第7話 所沢②
安全用のヘルメットを着けて、霊園の中を歩く。
道中、アミンという同年代の青年の話を聞きながら。
「昔は日本人が1億人以上いたって話だ。1億だぜ。しかも関東だけで4000万とかいたって話だ。いまの東京の何十倍だよって、そう思わないか?」
「たしか100年前がそのぐらいね」
「んで、そんな大勢の日本人が亡くなると大量に必要になったのが数千万人分もの墓石ってわけよ。それが問題になったのがあの震災で、親族のいない無縁仏とか一族の末代が亡くなって誰の墓なのか不明の墓が大量に出てきたわけ。さらに管理者不在の霊園まで出てきた」
「ん~? 人口に合わせて墓が多くなるのはわかるけど、管理者不在?」
「あー、わかりやすい話。少子化で数が減るとお坊さんの数がそれに合わせて――つーか坊さんよりなりたい職が増えすぎて、坊さんの数が一気に減っていったんだ。その流れで墓地の管理者もぜんぜん足らなくなったんだと。とくに日本連邦なんて国ができて、日本人がそっちに流れると墓地管理の――あ~つまり収入が無くなっちまったんだな」
「えっと、人口が減って管理者が減って、収入が減って、さらにお坊さんが減って…………」
「そうそう。ただ順番なんか気にしてもしょーがねー。ナントカスパイラルと似た感じで、とにかくどんどん減ったんだよ」
「そのナントカの部分を正確にしないと記事にできないの!」
「こまけーなー」
アミンが頭をゴシゴシ掻きながら思い出そうとするが、思い出せなかった。
後になってデフレスパイラルという経済用語だと分かった。
まあ、つまりわたしとアミンは歳が近いということもあり早々にくだけた感じに会話ができている。
この時、久しぶりに日本語で喋って対話ができていることが楽しかった。
そう楽しかったのだ。
「とにかく大震災の後に東京復興がはじまると墓を撤去とか処分するって案が出たんだよ。そしたら議会で日本連邦側に送りつけようって話にもなって。そんなの連邦が認めるわけねーから――あ~なんだかんだあってココに全部集めることにしたんだと」
「そのなんだかんだを説明して!」
「うっせーな。オレはここの歴史学者じゃねーんだよ。墓守だ。墓守!」
「じゃあその墓守がどういう仕事なのか言いなさい」
「へいへい。墓守ってのは坊さんが居なくなってから作られた霊園管理の制度だよ。いいか100年前ってのは亡くなった人の親族が大勢いたから墓の維持だけでやっていけたんだ。それが急に人が居なくなって、しかも外国人って括られた当時の東京人たちが亡くなると遺骨を母国に送り返すってルールができて――まあとにかくそのビジネスモデル? みたいなのが崩壊しちまったんだ」
話に聞いたことがあった。
当時の日本は保守強硬や排外主義者が多くて、例えばイスラム教の遺体は火葬にせず土に埋めるとか、ゾロアスター教の鳥葬とかを激しく拒絶した。
そのためついに亡くなった外国人の遺体はすべてその外国人の故郷へ、例え日本国籍を取得していてもルーツのある国へと送った。
アメリカの意識の高すぎるドキュメンタリー作品で、なぜ私たち家族が日本にいるのに息子の遺体を砂漠に送るんだ、と涙ながらに訴えながらトルコに帰るシーンは印象的だった。
「んで、収入にならない無縁墓地の真上にメガソーラーを建てることで売電収入を得ようってアイデアを初代所長が思いついたんだと」
「それって罰当たりじゃないの?」
「オレが先輩から教えてもらった話はこうだ。むかーしむかし、あるお爺さんが道端のお地蔵さんに可哀そうだから笠をかぶせてあげましたとさ――」
「それ笠地蔵?」
その後、冬を越えられそうもない貧乏な老夫婦のもとに笠をかぶったお地蔵さまがやってきて、冬を越えられるだけの素晴らしい品々を送り去っていったという、むかし話だ。
「おう、それそれ。まあなんやかんやあってめでたしめでたし――つまりだ。ここの無縁墓地の上に笠の代わりに太陽電池付の”屋根”を置いて、オレのような墓守を雇って霊園をきれいに大事にしますってのが、えーっとなんだ」
「建前?」
「おう、そうそれ。建前ってことだな」
アミンが言うように丘陵の斜面はすべてが墓石で埋め尽くされているが、とてもきれいに管理されているのがわかる。
ただ墓の上のソーラーパネルの屋根が付いてるため暗く、それでいて熱を吸収してるのか蒸し暑く感じた。
なによりパネルはすべて太いケーブルとつながっているので墓石単体はきれいでもごちゃごちゃしたケーブルの配線のせいで霊園全体が汚らしく見えた。
「それで墓守の仕事は墓掃除がメインってこと?」
「うんにゃ、違うぞ。うーんそうだな。ここのソーラーパネルはコスパを重視した多結晶シリコンパネルなんだ。ただ効率が低いからパネルの表面の状態をよくしないといけない。この季節は大陸から黄砂が来るからパネルの清掃が大事なんだ」
「じゃあ花粉とか鳥のフンとかの掃除もしてるの?」
「鳥のフンは毎日だが、花粉? いつの時代の話をしてるんだ? スギ花粉を言ってるのならそりゃ日本連邦が鎖国する前の時代の話だろ。あそこが鎖国してから杉の木を大量に伐採したらしくて花粉とか花粉症とか今は珍しいんだぜ」
「マジか!?」
「マジだ」
ハワイ日本人コミュニティーの鉄板ネタが「花粉に悩まされなくなったからハワイに来たのが正解(やせ我慢)!」というのがある。
わたしはよく「花粉症ってなに?」と聞いていろいろ辛い症状というのを聞かされた。
それがもう体験すらできないなんて。
いや、別に体験したくはない。
とにかく、わたし達はかつて森林だった霊園を進み、丘陵の名残のような階段を上がっていく。
階段を登りきると一面に人工湖が広がっていた。
ただし、水面には人工の浮島が浮いていて、ご丁寧に浮島にもソーラーパネルがたくさん並んでいた。
「あの島は湖の水が蒸発しないようにっていう、蓋の役目もあるんだぜ」
「なるほど」
「ま、それだけ水が大事ってことだな」
「水は主に生活用水?」
「そうだな。それは見た方が早いかもな。おまえ高い所だいじょうぶか?」
「ミサキです。多少高いぐらいなら問題ないよ。そもそも動きやすい服装だしね」
「なら点検用のハシゴ登ってみ。オレはこっちから登る」
わたしは言われたとおりにハシゴを登った。
そしてパネルの上に顔を出した。
その時、涼しい風が頬を撫でた。
東の空を見る。
見渡す限りの水田が広がっていて、水面の波が徐々に押し寄せてくる。
合間にある重機用の道路に沿うようにある風力発電機の列がクルクル回転して、風が駆け抜けていることを伝えた。
少しすると風が穏やかになり、今度は水田が鏡のように空を映し出した。
「すごい」
「だろ。あの水田のほとんどをここから供給してるんだ。昔はベッドタウンが所狭しと並んでて、そのすべての世帯に水を供給してたんだって話だ。とにかくここの水はスゲー重要ってことだな」
「これじゃ墓守なのか水守なのかよくわかんないね」
「はは、ちげーねえ」
軽口をたたき合いながら、わたしはこの光景をデジカメで撮った。
時間がたつのを忘れるぐらい霊園を歩いて回った。
が、見れば見るほど、歩けば歩くほど。
非常にセンシティブであり旅行雑誌に載せるにはふさわしくないと思った。




