第9話 和光富士見バイパス~環状七号線 ①
プップーッ!
急かすようにクラクションが鳴った。
「ほら乗って」
昨日知り合ったレイラが運転席から顔を出して言う。
「本当にありがとう!」
「気にしなくていいよ。どうせ向こうに帰るんだから、それに昨日言ったでしょお礼をするって」
国鉄が全線運休になった。
途方に暮れるわたしに救いの手を差し伸べてくれたのが昨日知り合ったレイラだった。
彼女は車を持っていて、リゾートホテルまで送ってくれるといってくれた。
わたしはレイラの車に乗った。
古いが頑丈な日本車。
ボンネットにはかつて存在した企業エンブレムが今も輝いていた。
「それじゃあ二人とも気を付けて」
見送りはアイシャだけだった。
「うん、ありがとう。アミンにもよろしく言っておいて」
「はい。ちゃんと看病するから」
アミンは二日酔いで倒れて今もうなされている。
「アイシャ、ちゃんと猛アタックするんだよ」
「ちょっとレイラちゃん!?」
アイシャが赤面して抗議する。
レイラが笑いながら車を出した。
わたしは川越で出会った友人に手を振り別れを惜しんだ。
ガタン。と舗装されていない道路の穴ぼこを通るたびにひどく揺れる。
車内は狭く、後ろの席は油の臭いがするタンクや車の修理キットが占拠していた。
「ちょっと狭いけど我慢してね。なにせ東京は燃料の補給が怪しいから後ろに追加の燃料タンクを増設してるんだ。それに修理は自分でしないといけないからね」
「安全……だよね」
「そこは~~神を信じるしかない!」
不安だ。
「あっはっはっは。大丈夫よ。今日明日壊れたりしないから安心して」
安心できる話が一つもなかった。
レイラは川越に広がる闇市を避けて、その市場に商品を供給するための道路を走り抜けた。
ものの十数分後には川越を出る。
少しだけ日本語で喋れた場所、みんな貧しい感じがどこかハワイの日本人コミュニティに似ていた。
市場があるということは経済活動は活発な方だ。
あと少し状況が良くなれば生まれ変わる可能性がある。
今後も定期的に訪れて発展模様を記事にするんだと、この時は思っていた。
もう戻れないとは思ってもみなかった。
車が大きな道路に入った。
入り口には「和光富士見バイパス」と看板に書かれていた。
ただ看板にはロープが吊るされていてなんだかおどろおどろしかった。
レイラがその看板を顎で指して言う。
「この辺も治安が悪かったんだ。だから看板とか金属類は全部キツツキたちが根こそぎ盗ってくのよ。だから自警団ができてね。そういう連中は問答無用で捕まえて見せしめにロープで吊るすのよ」
「治安悪! 中世!?」
「あははアフリカ並よ。もっとすごいとこはタイヤネックレスとかしてるって聞くわ。南米やアフリカ系の移民が来てからどこも治安維持のためにやってるのよ」
「タイヤのネックレス?」
「ほらあれよ。手足をイスに縛られた罪人の首に自転車とかバイクのタイヤを巻いて、ちょうど”コの字”の部分に燃料を流して火をつけるの。左右にもがいてもタイヤは外れないからずっと燃え続けるってヤツ」
「あ、それ映画で見たことあるシーンだ」
「それで後は生きていようが死んでいようがイスに座ったまま晒すのよ。いまの東京はバカしかいないから、そのぐらい分かりやすく厳罰にしないと抑止にならないのよ」
「まじかぁ……」
レイラが、現地人がそうしないといけないと諦めているのがどうしようもなく恐かった。
ガタンガタン。
そんな話をした後だからか、エンジン音とガタガタな道路を進む雑音だけの車内が少し重苦しい。
「なにか音楽でもかけようか」
「いいね。音楽聞こう」
わたしはすぐに同調した。
レイラはインパネ中央の昔GPSナビが付いていたと思われる空洞に無理やり取り付けたラジオのスイッチを入れた。
「そこ回して、ラジオ局に合わせられるから」
わたしはラジオのつまみをいじった。
『たったいま未確認ながらの――ガガ……本日の運休状況は――ガガ……♪♪~』
ラジオからむかしの音楽が流れてきた。
とても懐かしく、好きだった映画の曲だ。
「あ、懐かしい。わたしこの曲が使われている映画大好きなの」
「きぐー。私もその映画好き。グレートルートランナウェイ!」
グレートルートランナウェイは2100年代に流行った映画の題名だ。
内容自体は二人の女性が車に乗ってユーラシア大陸北方横断道路グレートルートをウラジオストクからEUの西端までひたすら走るだけというもの。
途中で一癖も二癖もある人々と出会っては別れるを繰り返す。
そんなバラバラになった世界を旅するロードムービーだ。
ただそれでも自由を謳歌する二人がとても魅力的な作品になる。
レイラが笑いながら映画について話す。
「私さ。その映画が好きで世界旅行をしたいって思ったんだ」
「ほんとに!」
「ほんとほんと。この車だって今からでも車に乗りなれたいのと修理とか自分でできるようになりたいからってのがあってね」
「へ~いろいろ考えてるのね」
「ふふ、ほんとはアイシャとアミンとも行きたいんだけど、あいつが行きたいのは壁の向こう。日本連邦なんだよね」
「あ、そういえばそんなこと言ってた」
「確かにあっち側は安全だろうし、安定した生活はできるかもしれないよ。だけど自由なんてこれっぽっちも期待できない。私は自由に生きたいの。女ってだけで生きづらい社会なんてまっぴらごめんよ」
「…………」
わたしは何も言えなかった。
言おうかとも思った。
けど言えなかった。
「何アレ?」
前を見ると大勢の人が道路を埋め尽くしていた。
人々が何か叫んでいる。
何人かが大弾幕を掲げ、あるいは国旗を燃やしていた。
デモ隊どころじゃない。
ほぼ全住民と思われる大群衆が外に出て拳を空に挙げている。
異常な空気にわたしは息を吞む。




