第1話 羽田空港①
『日本へようこそ。Welcome to Japan──』
安心感のあるAI特有の合成アナウンスが空港内に響く。
共通AI音声。
昔、声優たちがAI音声の規制を求めて、本物に近い声や有名な声優の声を生成できないするようにAI企業に対して要求した。ハリウッドの大手映画会社が純AI映画の制作を発表した年になる。
抗議運動は全米を巻き込んだ運動に発展して、ついにAI企業と映画会社が折れた。そのため少し違和感がある、誰が聞いても人工的だとわかる合成音声の共通規格が誕生した。
そこで終われば人類がAIに勝利した日と記憶されただろう。
ところが実際にはAI全盛期に訪れた低コスト化の波によって世界中で合成音声を採用する動きが加速した。
だからいまでは合成音声ぽい声じゃないとしっくりこない。
共通AI音声がはじまって半世紀以上経っているので、老若男女問わず生まれてからずっと聞かされている声だ。
友達のアニメオタク曰く「いいかい。100年前の日本のアニメ声は老人たちにとって気味の悪い変な声だった。だけどアニメ声を生まれてからずっと聞いて育った世代には馴染みの声になっていたんだ。それと同じ現象が僕らに起きているんだ」
以上オタクの持論。
ただ同じ考えの人は多いらしく、ネットでは母親よりもよく聞く安心する声って言われている。
今ではわざわざボイスチェンジャーを使って地声にひと手間加えるのが声優界隈のトレンドだという。
そんな人工音声の案内と標識の指示に従ってわたしは空港を歩き回った。
きれいに掃除が行き届いた通路を歩き、何回目かのカドを曲がる。
『リチウム製品の受け渡しはこちらになります。事前にお渡ししたIDカードと引き換えになります。オレンジ色のカードに書かれている受け渡し番号の場所まで行き、カードを提示する準備をしてください』
次のアナウンスはリチウム製品、つまりスマホとかPCの引き渡しの案内だった。
リチウムイオンバッテリー。
現代人の便利な生活に欠かせない部品。だけどそのエネルギー量の高さから暴走したら発火爆発する危険性があった。
2050年代。痛ましい航空機炎上事故が連続して発生した。
もちろん原因はリチウムだった。
バカでも考えればわかることなんだけど品質の悪いリチウムの持ち込み量が増えればそれだけ発火のリスクが上がる。
日本連邦にはバカよりちょっと頭のいい政治家がいたためリチウム製品を旅客機に持ち込むことを完全に禁止した。そして代わりにリチウム製品はぜんぶ専用の密閉コンテナに入れて運ぶことが義務付けられた。この特殊なコンテナは断熱性に優れていて発火しても機体に熱もダメージも一切伝わらないということだ。
さらにコンテナは小さなアタッシュケースほどの箱に分かれていて、同じく断熱性が非常に優れている。その箱に4~5人の客が持つリチウム製品をまとめて詰め込まれる。
こうすることでたとえ発火しても被害は数人の旅行客のリチウム製品にだけ抑えることができるということだ。
お気づきでしょうか?
荷物受け取りコーナーで”出発してから4~5時間じっくり焦がして、熱化学反応を止める高級消火スープをかけたPCなど仕事道具にリチウム火災保険申請書一式添え”がだされた。
空港内に食欲がそそられない焼けたプラスチックと金属の臭いが充満した。
「ふざっ――」
「ふざけるんじゃない!」
ターミナルに怒鳴り声が響いた。
わたしよりも先に隣の男性がとても怒ったのだ。
それを見て、逆にわたしは冷静になり心の中で「そうだそうだふざけんな!」と訴えた。
心の中で訴えつつも申請書にサインをする。
わたしが書類を提出し終えた頃、ちょうど男性旅行客が職員に連れられるところだった。
「放せ! こんなことしてただで済むと思うなよ!」
男は最後には「助けて、助けて!」と叫びながらどこかへと消えていった。
わたしはああならないように注意して行動しなければいけない。
せめて仕事が終わるまでは。そう心に誓った。
仕事道具一式が焼失したのは悲しかった。
幸先が悪い予兆はあった。
悪夢にうなされて、窓に鳥が衝突して目が覚めて、家を出る少し前にお気に入りのマグカップが割れて、家を出たら目の前で黒猫と車が事故って、大通りの左右にカラスが群がっていて、飛行機の中で金縛りにあって、そして長年使っていたスマホが焼失した。
だけどこれらはすべて偶然に決まっている。
そうじゃないと困る。
わたしは気を取り直して被害を免れたキャリーバッグを持って入国審査へと向かった。
入国審査官は身なりの整った男性で、愛想よく微笑んだ。
彼にパスポートを渡すとパラパラとめくって来歴を確認する。
次にQRコードを読み取って詳細な情報を確認する。
「入国の目的は?」
「仕事です。取材をしに来ました」
「取材、記者か何かですか?」
「こちらの招待状を、リゾートホテルのオーナー・ホクバ氏から取材の依頼できました」
「なるほど、滞在日数は?」
「一月ほど東京を取材するつもりです」
「宿泊先は決まってますか?」
「主にリゾートホテルですが、場合によっては民泊を活用します」
「身元の分かるものを常に持ち歩いてくださいね」
「あ、はい。記者腕章と許可証を付けます」
入国審査官はじっとわたしを見つめて、つぶさに観察した。
その居心地の悪さから少し冷汗が流れる。
彼はさっと目をそらして、パスポートにスタンプを押した。
人工音声による「日本へようこそ」という案内が響き渡った。
ミサキ・キリシマの手記
入国初日に仕事道具をすべて失った。
調査結果によるとアフリカ製リチウム電池の発火が原因だった。
中東情勢の不安定化から喜望峰ルートが復活して1世紀。
その中継地点であるアフリカ大陸に、グローバルサウス諸国に、工場を誘致する流れになった。
ただその質の悪さはひどく、アメリカ製のほうがまだマシと言われるほどだった。
格安粗悪品の代名詞になる。
旅行をするときのちょっとしたテクニック。
SIMカードはパスポートと一緒に持っていくこと!
この手記には旅先で起きた出来事をいろいろ書いていこうと思う。
いつ何時、リチウムの発火でデータが焼失するかわからないから。




