第8話 川越⑤
「はいお待たせ~。カツ丼定食でーす!」
「はい。ありがとうございます」
人懐っこいショートカットの連邦職員、ラムダスリーが昼食を持ってきた。
給仕台車には3人分の昼食が置いてある。
わたしはカツ丼を頼んでいたが、2人は日替わり定食を頼んでいた。
たぶんエビフライ定食だ。
部屋のプロジェクトマッピングの映像も穏やかな風景から高級旅館風レストランのテーブル席に変わった。
移動しなくても気分転換になるのはいいと思った。
わたしは箸を手に取りすぐにでも食べようとした。
「いただきます」
「いただきまーす」
連邦職員2人が食事前に手を合わせて、感謝の挨拶をした。
わたしも慌てて「い、いただきますっ」と言った。
食事中は静かに、かというとそうでもない。
とくにラムダスリーがいろいろと聞いてきた。
「ねぇねぇ、外ではいただきますとか挨拶しないってホント?」
「えーっと、日本人コミュニティ内ならよく見かけて、そこ以外だと宗教色が強いカトリック系のコミュニティだと食事の前に神への感謝の祈りとか言う感じかな。都会や学校だとまず見ないね」
「ふ~ん。そっか~。なら東京ではどうだった?」
「東京……そういえばだれもやってなかった気がする」
「ほうほうやっぱりね。じゃあね――」
「ラムちゃん。食事が冷めてしまうので質問は休憩時間にしましょう」
「はーい。じゃまた後でおしゃべりしましょ」
「あはは、そうですね」
かつ丼を一口食べると外はサクサク、中はジューシー。
熱が奥まで通った肉は柔らかく、ひと口で肉汁と油の旨みが口の中に広がった。
とんかつソースが舌を楽しませた。
その甘く濃厚な味を出すのに一体どれほどの食材が使われているのかまるで想像ができないかった。
「美味しい!」
自然と料理に対する賞賛を口にする。
「そうでしょ。なにせ連邦が科学の粋を結集して開発したGMO(遺伝子組み換え)作物とゲノム編集家畜100%使用の料理だからね」
「んぐっ、ゲホゲホ」
「お水を、大丈夫ですか?」
「ごくごく……はい、ありがとうございます」
遺伝子組み換え、ゲノム編集。
100年前には完成した遺伝子操作技術。
通常の進化では不可能な新しい生命を生み出すことができると言われた古い技術。
成長の早い植物や害虫に強い作物などいろいろ生み出したという。
ただ信頼性や科学不信から長いこと流通量を少なく抑えていた。
その流れが変わって一気に広がったのが80年前になる。
80年前、日本連邦が誕生した頃だ。
「ちょっと驚いて日本連邦ではGMO作物がこんなにおいしいんですか?」
「ええ、もちろん。外の世界は違うのですか?」
「扱ってるけど、どちらかというと低所得者層の食材とかジャンクフード用で、オーガニック食材が一番みたいな風潮があるかな」
「え、いまだにそんな時代遅れな発想なの!? おっくれってるー」
「ラムちゃんも知ってるでしょ。外は私たちと違い、古い価値観の世界だと」
「もちろん知ってますけど、ほらやっぱり実際に聞くのとじゃ印象が違うじゃないですか」
アルファワンが「確かに」とつぶやいてそこで一度話が途切れた。
それから食事中は静かに黙々と食べるだけになった。
ただ食事がおいしいと言われて職員2人の機嫌がいいことは見てとれた。
食後、食器類を片付けに行ったラムダスリーが戻ってきた。
部屋のプロジェクトマッピングの映像は今度は竹林の中の休息場という感じになった。
わたしは先ほどの話の続き、GMO作物などへの認識が気になったので少し探りを入れた。
「さっきの話の続きだけど、日本連邦ってゲノム編集家畜とかが幅広く扱われているんですか? その、富裕層はオーガニックとか自然食材みたいな高級品を好むとかないんですか?」
