第8話 川越③
震災直後、闇市の前進である露天商が各地に誕生した。
建物が倒壊する可能性があるから、という建前だ。
さらに追い打ちをかけるように品不足からの物価高騰が発生して、経済安定のために価格統制を実施した。
価格統制というのは品物が粗悪品だろうと高級品だろうと類似品の価格を強引に統一することだ。
たとえば格安タマゴと高級タマゴを同じ100円で販売するということになる。
そんなことをすれば店頭には粗悪品しか並ばなくなるのは当然のことだった。
高級品は裏通りでこっそりと、ぼったくり価格で売られるようになる。
そうしないと利益がでないからだ。
このぼったくり価格の露店が通りを埋め尽くしているところ、これが闇市になる。
川越はそんな闇市の中でも最大規模になる。
土地の肥えたここでは農作物が多く採れて、東京では野菜が希少だからだ。
自然とここに市場が形成されていった。
わたしはさっそく市場を見て回った。
商品にはいろいろな価格が書かれていたが、大抵はドル紙幣で取引できた。
旧日本の硬貨は存在しない。
貴金属価格の高騰で市場から消えて海外に持ち出されたと言われている。
日本札も鎖国の影響で紙くずとなって、一部のマニアが取引しているぐらいだと言われている。
そのため東京は公式にドル決算を推奨している。
物価が安定するからだ。
そんなわけで露店の値札には「$」が書かれている。
露天商たちが使う言語はマチマチだった。
日本語、中国語、英語、その他よくわからない言語。スペイン語とポルトガル語のような気がした。
露店の表看板には取り扱っている商品をAI生成したイラスト、店主が扱える言語を示す国旗マーク、そして使える国の紙幣のマークが並んでいる。
英語話者の八百屋なら野菜のイラスト、イギリスの国旗、ドルマークという具合だ。
だいたい話者の国別でまとまっている感じになる。
さて、露店の一つにアクセサリーを扱う店があった。
その店頭に並ぶ品を険しい顔で見つめる、見知った人物がいた。
所沢のソーラー発電所で働いているアミンだ。
そういえば今日は休日とか言っていた気がする。
わたしは軽く声をかけた。
「何を見てるの?」
「うおっ!? なんだミサキか……あ~ちょっとな知り合いへのプレゼントを考えてたんだ」
「プレゼントって……それを?」
「おう、カッコいいだろ」
剣に龍が巻きついたクソダサいキーホルダーを見せてくれた。
「兄ちゃんいいセンスしてるよ。これはかつて日本列島中の霊験あらたかな場所に安置されていて、日本男児たちがこれを手に入れようと躍起になっていたという伝説のアクセサリーだぜ」
どう見ても観光名所のお土産屋さんに置いてあるクソダサい粗悪なキーホルダーだが、物は言いようである。
今どきの小学生は欲しがらないだろう。
「やべーかっけえ」
「ウソでしょ!?」
「なんだよ。アメリカじゃこういうのは流行ってないのか?」
「いや、うんごく一部にスカル系ファッションを好む人はいるけど、――そうね。アメリカというよりハワイだとティキっていう守り神かな。お土産で売ってるの」
「ハワイの守り神かそれもいいな」
「それならあるぜ。ほらよ」
わお、ハワイの守り神ですら闇市で売ってるよ。
「これはこれで……う~ん迷うな……」
「ちなみに誰へのプレゼントなの?」
「ああ、久しぶりに会う幼馴染にな」
「へ~それって、男?」
「いや女だ」
年頃の女性へのプレゼントとして真剣にクソダサキーホルダーを買うか悩む……だと。
「こんなクソダサいものもらって喜ぶわけないでしょ」
「そんなにダメか?」
「良い悪い以前の問題よ。はぁ、信じられない」
「だったら何がプレゼントに良いか決めてくれよ。これよりダサくないのをな!」
「はん、これよりダサいのを探す方が難しいっての」
売り言葉に買い言葉、軽口をたたいていたら、店主が怒鳴り散らす。
「おまえらなぁ……人の店でダサいダサい言うんじゃねぇ!!」
わたしとアミンはそそくさと店を後にした。
そんなわけでわたしはもっとマシなプレゼントを見繕うことになった。
といっても闇市で買えるモノで年頃の女性が喜びそうなモノは少なかった。
少ない、というよりほぼ一択だ。
それは化粧品。
ということでよさげな化粧品セットを選んであげた。
「ほんとサンキューな」
「別にいいよこのぐらい」
「それで、たしか川越に観光名所だか見るんだろ、きてどう思った?」
「そうね。生きるのに精いっぱいって感じで、とてもかつての観光地には見えないかな」
「ハハッ、そりゃそうだ。旅行なんて夢物語、この辺の娯楽といったら年に数回訪れる興行師の一団がプロジェクターで映画を見せてくれる時ぐらいさ」
「ドライブインシアターみたいな感じ?」
「それって車が駐車場に集まって映画見る奴だろ。そんな感じだな。むかしのビルの壁とかに日が暮れてから映画を映してみんなで見るんだ。そりゃみんな熱心に見たもんだ」
「まるで映画のワンシーンみたいね」
たしか壁に映し出される映画を村中のみんなで見るシーンがあった気がした。
とても古い映画のワンシーン。
「町中のみんなが集まって映画を見るって、普通じゃないのか?」
「何言ってるの。いまはスマホで映画を見る時代よ。みんなで集まって映画を見るなんて映画の中の出来事よ」
「そうなのか……スマホね。いいなーこの辺だと持っててもネットつながらないからな」
「そうなの?」
「そうさ。インフラがないんだよ。むかしキツツキたちがインフラ設備を盗んだからな。ひどいんだぜ、オレの家にあった室外機も盗みやがったんだ。おかげでガキの頃にクーラーなしで夏を越さないといけないんだぜ」
「ええ!? 警察は?」
「んなの当てにならないから、自警団が取り締まってるんだよ。ほら市場の出入り口に強面たちがいるだろ」
見ると確かに若い男たちが市場をにらんでいた。
「こわ!」
「ああやって闇市を見張ってるんだ。とくにスリや窃盗はすぐ捕まえるんだぜ」
「あれ、捕まったらどうなるの?」
「もちろん見せしめに袋叩きにされるか、あるいは――」
「あるいは?」ごくり。
「ま、知らない方がいいだろ」
「なによ、それ」
「はは、そういうの知っちまうと飯食えなくなるぞ」
「うわ、気になるけど……食事のあとがいいな」
「そうだ飯まだだろ。さっきのプレゼント選びの礼だ。行きつけの定食屋を教えてやるよ」
「ほんと!」
「ああ、まあ味は保証できないけど、良心価格で食えるものは出してくれるぜ」
わたしはアミンの後に着いていき、一軒の定食屋へと向かった。




