第5話 新宿③
「遅い。いま何時だと思ってる?」
「す、すみません」
イーシェンと握手を握ってから、東京24区の近況についてレクチャーを受けた。
それから連絡先交換をして犯罪地域や危険区域が書き込まれた地図データを後で送ってもらうことになった。
見返りとしていつものように旅行誌に新宿を絶賛する記事特集をすることになる。
渋谷から新宿への帰り道も徒歩になる。
近道と言って今度はドヤ街の中を突っ切っていった。
まじかで見ると建物はソーラーパネルの設置に使う骨組みに工事現場の外壁、その上にトタン屋根を置いて石やレンガ、あるいは車のボンネットを重し代わりに使っていた。
家と家の間はほとんどないが、たまに車のタイヤを半分ほど地面に埋めて自分の領地だと主張していた。
そういう家は周囲のバラック小屋と違い2階建てコンテナハウスに番犬までいて、金回りがよさそうなのがうかがえた。
ドヤ街と新宿の境界までくるとそこに人々が集まり揉め事が起きていた。
新宿の警官隊とドヤ街の住人たちが揉めていた。
力関係は歴然で警官たちがバラック小屋を壊して住人を追い出していた。
住人たちは罵声を浴びせるが石を投げるほどの勇気はなかった。
「少しばかり都市をデカくするんだ」
「渋谷の再開発ってじっちゃんが言ってたぜ」
「違う。違う。再開発のための資材置場や電力網の整備でここら一帯を全部壊すんだと。なんでも重機を大量に投入する目途が立ったから久しぶりに道路を整備するんだ」
「お、そうだったそうだった。けどよ、オレが思うにあんな被災地にまた都市作るなんてバカっぽいけどな」
「それはそうだ。だが老人連中がどうしても渋谷を再生させたいんだとよ。バカげてるよな。女、お前はどう思う?」
「え、いや~どうなんだろう。特集記事になるので頑張ってもらいたいかな~」
さすがに渋谷復興推進派ぽいハオイーシェンの身内に否定的なことは言えない。
2人はそれ以上何も言わなかった。
新宿の入口付近にショベルカーがあった。
あれはショベルカー型3Dプリンターだ。
ショベルカー、あるいはディガー(掘る人)と呼ばれている重機の先端部分はアタッチメント交換が可能でいろいろなものがつけられる。
そこに産業用ロボットアームをアタッチメント交換してある。
さらにアームの先端はノズルのようなものが取り付けてある。
そのノズルから粘度のある特殊な生コンクリートがでてくる。
産業用アームにはいろいろなセンサーが付いていて、周囲を計測しながら建物の壁を少しずつ積層していた。
”少しずつ”と言ってもグレードによって1m/sぐらいの高速タイプからそれ以下の低速タイプまで千差万別になる。
3Dプリンター建築はショベルカー型以外にも、100年前に誕生した3Dプリンターをそのまま巨大化させたスタンダードタイプ。
高層ビル用のクレーンにUFOキャッチャーのような3Dプリンターをつけたタイプなど場所や用途によっていろいろとある。
種類はいろいろあるがガザ様式という貧困向けの用途として広まったため3Dプリンター建築そのものはやはりスラム街で使われる建築方法というのが一般的になる。
例えば壁を作るとき、外枠を積層して中が空洞なのが基本になる。
このガワの中にコンクリを流し込んだりして強度を補強する。
さらに鉄筋を入れるか、または断熱材や防音材を入れるか、はたまた電線とか水道パイプを組み込むかは建築業者のセンスと発注者の資金力によって決まる。
ただしそれは理想の建築手順の話になる。
実際はそんなうまくいかない。
AIが設計指示書を生成しても誰もその通りに作ったりしない。
建築業者の信用の無さはアメリカ人が一番知っている。
DIYが流行るというより、やるしかないのだ!
――閑話休題。
「やっと帰ってきたカ」
リー老人が笑顔で、三味線を弾きながら迎えてくれた。
「てっきり怖気づいてしまうと思てたヨ」
「いえ、最初は治安の悪い危険な所だと思ったんですが、その――」
「なにかあったカ?」
「あったというより、何もなかったというか。アメリカのスラムと比べるとぜんぜん安全というか、そもそも銃声もしないし、自爆テロを警戒した警察官が暴力的職質されるわけでもないし、朝日を迎えられなかった中毒ホームレスが路上に放置されているわけでもない。なんていうか本当に治安が全然いいんですよ」
そう言い切ると部屋が静寂に包まれた。
「ぷは――ガハハハッ、そりゃあのアメリカに比べたら治安はいい方だな」
「やっぱアメリカこえー。お前も苦労してるんだな……」
「銃社会アメリカ。恐ろしいのは治安が崩壊した混沌とした都市を涼しげに渡り歩く住民カ。いやいやお嬢さんはタフガールネ。認識を改めるヨ」
なぜか事実を言ってウケた。
それから少しだけ休んでから帰ることにした。
すでに夕方、外はオレンジ色の夕焼けになっていた。
「さいごに何か知りたいことはあるカ?」
「あ~ネコカフェとかこの辺にありますか?」
さすがに心労というか、癒しが欲しいと思った。
日本と言えばネコカフェ、ネコカフェと言えば日本。発祥地は別らしいけどそんなことはどうでもいい。
「新宿はネズミが多いネ。だからネコは基本放し飼いヨ。動きの鈍いネコは――ベンベン」
そこから先は何も言わずにただ三味線を弾くだけだった。
わたしは今後ともよろしくお願いいたします、と言って案内所を後にした。
ホテルに戻り、気になって三味線の材料を調べた。
調べなければよかったと後悔した。
癒しを、東京に癒しはないのか。
いやマジで。
翌日、わたしは次にどこに行こうか悩んでいた。
アメリカのSpaceΩ社が提供する衛星ネットワーク「スターネット」に通信障害が発生したため本社と連絡が取れなかった。
しかたなく有明中央ステーションまで来て、運行している路線図を眺めながら次の行き先を考えていた。
悩んでいると目の端にブンブン杖を振る姿が映り、そちらの方を見た。
杖にはアメリカの象徴である鷲を象った彫り物があって、それに白い布を巻いて「ヘルプ」を表現している。
数日前に知り合ったマイケル夫妻だ。
2人とばっちり目が合う。
そうかこの老夫婦がわたしの癒しなんだと思った。