アルファワンが少し考えこんでから答える。
「そうですね。そこは歴史的な経緯と国の方針が関係していますね」
アルファワンは相方の方を向いてバイザー操作をジェスチャーで頼んだ。
ラムダスリーが手元を操作して部屋の一角に映像を映し出した。
「こほん。それではわたくしラムダスリーが日本連邦史をかいつまんで説明しましょう」
部屋の一角に現れた映像スクリーンに地球が映し出される。
そして地球の平均気温の推移が表示された。
「ご存じのように200年前ほど前から産業革命の影響で、徐々に地球温暖化ガスが増加していき、つい100年ほど前から惑星の平均気温が上昇して異常気象が世界規模で発生するようになりました」
映像は異常気象や干ばつなどの世界中各地の惨状を映し出す。
「そして80年前の2040年代に温暖化と異常気象による大凶作が全世界で数年間続いて、えっと外ではワールドフードショックと呼ばれるこの現象によって農業輸出国ですら食料が賄えない異常事態が発生したのです」
映像は温暖化を示すデータや水不足から地割れした農地などいろいろな映像が流れた。
世界各地の人々が行列をつくり、子供たちは骨と皮だけという異常事態。
最後に死者数のグラフが現れた。
これらは学校でも学んだ内容になる。
「さて、旧日本国は令和の米騒動、米離れ、農家不足と廃業、インフレ物価高騰、最後にアメリカからの自由化圧力と立て続けに起こり一次産業が完全に衰退。食料自給率も30前後まで低下したところで温暖化による高温障害による不作、世界的な食料貿易の停止、飼料用穀物の停止、畜産業の壊滅、という世界飢饉の影響が重なったため都市部を中心に飢饉が発生しました。これは日本以外にも例年食料自給率70%以下のほぼすべての国。全世界100か国以上で同時に発生したため世界飢饉と呼ばれています」
世界飢饉。
世界各国で食料自給率が毎年数%づつ低下し続けて、どれほど対策をしても異常気象の被害が上回り、自給率がさらに低下し続けた。
しかも農業大国と言われる国々が安く大量に供給するためさらに自給率が低下するという悪循環が発生した。
そのさなかにすべての農業大国で大凶作が発生したことから起きた飢饉。
映像にもかつての日本が映し出され、当時大量にあった老人ホームに自衛隊が入っていった。
自衛隊員たちが老人ホームのベッドから動けず餓死した老人や衰弱死した老人の遺体を運び出していた。
中には自傷や首吊りなどの痛ましい映像が現れた。
うっぷ、食後に見たくない映像が次々出てくる。
アメリカなら検閲されるだろう映像だ。
「さて、この世界飢饉後にいろんな国で政変や権力闘争があって、旧日本国でも自衛隊を中心としたクーデター軍が権力闘争に勝利して日本連邦が誕生しました」
空中の映像は次に日本列島が映し出された。
全国が赤色だったところに北海道が青色になり、そこから一気に全国に青色が広がった。
そして赤い勢力が関東圏まで縮小した。
「さて我らが連邦は社会体制の改革を進めながら、まずはじめに食料自給率を100%以上にすることを各州政府に課しました。もちろん関東一帯にまで縮小した旧日本国も対象で、その成果である東京大水田はもう見たよね」
「はい。中央から西東京までずっとある田んぼですね」
「そう、それです。制度をわかりやすくすると日本連邦の各州政府は必ず食料自給率100%を達成しなければならず、もし達成できない場合は人口統制――住民を強制移住をさせてでも食料自給率を挙げなければいけないという風になりました。言い換えると効率の良い食料生産体制を構築した州には人材が集まるように、非効率な州は衰退するようになったの」
「それで納得する人っているの!? 強制移住って反発がすごいんじゃないの?」
