第8話 川越④
定食屋に入る頃、すでに日は傾き始めていた。
店のくたびれた戸を横に、ガラガラっと音を立てながら、開ける。
中から焼き魚の芳ばしい匂いがした。
若く幼さが残る女性店員が元気よく挨拶をした。
「いらっしゃいま……アミンくん!」
「おう、アイシャ久しぶり」
「こんばんはー」
「えっと……そちらは?」
「あ~この人は仕事場で会ったアメリカ人のミサキさん。川越に取材に来た記者だ」
「どうもはじめまして」
「そんでこっちは幼馴染のアイシャだ」
「あ、はじめまして」
最初、この人がプレゼントの相手かと思ったが違った。
その意中の人はこの後に現れた。
わたしとアミンは店の空いている席に案内された。
最初に水が欲しいと言うと有料で新品のミネラルウォーター、闇市に流れている支給品が出された。
もちろんぬるかった。
定食屋にはすでに先客がいて、彼らは近所の農家たちだった。
今日の仕事を終えてすでに酒盛りをしていた。
「あれ、アミンじゃねーか」
「ベッピンさんを連れて、なんだついにレイラちゃんから鞍替えか?」
「んなわけあるか」
「おーいアイシャちゃん。酒っ!」
「あ、はーい」
酒を提供しているのかと思ったがメニューに酒について記載が無いことに気づく。
アミンに聞くと答えてくれた。
「酒造メーカーなんてどこも日本連邦側に渡って、東京に残ったメーカーは安い海外に負けてどこも潰れちまった。んで、立川は酒税をどんどんかけるから誰もまともな酒を飲めない。だからあれは密造酒さ。味も品質も劣悪なクソみたいな酒だ」
「密造酒!?」
「そうさ。経済支援物資の乾パンとか砂糖とかに廃墟になった酒造メーカーに忍び込んで酒かすだか酵母菌だかを見つけて混ぜて発酵させて作った酒モドキだよ。注がれても飲まない方がいいぞ。マジで」
「おいおい、オレの酒が飲めないってのか? ほら飲もうぜアミーンく~ん」
「わかったわかったから、絡むんじゃねぇ」
アミンは酔っ払いたちに連れられていった。
「あのご注文は……」
アイシャと呼ばれていた店員がオドオドしながら聞いてきた。
「あ、えっとそれじゃあ魚定食で」
「はい、定食一でーす」
時間が空いたのでアイシャという人に話しかけた。
というよりさっきからチラチラとこちらを見ていて、何か話したそうだった。
「えっとアイシャさんよね。漢字だと”ラブの愛”に”糸少ないの紗”?」
「ごめんなさい。わたし漢字とか学んでないので、それに両親もいなくて、名前の由来もわからないんです」
「えっとごめんなさい」
「いえ、わたしもあっちで裸踊りしてるアミンくんも親がすぐに亡くなって、川越のみんなに育てられたんです」
「へ~そうなんだ」
アミンが裸になりながら「大丈夫ですよ! 穿いてません!」と見えそうで見えない格好で叫んでいた。
どこが大丈夫なんだろう?
あまり見たくないからわたしはアイシャの方を見つめる。
わたしにじっと見られてアイシャが顔を赤らめてオドオドする。
あらカワイイ。
「それで、ここでは学校とかはないの?」
「あ、えっと、学校はあっても先生が全員海外からのボランティアで、英語でしか教えてくれなくて、それで私が通ってたところだと漢字とかも教えてくれなくて」
「え、そうなの!?」
「漢字も日本の漢字は古いから教えられる人がいなくて、そのほかの学校だと新宿勤務の中国出身の先生が簡体字とか教えてくれるって聞いたことがあります」
「あー、あ~そうなんだ」
「だから日本語はしゃべれるけど、わたしは読み書きがニガテなんです」
「それじゃあむしろ英語の方が得意とか?」
「そんなことないけど、食材とかは英語じゃないと買い付けできないかな」
アイシャといろいろ雑談していたところ、店長が魚定食を運んできた。
「アイシャ。久しぶりに幼馴染に会えたからって油売ってるじゃねーぞ」
「あ、ごめんなさいっ!」
店主はそのまま酔っ払いとアミンの方に向かう。
「このごくつぶし共が人の店できたねーもん見せるんじゃねぇ!!」
「おう、おやっさん! 今日の酒はクソ酔うな!」
「ぎゃはは、オレが腹踊りのやり方を伝授してやる」
「まあまあいいじゃないか。久しぶりに帰って来たんだからよ」
「ふん、爺さんたちも酒ばっか飲んでないでもっといいもん作れってんだ。年々味が悪くなってるぞ」
「今日はやけに突っかかるな。カミさんとうまくいってないのか?」
「うるせー!!」
とても賑やかな定食屋だ。
それはそうと出された魚定食は春野菜と川魚、ご飯の代わりにパンだった。
ライスにするとかなり割高の料金になる。
川魚は鮎、荒川で釣った魚だという。
魚はいいけれど春野菜、お味噌汁の味噌も美味しくなかった。
味に雑味があって、シャキシャキ感がなくて、しなびてる。
味噌もどこか違う国の味噌っぽい何かを使っている感じだ。
パンも支給品の小麦粉から作ったようで、いろいろ混ざってるのか、遠くハワイの小学校の味がした。
学校の資金不足から安くて栄養とか考えていないアメリカの給食味。
もう二度と食べたくないと思った苦い思い出が口の中で広がった。
たしかに店主が愚痴りたくなるわけだ。
わたしは改めて東京で美味しいものを食べるにはどこかの後ろ盾のある店に行かないといけないのだと理解した。
旅行客を相手にしたリゾートホテル、華人が経営する中華店、メキシコ系国会議員のメキシコ料理店。
優先的にいい食材が運ばれる所。
そういえばリゾートホテルの高級レストランは現地のオーガニックな食材を使っていると言って、そこまで美味しくなかったことを思い出した。
川越の土地が貧しくなっているのかもしれない。
そんなこと考えながら魚定食を食べた。




