第6話 立川④
「それで立川から今度は所沢に行くために西武南北線に乗りました。あ、西武南北線というのは――」
「立川~川越間をつなぐために立川反連邦勢力が新しく作った路線ですね」
プロジェクターから東京周辺の地図を映し出した。
荒川と多摩川にくっきりと国境線が引かれる。さらに139度線がまっすぐ引かれた。
その間にあったいろいろな鉄道が黄色線で点滅してバツ印マークがついた。
ただ、そんな図解よりも気になった単語があった。
「立川反連邦……勢力ですか?」
「ええ、我が連邦はアレを正式な自治政府とは認めていません。鎖国前まで存続していた旧日本政府ならまだしも、財政破綻と政権崩壊後にできたアレに正当性はありません」
「そうなんですか?」
アルファは少し考えこんでから答えた。
「まず質問で返すことをご了承ください。回答するにもあなたの基礎知識レベルを知らなければなりませんからね。”外国人参政権”というのをご存じですか?」
「一応、聞いたことあります。たしかイギリス連邦などで採用されている投票権ですよね」
「はい。我々はその悪法が東京の停滞と混乱の原因と考えています。そもそも無国籍や外国籍の住人たちが身を守る方法は知っているでしょう?」
それは言外に”人種のるつぼ”であるアメリカ出身なら身をもって知っているだろう、と言っている気がした。
もちろん知っている。
「黒人なら黒人のコミュニティー、ヒスパニック系ならヒスパニックのコミュニティーという感じにまとまって、選挙の時にまとまった票田として発言力をできるだけ高める」
「ええ、その通りです。鎖国前から変わっていないのなら、アメリカは今も外国人参政権を認めていないでしょう?」
「はい、出生地主義なので子や孫は投票権がありますが、あくまで投票は米国籍があることを条件にしてます」
「そこがアメリカと旧日本で決定的に違うところです。外国人参政権は住んでいれば誰でも政治参加できると同時に住んでいる外国籍住人は政治発言力を高めるためにメキシコ系はメキシコ系で、イスラム系はイスラム系で、中華系は中華系で集まりました。そして彼らは投票権の次に政治家としての立候補、議席を確保したら今度は人材不足を理由に公務員資格を、次々と自治体への参加を要求しました。それがあの醜悪な人種モザイク自治区へとなっていったのです」
「そ、そんなにヒドイのですか?」
「例えば立川であなたが出会ったエル・サンチョという議員はメキシコ系コミュニティー出身であり、彼の一族の多くが政治家となり、西東京の風力発電事業を推進しました。そして大勢のメキシコ系移民を呼び寄せて、さらに発言力を高めています。ほかにも新宿を中心に勢力を拡大しているチャイニーズ・コミュニティーも大勢の華僑を呼び込んで政治発言力を高めています。わかりますか? 東京の政治は腐敗とかそういうレベルではなく多数派工作のために移民が移民を呼ぶという手の施しようのない事態になっているのです」
移民の数がそのまま選挙の趨勢を決める。
アメリカではありえない。
永住権は住む権利はあっても投票権はない。
選挙に参加できるのは市民権を持ったアメリカ人だけになる。
移民や難民がアメリカで長く働くために永住権を取得しても選挙に参加できない。
帰化してアメリカ市民となってはじめて認められる。
「アメリカってまだマシだった!?」
「そうですね。アメリカはそもそも外国人参政権が存在せず、出生地主義についてもアメリカ人としての教育を受けた上で政治に参加するという前提がありますよね」
「ああ、はい。それはわたしもそうなのでよくわかります」
アメリカで生まれて、アメリカで教育を受ける。
わたしのような2世は周囲からどう見られてもどこかアメリカ人という感覚がある。
ただ、周りからお前はアメリカ人ではないという無言の圧力も同時に感じる。
疎外感、孤独感、そういうのがある。
だからいつも思う、わたしはどこの国の何人なんだろう、と。
少しだけ、心ここにあらず、久しぶりにハワイでの日々を思い出していた。
「進め方はこちらで決めます。黙りなさい」
「え?」
アルファワンがこちらではなくプロジェクターで映し出された景色の方を見ながら会話をしていた。
まるでそこに誰かがいるかのように。
「黙りなさい。情報の提供は問題の無い範囲と認識しています。双方の認識の共有は対話の基本――概念が理解できない? これだから粗製は……」
彼女はキーボード操作のような動作をした後――急に手を動かすのが止まった。
そして顔を覆っていたバイザーが機能停止したのを確認してから、それをゆっくり外してテーブルの端に置いた。
はじめてアルファワンの素顔を見た。
整った顔立ちに同性ながらドキッとした。
彼女の切れ長の目は異性を虜にする魅力があった。
バイザーのせいで印象が薄かったが、鼻も高くモデルかと思った。
「えっと……その……」
「気にしないでください。こちらの問題です」
「わかりました」
気持ちを切り替えよう。
まだ事情聴取の途中だ。
集中、集中。
「それでは続きを――次は所沢でしたか」
「はい、所沢で途中下車して、そこで”彼”と出会いました」
そういえば彼らはまだ生きているのだろうか?
とても心配。




