第8話 川越⑥
ガラガラ。
定食屋のくたびれた戸が開き、一人の女性が入ってきた。
スラっと背が高いモデル体型の若い女性。
長い黒髪をなびかせながら店に入る彼女をほんの一瞬だけど女優かと思った。
「あれ~、レイラちゃ~ん」
「今日は若いのがよく帰ってくるな。一緒に飲まなあぃ?」
レイラは呆れた顔をする。
「じいさんたち今日も酒盛り? ってアミンあんたも混ざって何やってるのよ」
「うおっレイラっ!? ちょっと待ってくれっ」
酒盛りに付き合って上半身裸のアミンが慌てて着替え始めた。
「レイラちゃん久しぶり」
店員のアイシャも知り合いらしく、親しげに話しかける。
酔ってるアミンが倒れる。
気にせず二人は話し込む。
「アイシャもこんなとこでじいさんのセクハラに耐える必要ないのよ。顔の素材はいいんだしもっといい仕事を紹介してあげようか?」
「わたしはいいよ。レイラちゃんみたいに要領よくないし、ここを離れて自立とか、う~自信がない」
レイラに頬を触られてアイシャがあわあわする。
「そう。まあ気が変わったら言ってね」
それからレイラは店主に声をかける。
「ちょっとアミンと大事な話し合いがあるから、奥の個室つかってもいい?」
「構わんよ」
「ほら、アミン先行ってるよ」
「う……ちょっとは、ひっく……こっちを……いてて」
千鳥足のアミンがレイラを追ってが奥へと消えた。
わたしは何気なくアイシャに質問をした。
「ねえ、さっきの女性とあなたたちってどういう関係なの?」
「ひゃっ、えっと……レイラちゃんとアミンくんとわたしはこの近所で生まれ育ったの」
「幼馴染ってこと?」
「うんうんそう。私たち親が早くに亡くなって、海外NGOが運営する孤児院で育ったの。それで私はいっつもあの二人の後ろをついていって、けど二人はどんどん先に行っちゃってね。気がついたらこの街に残ってるのは私だけになっちゃった」
アイシャの二人を見る羨望のような眼差し、二人の間に入れない雰囲気。
なんとなく私が選んだプレゼントを渡す相手はレイラなんだろうと察した。
「二人は恋人なの?」
「う~んちょっと違うかな。大切な幼馴染だけど、レイラちゃんは成績もいいからすぐいい学校に特待生で入って、今はリゾートカジノで働いてるの。会うのは本当に久しぶりなんだ」
「そうなんだ」
「うん。それにアミンくんも電気エンジニアになるために近所の電気屋さんに、そこが廃業になったら所沢の発電所に就職しちゃって、ほんとうに二人に会うのは久しぶりなんだ」
「へ~~」
アイシャは少し俯いてため息をついた。
「はぁ。私と二人の違いってなんだろーなーって考えるんだ。それでたぶん夢の大きさなのかなって思っちゃうんだ。あの二人に比べると私の夢って幸せな家庭で慎ましく生活できればいいなっていう感じだから」
「それはいい夢よ。そんな自分を卑下することじゃないわ」
「そうかな?」
「ええ、とてもいい夢よ」
「ありがとう」
アイシャが少しはにかみながら笑顔になる。
「おい、アイシャ。爺さんたちの皿を片付けてくれ」
「あ、はーい」
わたしは一人になり、意を決して残った料理を食べる。
小麦粉と昆虫粉のブレンド粉をまぶして揚げた春野菜。
昆虫粉は森の香りがして風味が豊かになる、と言われてきた。
ところが我らがアメリカの多機能小麦粉メーカーの手に掛かれば自然の風味を徹底的に破壊して、壊滅的なフレーバーや保存性をよくする添加物をこれでもかと混ぜることで、この世の終わりの時にも食べたくないブレンド粉へと”加工”した。
アメリカのネット上ではこう言われている。
――アメリカの何がすごいか知ってるか? ポストアポカリプス(核戦争)後の略奪防止を考えてクソマズい食糧を備蓄してることさ!
――間違った政策と言われてるがそんなことはない。どの家庭も自主的に備蓄をしてるだろ?
こんな感じになる。
わたしは最後のひと口をミネラルウォーターと共に流し込んだ。
のど元を過ぎ去った直後にレイラがわたしのところに来た。
「あなたがミサキさんね」
「はい。ミサキです」
「一言いいたいことがあったの。ありがとう」
「どう、いたしまし……て?」
「アミンからプレゼントをもらったんだけど、中身を選んだのあなたでしょ?」
「ええ、そうね」
「ほんと、ありがとうね。アイツのセンスって壊滅的でさ。家に”アミンの呪術箱”ていうのがあるぐらい毎年へんなのばっかプレゼントしてくるのよ」
「うわ~そりゃご愁傷さま」
「あははは、ほんとにザ日本人って感じだね。聞いてた通りだよ」
「え、なんでそう思ったの?」
「ごシューショウなんてもう老人しか使わないよ」
「うそマジ!?」
「マジもマジ老人語!」
レイラはアミンと同じく気さくでフレンドリーだった。
なお、アミンはというと酔いが回って奥の部屋で倒れこんでいた。
アイシャが慌てて看病する。
「あれ大丈夫なの?」
「昔から酒に弱いからね。まあ大丈夫でしょ」
「それならいいんだけど」
「それでね。ちょっとしたお礼をしたいんだけど、いつまで川越にいるの?」
「お礼?」
「女心の分からないアレにマシなプレゼント選びを教えてくれたお礼よ」
わたしはメモ帳を取り出して予定を確認する。
「そうね。リゾートホテルのオープンセレモニーがあるから、取材のために明日には電車に乗って帰る予定」
「うそ、うーん……ちょっと厳しいかもよ」
「え? なにが?」
「だってさっきラジオで言ってたのよ。国鉄がストライキを発表して、たぶん明日は全線不通よ」
「え? うそ、なんだって!?」
一番大事な日に欠勤になる。
わたしの頭の中に解雇、クビ、お前はクビだ、という言葉がよぎった。




