第5話 渋谷④
「さて、最新AIの使用が禁止されて第一世代型AIのみの稼働に制限されるといわゆる”AIショック”により業績は悪化してAI企業の衰退が決定的となります。すると小規模開発を主体とするAIメーカーが多数誕生して既存モデルの学習内容の調整、あるいは大規模言語モデルの規模を増大することで優劣をつけるようになりました。しかしそれは第一世代型の根本的な欠陥である誤生成、フェイク情報の流布、チャットでの好ましくない回答が永遠に付きまとうようになります。なにせ自己修正を禁止されたのですから、それは言い換えると人力修正を永遠と続けることを意味するのです。さて、そうなるとこの膨大な人件費は小規模なAIメーカーにとって足枷となります。そこで誕生したのが我がドラゴンAIクリエイティブ社になるのです。そしてこちらが我が社の心臓にしてAI業界の底辺。”調教部屋”でございます」
ハオイーシェンはかつてテレビ局のスタジオだったところに案内してくれた。
スタジオの扉には『AI・Training Room』と書かれていた。
ハオイーシェンが嬉々として語り、そしてかつてテレビ局のスタジオだった部屋の扉を開ける。
その部屋は学園ドラマを撮影していた名残なのか学校の教室の雰囲気の場所にこれまた学校の机が整然と並んでいた。
一つの机にPCとモニターが置かれ、ドヤ街の住人と思われる労働者がモニターに書かれた文章を一つ一つチェックしている。
だから部屋の中は饐えた臭いが漂っている。
イーシェンはポケットからオーデコロンだろうか香水の入ったビンをさっと取り出して自分にシュっとかけた。
皮肉を交えながら彼はスピーチを続ける。
「まずなぜ東京かというと、ここがかなり独特な立ち位置にあるためです。かつての先進国の名残から教育インフラは十分に整っていて、それでいて半世紀以上前から英語が主流のため震災復興のボランティア教師が欧米オーストラリアから絶えずやってきます。彼らの信じるキリスト教の博愛主義とは実にすばらしい! おかげで世界の平均よりずっといい教育を受けた知識ある若者たちが多くいるのです。しかし悲しいことに彼らにはクリエイティブな創作活動をする職場がまったく用意されておらず、穴埋め作業か支援物資を受け取るという生きるためのギリギリの生き方しか出えきません。ああ、西東京で農民になったり、東沿岸で観光業などサービス業という選択肢はあれど、それらは狭く、寡占状態となっています。新宿の龍家がいい例でしょう。割のいい仕事場というのはどこも権力者が独占しているものです。日本連邦に敵対するうという地政学リスク、足元の地盤が穴だらけという土地リスク、老人世代を中心にスマホやネットを忌避するため通信インフラの更新不足のためライバル企業の進出を阻止できる市場環境。おっと、我々が旧テレビ局を手に入れたのもここのネット環境を独占するためですね。いい買い物でしたよ。ほかに私のような先見の明のある人はいなかったようで、キツツキ達によって貴重な銅線などをズタズタにされていったのです。おや? どうかしましたか?」
手をブンブン振ってから質問した。
「そのキツツキってなんですか?」
「ああ、キツツキというのは世界中どこにでもいる木をつつく鳥で、そちらはあなたも知ってると思います。東京でキツツキというと底辺の盗掘団たちの別称でして、無人のビルや施設に張り巡らせてあった銅線を根こそぎ奪っていくのですが、最初期は目につく配管などを壊して銅線を切断していったのですが、立川政府が財政破綻するとビル内に堂々と侵入して壁をハンマーで叩いて裏側に張り巡らせてあった銅線など金属類を盗掘していったのです。それが一日中叩くためキツツキと呼ばれるようになりました。新宿の近くでは見かけないでしょう。なにせ一度龍家が総力を挙げて関係者を見つけ出して親族含めて全員捕まえて、一生を龍家の下でこき使われてるのですから。もし手錠をしたみすぼらしい労働者を見かけたらキツツキの関係者だと思ってください。同情はいりません。東京の復興を遅らせた元凶の一つなのですから」
イーシェンは、話がそれましたね、と言ってわざとらしく咳払いしてから次の話へと移った。
「さて、隣のスタジオは文章ではなく、つまり画像や映像のAI生成で好ましくない生成をサーチして生成を禁止するか否かを決める仕事です」
各机のモニターには歴史上の人物が人々を焚き付けヘイトを煽るプロパガンダ映像や若者の自殺の画像、あるいは若い女性の裸の写真からショットガンで吹き飛ぶショッキングな画像までまさに好ましくないAI生成が大量に映し出されていた。
「う、おぇ……」
あまりの悪意のある映像の数々と不快な体臭のダブルパンチに少々参ってしまった。
たとえゾンビ映画が大丈夫でも腐った卵と死臭とゲロとが充満した部屋で見ることはできない。
ああいう映画は清潔な空間だから見れるそういうものでしょ?
「ハハハ、お嬢さんには少々刺激的過ぎましたかな。これらはユーザーたちがSNSなど匿名性の高いアプリと同じ感覚で生成AIを使うために起きるどうしようもない現象です。好ましくない”生成”を修正するということはあらゆる生成物は検閲されるということですから。あ、もちろん我が社がAIメーカーからデータを受け取るときには個人特定できないように加工されているのでご安心ください。あくまで名無しのユーザーの一人が異常なまでに特定のシチュエーションの画像生成にこだわっていて、我々はそれが生成禁止だとAIに学習させているのです。そのため不快の映像や文章がここに集積されてしまうのですよ。ええ、仕方ないことです。――さて、ここまでが簡単な業務説明でしたが、ご理解いただけましたか? では次にあなたが私に求める裏稼業、つまり情報屋について話しましょう。もうお気づきと思いますがオモテの仕事はあくまでAIメーカーからの正規の仕事です。100年前なら本国の農村部でやらせるような仕事ですね。いま東アジア圏でもっとも低賃金で雇えるのが東京だからここでやっているとも言えます。あと英語圏というのも重要ですね。ウラの仕事は実は密接に関係していまして、このAIの修正業務では生きるだけで精一杯な哀れな労働者たちにちょっとした小遣い稼ぎを提案しているのです。ええ、つまり地元の内緒話やうわさ話、あるいは親兄弟が関わっているマフィアや犯罪シンジゲートの資金源は何か、武力抗争に発展しそうな場所はどこか。そういった情報をその価値に見合った額で買い取っているのです。例えばあなたの上司たちが欲しがっている安全に旅行ができるエリアと危険なエリアも細かく教えることができます。それ相応の値段を提示していただければ――――おや、顔がすぐれませんね」
「ちょっと気分が悪くて……」
降参、ギブアップのジェスチャーをしたかったがモニターを見たくないので地面を見ながらつぶやいた。
「――そうですね。先ほどの映像はショッキングですからね。そうだ屋上に行きましょう。外の空気を吸った方がいい」
わたしのためにそう提案してくれた。
移動中にすでに落ち着いてきていたが、この建物内に染み付いた饐えた臭いから逃げたかったので黙って屋上へと向かうのだった。




