてからそれほど日にちが経ってないのだろう。
肉とゴムが焼けて混ざった不快な臭い。
口元をハンカチで押さえて近づく。
死体の腕に巻かれた報道腕章を見て確信する。
さらに上着の胸ポケットを調べて身分証と思しきモノを抜きとる。
「ミサト! 早く!!」
パンッ!
レイラの声とほぼ同時に何かが弾ける音がした。
音のした方を見ると道路脇から全身タトゥーを施した全裸スキンヘッド男がこちらを睨んでいた。
男は手に持った拳銃をこちらに向けて撃ちながら走ってきた。
わたしは走る。
屈みながら走る。
レイラも車を前に出してくれた。
「乗って!」
「出して!」
何発か車のボディに当たり、火花が散る。
レイラはバッグに入れて車が全力で後ろへと進む。
だが急停止した。
「待って、何アレ!?」
後ろを見ると両脇の小道から車が何台も出てきてバリケードのように環七の道路を塞いだ。
「ウソウソウソ。ヤバいヤバいヤバい!」
「オーマイゴッド!」
パニック状態のところで今度は前の方も両脇から車が出てきて、道をふさぐ。
だが整備不良なのか車が音を立てて止まる。
完全にはふさがらなかった。
車が一台。
ギリギリ通れる幅。
わたしとレイラが目を合わせる。
「覚悟を決めるしかない」
「死ぬよりつらい目に合うなら、行こう」
わたしは急いでシートベルトを付ける。
そして衝撃に備える。
レイラがアクセルを目いっぱい押して急発進した。
タトゥー男が僅かな隙間に立ちはだかる。
そして拳銃を向けて撃ってきた。
パンッ! パンパンッ!
乾いた爆発音とボンネットの火花がほぼ同時に鳴る。
わたし達は身をかがめた。
ドン、という音の後、今度は側面を引きずる音がした。
しかし景色は流れている。
突破したんだ。
二人して顔を上げる。
タトゥー男がボンネットにしがみついていた。
「#%&!!”%$!?」
「きゃああああ!」
「ああああああ!」
タトゥー男が何か叫んでいた。
ボンネットからフロントガラスに張り付く。
持っている銃をこちらに向けて。
レイラはとっさにウォッシャーを噴射した。
全裸男は叫びながら滑る。
フロントガラスを引きはがされて後ろに転げ落ちていった。
あとはワイパーがガラス拭きをはじめるだけだった。
「何をぶっかけたの?」
「実はよくわかんないの。既製品なんて手に入らないから。う~ん中国製の謎溶剤かな?」
「さすが中国。最高ね」
「ええ、世界最大の工業国だもの」
ウィンウィンウィン。
無言の車内にワイパーの規則正しい動きが響く。
「ぷっ」
「くくく」
「アッハッハッハ!」
「あはあはははは!」
緊張の糸が切れて二人して笑い出した。
大笑いしながら車は環七を走り続ける。
「はぁはぁ、見たあのスキンヘッドの絶叫した顔?」
「見た。あのポークナッツ野郎のアホ面」
思い出してまた笑う。
レイラが急に車を止めて外に出た。
「どうしたの!?」
彼女はワイパーブレードの収まっている溝に挟まっていた銃を手に取る。
あのタトゥー男が持っていた銃だ。
鈍い銀色の銃を持って戻ってきて、それをグローブボックスに放り込んだ。
中には請求書とかいろいろ入っているのが見えた。
「いい、これは後で当局に事情を説明してから渡すから」
「うん、オッケー」
「ええ、とりあえず安全な所に着くまで忘れよう」
「そうね。そうしよう」
また車が走り出す。
「ところで安全装置はどうなってる?」
「安全、なに?」
「安全装置。銃の」
「わかんない」
「オッケーわたしは多少わかるから、見るね」
「ええ」
恐る恐るグローブボックスを開いて、なかの銃を確認する。
そしてゆっくり安全装置を入れる。
「この部分が外れてると撃てるから、気を付けて」
「ああ、よく映画にあるシーンね」
「そう。安全装置で撃てないとかパニックになるやつ」
「ええ、大丈夫。ちゃんと知り合いの警察に渡すから」
「うん。そうして」
しばらくすると対向車線に車列が走っていった。
装甲車のような車を中心に何十台もの車列だ。
人員輸送車には兵士が険しい顔でこっちを見ている。
「いまのはアラブ企業の雇われ傭兵たちね」
「傭兵?」
「羽田空港のすぐ近くにカジノがあるでしょ。そこが高い金払って雇った連中よ」
「つまり金庫番ってこと?」
「そういうこと。たぶん戦闘じゃなくて防衛線を作るのよ」
「なるほど」
「それでさっきのタイヤネックレスから何を盗ったの?」
「盗ったんじゃない。確認したかったの」
手に握りしめていた身分証を確認する。
予想はできていた。
世田谷に取材に行って音信不通になったフリーライター。
あの晒された死体はわたしの前任者だ。




