第1話 羽田空港②
わたしは空港の一角にある店に来た。
リチウム製品のレンタルショップだ。
自宅で使うのは自宅用。
旅行先で使うのは旅行先用。
焼失するよりマシと割り切れるならこっちのほうがいい。
羽田では「リッチーの店」と看板にデカデカと書かれていて、ついでにリチウムバッテリーのゆるい感じのキャラクターが描かれていた。
わたし以外に利用者がいないのは、レンタルと言ってもお値段が結構するからだろう。
店に入るとスマホやデジカメ、ワイヤレスイヤホンにハンディファンなどリチウムを使った製品が所狭しと並んでいた。
わたしは書類一式を受付に渡した。
受付の女性は「少々お待ちください」と言って淡々と事務処理をする。
「本日は大変でしたね。カード情報から全損したのはスマートフォンとデジタルカメラ、ボイスレコーダーそれからタブレットPCでよろしいでしょうか?」
「はい、それで合ってます」
「これらはプライベート用ですか?」
「いいえ、仕事用です。何か問題でもありますか?」
「いえ旅行火災保険の適用範囲ですので問題ありません。ただしスマホのデータはまっさらな状態ですので登録とクラウド情報との連携に少々お時間をいただくことにご注意してください」
「だいじょうぶです。こうなる可能性があったのでSIMカードは抜いて持ち歩いていました」
「まあ。それは賢明な判断ですね。では手続きを始めますので少々お待ちください」
「お願いします」
手続き途中にわたしは受付の女性と雑談をした。
このリチウム火災の問題は月に一度ぐらいであるという。
一番悲しくなるのが思い出の詰まったデジカメがデータもろとも焼失して涙を流す旅行客だという。
特にこの売店にはそういう不幸な客がよく訪れるらしい。
ほかにも世間話としてわたしが東京の取材にきたこととか、ほかにもいろいろと話した。
彼女はそんなわたしに新品の手書き用のメモ帳をプレゼントしてくれた。
「ありがとう。これならデータが消える心配がないや」
「ふふ、わたしもおしゃべりできてとても楽しかったです。あと一つだけ――」
ショップの店員がわたしの耳元でささやく。
「気を付けて、これらは監視されています。信じるか否かはお任せしますが」
わたしはぎょっとして思わず彼女の目を見つめた。
彼女は入るときと同じ営業スマイルをするだけだった。
いまのジョークだろうか。それもと良心からの警告だろうか?
わたしは急に怖くなり店を足早に後にした。
そして新品のスマホを使いすぐにハワイの会社にことの顛末を報告した。
ホウレンソウは重要だから。
「はいそうです。ええ、日本に着きました。はい、はい。そうなります…………そうです」
ただ乗って移動しただけなのに仕事道具一式をおじゃんにしたことを報告すると、まるでわたしが悪いような雰囲気になった。
ほんとに悪いのは粗悪品を売りさばく企業なのに。
『いま確認をとったが、とにかく記者が現地に行ったという記録があれば記事を掲載できる。スマホはその新しいので問題ない。だからメールに添付したURL経由で指定のアプリを入れて、できるだけ東京中を隅から隅まで行ってこい。そこで見聞きしたことを全部記録してデータをこっちに送れ。こっちで記事を完成させる。いいな!』
「イエッサー、ボス!」
ホウレンソウ終了。
「ふぅ…」
わたしは安堵のため息をついた。
まだ日本の入り口に立っているだけだ。
それなのに最初の一歩でもうつまづきそう。
羽田空港の出口へと向かう。
外に出ると駅の構内だった。
東京リゾート線。
当時、羽田空港アクセス線と呼ばれていて、この路線は2030年後半に開通した。
2100年に東京リゾート線と改称したのは記憶に新しい。
電車に乗ってホテル最寄りの駅へと向かう。
地下を少し走ると急に地上へと出た。
大井ふ頭という埋立地の東海貨物線の脇を通っている。
そして徐々に減速して駅にとまった。
ほかの旅行客たちが歓声を上げる。
わたしもつられてその方向を見る。
車窓には黄金に輝く煌びやかなカジノが現れた。
イスラーム建築風の豪奢な建物が光り輝いてわたしたちを出迎えてくれた。
すでに夕方のためちょうどライトアップされた建物がまばゆい光に照らされている。
車内からも外の喧騒が、博打の熱気が伝わってくる。
美しく人々に魅せる建物であるが、同時に日本らしくない風景だった。
わたしはそんな光景を少し冷めた目で見つめた。
この内側から湧いた感情を早速メモ帳に書き記そうと思った。
ミサキ・キリシマの手記
羽田空港を出発して最初に目につくのが大井のカジノになる。
大井には昔から競馬場があったがそこをアラブの王族が買い取ってからカジノ開発が急速に進んだという。
中東のオイルマネーが、ホルムズ海峡と紅海の不安定化によって衰退すると、彼らはあの手この手を駆使してビジネスを広げていった。
石油資源とはまったく関係のない産業。そして物理的にも距離を離したいという思惑だ。
グローバルサウス融資連合という国際開発機構の始まりだ。
ただそんなことよりも、今の日本は国の玄関先をアラブ人に渡さなければいけないという事実に落胆している自分に気づいた。