「ああ、だいじょうぶだいじょうぶ。これは基本的な枠組みの話で、ここから食料自給量買取制度を通して食料生産枠の売買取引とかがあって実際に人口統制が実施されたことはないよ」
「まるで二酸化炭素排出量取引枠みたいね」
「発想は一緒だね。これに反対したのが資本が搾り取られることが確定していた東京と各地方で昔からの慣行栽培をする農家たち。んで各地の反対派を全員東京に追放したのは――知ってる?」
「ええ、まあ。それはニュースにもなってたし、日本連邦は強権的な国家といまも言われてる」
「まあ、大総統府の強制力はすんごいよ。一応各州政府は対抗できるけど、餓死者だしちゃった元凶扱いだったからね。旧農家追放を止める人はいなかったらしいよ」
いつの間にかプレゼン風の説明からフランクなおしゃべりになっていた。
見かねたのかアルファワンが横から話に加わった。
「ミサキさんと先ほどお話しした川越。そこの住民のほとんどが追放された旧国の農家の子孫になりますね。たぶん気づいてると思いますが彼らは非常に非効率な農業を今だに続けています」
「あ、やっぱりそうなんですね」
「はい。川越は旧来の慣行栽培を中心に作ってるので、観察局のレポートによると温暖気候に品種が合ってないと指摘してますね」
「あと無農薬栽培! あれ、やめてもらいたいんだよね。毎年害虫が大量発生して去年なんてイナゴが大発生したんだから」
「え、イナゴ!?」
「イナゴはイネの子と呼ばれるように農薬散布をやめたら大量発生するのは当然です。まして西東京は世界飢饉後に食料自給率を上げるために強引に作り上げた水田があるんですよ。そこで農薬を使わなくなったらどうなるか誰でもわかります」
空中の映像が切り替わった。
今度はイナゴの群れの映像やそれを捕獲する人々の映像がでた。
「あ、これは去年のイナゴ採りの映像ね。ほんと大変でさ。集めたイナゴで佃煮作ったりしたんだよね。まあ食べる人あんまいないんだけど」
「佃煮……食べれるんですか?」
「一応、にこちら側も農薬散布はしていないので無農薬の佃煮ですよ」
日本連邦側が農薬を使っていないことが少し意外だった。
「なるほど、ちょっと食べてみたいかも」
「あら、昆虫食に抵抗がないんですね」
アルファワンが意外そうな顔をした。
そんな意外かな?
ラムダスリーが察したように質問をする。
「あ、そうだ。ミサっちに聞きたかったんだけど、外だと昆虫食が一般的ってホント?」
もし100年前なら驚愕の質問かもしれない。
「もちろん。ただわかりずらい形だけど」
アルファワンがわざとらしく咳払いをする。
「こほん。200年前からずっと二酸化炭素濃度が上がっていました。その影響で農作物は炭素を多く吸収して大きくなるけど、地中の栄養素の吸収スピードは一定なので栄養が乏しい作物が大量生産されるようになりました。とくに世界飢饉後は巨大化大量収穫に特化したGMO作物(遺伝子組み換え)を栽培するようになり、大量に収穫できるけど栄養が乏しいというほとんど水のような作物が市場に出回るようになりました。そのため必須栄養素を効率よく得るためにゲノム編集したコオロギなどを大量飼育して乾燥粉末にした昆虫粉を小麦などに一定量混ぜることが主流になったのです」
「説明ありがとうございます。はい、だから昆虫粉入りの料理が普通だね」
「うげ~。絶対に味が変わるよ」
「否定はしないよ」
昼下がりの雑談。
そんな他愛のない話の中にも日本連邦とわたし達のどうしようもない違いというか、溝があると思った。
けどそれは東京人とも感じていた。
「さ、昼休みはもうそろそろ終わりにして、続けましょう。もう半分は過ぎたでしょうか?」
「はい。それで川越の居酒屋に彼女が現れたんです」
特に彼女とは分かり合うことができなかったな。




