第7話 所沢③
「ああ、お帰り」
「うっす」
「戻りました」
日が傾き始めた頃。
霊園の事務所に戻ると事務員が迎えてくれた。
アミンはさっさと奥に行き、作業日報を書き始めた。
今の時代に手書きかと思った。
「たしかに最初に言われた通り、ちょっと観光向けじゃないですね」
「そうでしょう。霊園であると同時に高価な発電設備でもあるから、その、ほら、いろいろと好ましくない人というか……」
「キツツキですか?」
「おや、知ってましたか!」
「一応、治安とかは事前に調べていますので」
「そうですな。当然知ってますな。その通りです。お恥ずかしい限りですが、窃盗団の可能性もあるので部外者はできるだけ入れたくないのですよ」
これがもっと治安が良くて、メガソーラーとか無ければ少しはちょっとした催しとかできそうな気がした。
例えば帰りがけに見かけた石碑にはこう書かれていた。
「従一位大勲位公爵伊藤博文墓」
旧日本国の初代総理大臣の墓があったのだ。
それ以外にも探せば新選組とか、徳川とか、いろいろの偉人の墓がありそうだった。
偉人を巡るスタンプラリーなんかは日本人受けがよさそうな気がした。
一点、気になることがあった。
アミンが初代総理大臣の墓と言ってもまったくピンとこなかった。
後で知ったが今の東京人は歴史の授業を、日本史を習っていない。
だから伊藤博文と聞いてもまったくわからないのだ。
彼ら墓守は本当に墓所を守るだけで、それ以上でもそれ以下でもないということだ。
「え、川越い行くんですか!?」
事務所で休息がてら、次に川越のホテルに泊まることを話した。
そのときの事務員たちの反応は困惑だった。
「なにかマズいですか?」
「いやいや、とくに問題はないんだが、ないんだが、昔と違って治安も悪くなってるし観光地としてはちょっと……」
「そうかもしれませんがわたしも仕事なので、それに治安なんてアメリカに比べればぜんぜん問題ないです」
「う~ん。お、そうだアミン。お前たしか明日から有休で川崎に帰るんだよな?」
「そっすよ」
「ならちょうどいい。今日は早く上がていいから、ミサキ嬢をホテルまでエスコートしてあげなさい」
「いやいや、おやっさん何言ってるんすか??」
先輩職員がアミンに近寄り小声で話す。
だいたい聞こえていた。
「いいかい。彼女は議員と懇意の、しかもアメリカ人の記者さんだ。発電所を出てすぐに何かあったらうちの評判に傷がつく。ただでさえ死者の安眠を妨害してるとか誹謗中傷があるのだから。川越まででいいんだ。川越駅、いやホテルの前で別れるぐらいなら迷惑掛からないだろ。お願いだよアミ~ンく~~ん」
「わかった。わかりましたから耳元で気持ち悪い猫なで声をやめてくれ」
「いや~わかってくれて助かるよ」
わっはっはっはと笑いながら肩をバンバン叩く。
メガソーラー発電所のいろいろな資料とかの電子データをもらった。
観光地としては相応しくなくても山全体を覆うほどのメガソーラーはそれだけで映える。
例えば水田と風車と列車とメガソーラーが全部収まった写真。それは旅行雑誌の隅っこのコラムとしてならぜんぜん使えるだろう。
わたしたちはEVカーに乗せてもらい最寄り駅まで送ってもらった。
夕暮れ、駅で列車を待つ。
アミンが銅線の無い電柱を指さして「風車もソーラーも発電にムラがあるから鉄道の再電化ができねーんだ」と言った。
その指摘で初めて今まで乗っていた列車がぜんぶディーゼル機関車だったことを思い出した。
アメリカだと大陸横断鉄道とか貨物列車だからだいたいディーゼル機関車で、ニューヨークとかの都会じゃないと電車というのを見ることがない。
ハワイで言えばスカイラインが初の電車だ。
アミンの雑学を聞いていたら列車が到着した。
乗車する。
まばらに乗客がいるだけだった。
北へと出発した。
空が暗くなる。
アミンがこれから向かう北の少し東の空を指さした。
「ほら見てみ。荒川の向こうに日本連邦の都市がある。うっすらとだが光輝いてるだろ」
暗い水田より遠くずっと先の先、都市の輝きで空気が明るくなっていた。
カジノのギラギラしたライトとは違う都会の眩しい――文明の明かりだ。
「すごく明るくない?」
「当たり前だ。向こうには、日本連邦には核融合発電所がある。地上の太陽ってぐらい明るいだろうよ」
「核融合……あれがその光」
核融合発電。
核分裂とは逆のプロセス、太陽と同じ核融合反応から膨大なエネルギーを取り出すという最新のエネルギー炉。
人類の夢。
地上の太陽。
無限のエネルギー。
100年前から世界中の先進国で試作炉を何基も何十基もつくり続けて、60年ほど前に商業化に成功した。
最初はアメリカ、次に中国、そしてEUと日本がほぼ同時に。
商業化できた。が長続きしなかった。
核融合炉は1億度とも言われる膨大なエネルギーが発生するため部品の寿命が短く、すぐに稼働が止まってしまった。
商業なのでそれでも元が取れるほどのエネルギーを抽出できたがエネルギーの保管はリチウム電池など従来の蓄電池であり、つまり――。
「核融合を連続稼働できてもエネルギーを使いきれなかった。だから結局のところどの国も寿命を延ばす研究ってのをしたんだ。それが反AIで遅れて、日本連邦が鎖国してハイテク産業が混乱して大幅に遅れちまった」
「いまは中国ぐらいしか動かしてないんでしょ。知ってるよ」
「そうそう。外の世界じゃバカみたいに安く大量のモノを環境破壊そっちのけで作れる中国ぐらいしか核融合炉を動かせてないって言われてる。けどここじゃみんな知ってるんだ。日本連邦は核融合炉を長期間稼働できるようになった。最低でもそのメドがたった。だから鎖国を宣言したってな」
「知ってる。ネットじゃオカルト込みで有名な話。だけど本当のところは誰も知らないでしょ?」
「そりゃそうだ。誰も行ったことがないからな。けどあんなに都市が明るいんだ。たぶんあるぜ」
アミンはまるで暗闇を灯す光に誘われるように光の方を見ていた。
「オレは行ってみたいんだ」
「行くって、日本連邦へ?」
「そうだ。子供のころからの夢なんだ。親が連邦から追放されたって言っても子供に罪はないだろ? だから行ってみたいんだ」
その横顔は何度も見たことがある。
わたしの父。
わたしの母。
わたしの祖父母。
近所のおじさん。
居酒屋にいつもいる老人たち。
それは夢を夢として諦めた大人の顔だ。




