第8話 川越①
ミサキ・キリシマの手記
夢を見た。
まだ見ぬ将来に対する夢――の方ではない。
深い眠りの果てにたどり着く現実とはまったくリンクしない夢の世界。
普通、夢を見てもそれを書き留めてりしない。
けれどさっき見た夢は実際に起きたこと。
フラッシュバックのように反芻する過去の出来事。
この反芻思考を止める方法をわたしは知っている。
わたしだけの方法。
その過去に起きたことを克明に描き起こして小説にするのだ。
するとわたしの実体験は、わたしの小説になり、誰にも見せない未発表の作品となり、押入れの奥の小汚い小箱にしまい、そして忘れるのだ。
忘れたくないこともあるが、だいたい忘れたいことになる。だから書こう。
わたしがハワイのハイスクールに通う頃。
大抵のティーンエージャーと同じく両親の些細な小言にイライラしていた。
例えばわたしの両親は大学への進学を期待していた。
よりよい教育、よりよい進学。
まったくもって自由がない!
だけどわたしもハワイの日本人コミュニティの外へと出たかった。
だから大学へ行くために勉強をしていた。
「別にいいでしょ。今の時代は学習もタブレットなの」
「知らないなら言いますけど、ソファーで寝転がって学んだ内容の80%は記憶に残らないのよ」
「それ忘却曲線? じゃあわたしの脳は正常ってことだ!」
ほんとどうでもいいことでわたしとママは減らず口を叩きあったもんだ。
わたしの読者さんへ。
未来のアメリカの大学試験がどうなっているのか知らないけど、わたしがその界隈を意識した時には非常にめんどくさい制度がいろいろあった。
100年ほど前、連邦最高裁が歴史的な判決をだした。
曰く、人種を考慮した入学選考は違憲であるというものだ。
人種枠のせいで大学に受かるはずだったわたしが落ちた許せない、という裁判だった気がする。
そのあと出来たのがAI対話試験とAI人格テストになる。
お察しのように人種のるつぼであるアメリカでときたま起きるテロ思想による過激化や劣等感とかそういう感じの自暴自棄からの銃乱射事件とか、いわゆるヤバい奴を見つけ出して高等教育を受けさせないのが目的になる。
もっとも2050年代後半に巻き起こった反AI主義の台頭に伴って廃止された。
正確な廃止時期は忘れた。
AI判別試験やAI枠が無くなると普通枠、留学生枠、そしてポスト・トランプ期に増えた多様性枠ぐらいになった。
多様性枠も種類が豊富でまず貧困枠、例えば低所得家庭に無償で大学の講義を受けられる枠、ほかには親が大学卒だったら入れるレガシー枠に対抗した親が大学に行っていない家庭枠、さらには貧困地域出身者枠とか入学者がまだいない高校優先枠、あとなんだっけなどなど。
ここで重要なのがどこにも人種というのが書かれていないため、誰もが頭の中のイメージとして特定の人種の貧しい家庭のための枠だと察することができることだ。
そう正解。
ポスト・トランプ以降も発言力が増したMAGAに配慮に配慮しまくって可哀そうな白人のための枠になっている。
多様な白人枠と陰口を言われているが表立って言う人はいない。
それでなんで問題ないかというと多様性は留学生枠で十分確保できているからだ。
留学生とはつまり結局のところ金になる。
アメリカの大学は枠のそのほとんどが世界中からやってくる富裕層の子供たちの留学生で埋まっている。
そういうものだ。
少数枠なんて世間体のためのパフォーマンスでしかない。
中国とかインドとか南アメリカの富裕層とか。
何を書きたいかというと可哀そうな日系人のための少数枠なんて小粋なことを期待してはいけない。
だから正攻法で受けるしかない。
つまり入試テスト、書類選考、課外活動点、推薦状などを考慮した普通枠になる。
留学生がどれほど多くてもこの普通枠だけは常に一定数の多様なアメリカ人が入れる。
「本当に参加するの?」
ママが心配そうに言った。
「大丈夫よ。学校が参加したら課外活動の点数になるっていう平和的なデモなんだから、それよりどうこのプラカード?」
「目立つね」
課外活動の点数稼ぎは高校が好ましいと思うデモやボランティア活動に参加することで得られる。
よくテレビに若い学生たちがデモ活動に参加してるのはこういうカラクリがある。
真剣に社会を思ってやってるのではない。
点数稼ぎのためにやっているのだ。
本当に真剣ならアメリカ社会はずっと昔に良くなっています。
たしか北極航路の規制強化運動だったかな。
2050年代に夏季航行の自由化が宣言されてから北極航路は世界経済の主要航路になった。
デモ運動はホッキョクグマの生態を守るために冬季航行を極力減らそうというものだった。
課外活動としてほどほどに平和的で点数を稼げるデモ行進だ。
プラカードに怒ったホッキョクグマのキャラを描いた。
それなりの自信作だ。
「ミサキそれいいじゃん」
「ありがと、自信作よ」
高校のデモ参加メンバーと合流してお祭り気分で決まったコースを歩いた。
デモは平和的だった。
だけどデモ内容とは関係のない過激な自然保護団体が暴れ出して暴力沙汰に発展した。
「きゃああああああ」
女性の叫び声から一気にパニックになった。
流血騒ぎはわたしのすぐ近くだった。
警察がすぐに現れて全員もれなく逮捕された。
ついでにわたしも逮捕された。
理由、日本人だから。
必死に関係ないと訴えたが問答無用だった。
アメリカの警察の質の悪さは映画やドラマになるほど有名なのに実際に体験するまでそのことをすっかり忘れていた。
これが白人なら笑いながら次は気を付けろよと言われて家までパトカーで送ってもらえただろう。
残念ながらわたしは違法売春で捕まったアジア女性のグループと一夜を共にすることになった。
ショーガールたちに、うわ日本人だおぇって睨まれたのは今でも覚えてる。
あの檻の中での一夜、いまだに悪夢でうなされる。
問題はこの後。
大学の入試枠に警察に厄介になった可哀そうな人枠は存在しません。
いやになっちゃうけど課外活動の点数は減点、推薦状の話はなし、ぶっちゃけ書類選考の時点で落とされることが確定した。
なんら問題なくても2126年のアメリカ社会はアジア人、それも日系人に対して優しくないのだ。
読者さん。
未来のアメリカはどうですか?
とにかく、わたしはみんなの期待に応えることができなかった。
やるせなく、申し訳なく、とにかくあの家にいたくなかった。
だから家を出て、リベラルなデモや集会で知り合った友人のシェアハウスに転がり込んだ。
ティーンエージャーなら……まあ体験する人は体験するだろうプチ家出になる。
両親は心配したが、仲の良かった近所のお姉ちゃんが間に入ってくれた。
お姉ちゃんはシェアハウスにもよく遊びに来てくれた。
コミュニティの外で暮らして、わたしははじめてコミュニティには日本文化が強烈に染み付いてることに気が付いた。
例えば食事。
シェアハウスを利用するリベラル気取りの若者なんて食事に気を使ったりしない。
食事なんてハンバーガーか、ピザか、コーラとピザか。ピザぐらいだ。
そこそこ栄養があってそれなりにカロリーがある超低価格な謎肉をふんだんに使った料理ともいえる。
小学校の給食にも出てきた謎肉系料理。
わたしは好きじゃなかった。
世界食糧危機の後に登場した人工培養肉のことだ。
ママはそれを嫌ってとにかくおいしい日本料理を作っていたのだ。
毎日毎日。
それがどんなに大変で、どれほど愛情が込められていたのか。
離れてからはじめて知った。




