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2126:日本連邦へようこそ!  作者: 日本連邦観光公司
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第5話 渋谷⑤

 旧テレビ局の屋上に出ると都市の無味乾燥な風がわたしの体にまとわりついた嫌な臭いを洗ってくれた。

 わたしの胸のムカムカした気持ちも少しだけ和らいだ。

 屋上には所狭しとソーラーパネルと、それを乗せるためのラックが置かれている。

 アルミの骨組みには太い銅線ケーブルの束が這い巡らせてあった。

 ケーブルには小さなセンサーが等間隔で付いていて、たぶん盗難対策だと思われる。

 とてもおしゃべりな、あるいはスピーチが長い、情報屋 兼 新鋭AI企業社長(どちらかというとAI土建の現場監督のほうが近い)ハオイーシェンが屋上からある方向を指さす。


「あそこに見えるのが渋谷駅です。見えますか。地盤の影響でビルが少し斜めになっています。あの下にはかつて地下鉄がいくつも作られ、互いに干渉しないように下へ下へと堀進められていった。地下鉄を稼働させるためにどれほどの銅が使われていたか知ってますか? 命知らずのダイバーが今もこっそり潜っています。ただ、それもじきに終わるでしょう。渋谷の大規模埋立計画が承認される見通しが立ったのです。10年後には渋谷の全域が埋め立てられてそこに新しく都市がつくられる予定なのです。そうなれば新宿で途切れていた山手線は環状運転が再開できるようになるのです。いままで支援物資の供給網から外れて衰退する一方だったこの都市が再び蘇ることができる。すばらしいと思いませんか?」

 彼は震災前の渋谷を懐かしんでいるようだった。

 国際都市東京が世界中から称賛されていた時代。

 わたしの知らない日本。

 祖父母が失望する前の日本。

 複雑に絡み合った地下鉄網をすべて埋めると言うが、本当にできるのだろうか。

 それは例によってアメリカのように雑に出入口をふさぐだけのスカスカな地盤を作るだけじゃないのか。

 都市地下探検家を名乗る見た目から怪しい(良く言ってフロンティア精神を今も持つ中年の白人男性が)ドキュメンタリー番組で訪れた廃地下鉄跡地。

 ことあるごとにわざとらしく「アメリカスゲー! アメリカSUGEEE! USA!」を繰り返すことで一定の視聴者を獲得している番組。

 冷めた目でそういう番組を見ながらも、保守してない地下施設が崩落したらどうするんだろうかと思ったものだ。

 コスト削減のために穴は放置して入り口だけを埋めるのだろうか。

 それとも水をすべて抜いてから掘削のためのシールドマシンを逆転させたように端からコンクリで埋めていくのだろうか。

 谷にかかる橋のように地盤のしっかりしたところから構造体の架け橋をかけて、その構造物に寄生する形で3Dプリンター建築をするなんてどうだろうか。

 ちょうどハチの巣がその見た目よりもスカスカなハニカム構造で、地面がどのような状態だろうと樹木や建物がしっかりしていれば繫栄できるように。

 


「その渋谷からほんの少し南の、この方角ですね」

 わたしの頭の中で高コストな渋谷再生プロジェクトより豪快なアメリカ流選択と集中方式による渋谷廃都市計画のほうがいい気がすると思っていたところから、現実に戻された。

「その先に何が?」

「渋谷区よりさらに先。いまの東京の境目である多摩川。大田区から世田谷区にかけて、地下首都高計画や地下鉄増強計画の影響で陥没地帯が続いています。行政からも見捨てられたそこは沿セタガヤ共和国を自称して(一般的には沿セタガヤ地域という)、そこに住み着いた南米系労働者の末裔たちはウラジオストク・ロシアの支援を受けています。彼らは汚水が湧き悪臭が漂い、硫化水素による劣化でおよそ文明的な機器が使えないところで、完全に消滅した倫理観と半ば狂信的な思想によって先鋭化していっています。ところでこの東京の人口がどれほどか知っていますか?」

「え、えっと300万ぐらいだったかと」

「ええ、国際社会の支援はその人口規模を前提としています。しかし私の情報網による統計によるとそれよりもずっと少なく、支援物資の大半が横流しされています。支援物資は各地域の人口に合わせて配分が決まり、実態との乖離が大きいのが世田谷一帯になります。彼らは物資の大半を暗号通貨、金、貴金属に変えて、それでつい最近、大きな買い物をしたと言われています。そのブツが巡り巡って貴女をここへと呼びこんだ」

「わたし?」

「ええ、あなたの前任者。スズキとかマツイとか古い野球選手の名前を偽名として好んで使っていました。そんな彼にも先ほどと同じ話をしたところ、調査すると言って沿セタガヤ地域に向かい。そしてそれ以降の消息は不明です」

「前任者が? 一体何を調べていたのですか?」

「コレですよ」

 イーシェンはポケットから一粒の錠剤を取り出して、わたしにそれを見せた。

「なんですかそれは?」

「薬です。それも危険なね。元は末期患者に使う医療用の薬なんですが、その開発は後期第二世代型AIが主導した最後の品といういわくつきの薬です。製造工程のほぼすべてが現在のヒト科学技術では解析不能という代物で、装置を動かすとなぜかわからないが製造できるという話です。この薬を死刑囚に対する投与実験の結果、重度の依存性と脳の萎縮、まるでゾンビのような挙動からゾンビドラッグと呼ばれています。もちろん全世界で使用製造が禁止されている危険ドラッグになります。それが件の沿セタガヤ地域から闇市場に流れていました。あなたの前任者の友人たちが何人も廃人になると彼は血相を変えてそこへと向かっていったのです」


 ゾンビドラッグは聞いたことがある。

 AIが作ったことからAIゾンビドラッグ、AZドラッグと呼ばれたりしていた。

 飲んだらAからZまでぶっ飛んで墓場に入る前にゾンビになると言われている。

 とても危険なドラッグ。


「私がこういう話をあなたにするのは、新しい友人である貴女にできるだけ長く生きてもらいたいんですよ。わかりますよね?」

 彼はわたしに手を差し伸べた。

 この手を握るということはわたしは龍家や彼と敵対しないということだ。

 どんな特ダネがあってもだ。

 前任者の話がどこまで事実かわからない。

 もしかしたら世田谷へ行くように仕向けられたのかもしれない。

 好奇心はネコを殺すように、好奇心はジャーナリストを殺す。

 前任者が旅行雑誌の記事を書いていたのはたんに副業としてだろう。

 本業は見聞きした犯罪や不正を暴くジャーナリストなんだと思う。

 わたしは彼とは違う。


 わたしの好奇心は東京や東京の裏社会には向いていない。


 だから躊躇なく彼と握手した。

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