第5話 渋谷②
「おい、女」
「はい。ミサキです」
細目の男ジュンがぶっきらぼうに忠告する。
「これから会う人は俺たちと違って頭がいいが、かなりの変人だ」
「はぁ、そうですか」
「記者ってのは人の話を聞く仕事だと思うが、対話したかったら手を上げるんだ。それも両手がいい」
「ええ、どゆこと?」
「ガハハハ。あの人は話がなげえぜ。情報屋なのか情報漏れ屋なのかわかんねぇレベルだ」
「あんたはお客さんで記者だから話を聞くのが仕事ってのはわかっている。だから話が終わるまで待っててやるが、限度があるってのは覚えとけ」
「肝に銘じておきます」
そんなこんな話しながら歩いていたら目的地に着いた。
渋谷の代々木公園のすぐ隣、そこに旧テレビ局がある。
旧テレビ局。
近代デザインのその建物は大衆に寄り添い権力を忌避するジャーナリズムの志とは正反対の威圧感と拒絶感がひしひしと伝わってきた。
周囲はフェンスで囲われていて、その向こう側は空堀のように傾斜がきつくなっている。
出入口もわざと狭く、人を迎え入れるつくりとは真逆のまるで戦国時代の城のような入りずらい作りに思えた。
これは対テロ対策だ。
テレビ局はテロやクーデターの際に政府機関と並んで最初に標的にされる施設だと言われている。だから占拠を成功させないための工夫なのだと思った。
インターネットが台頭して情報が双方向に流れて、そういったローテク的発想がすべて無駄な努力とわかる前の建築思想だ。
誰も寄せ付けないその建物で一体何がおこなわれているのだろう?
わたしは旧テレビ局へと入った。
警備員は笑顔で挨拶をして中に入れてくれた。あるいは悪徳警官と顔なじみらしく2人は顔パスで中に入った。
わたしは計器による検査が入った。
最初は金属探知機かと思ったが、これは盗聴や通信を探知する機械だと教えてくれた。
わたしのスマホはアルミに覆われているので、気づかれなかったようだ。
わたしのボデーガード2人はここで別れた。
彼らはこれから会う人物の話を聞きたくないと言った。
かつて芸能人たちが使っていた控室、楽屋で待っているようにと言われた。
一人になると途端に心細くなった。
施設のそこら中に龍家のポスターが貼られていて、彼らのお客さんであるわたしに安心感を与えると同時に、一切の粗相が許されないプレッシャーが重くのしかかる。
新宿に胃薬売ってるかな?
中華系ということは謎の成分が入った漢方薬だろうか?
ホテルなら旅行客向けの薬が手に入るかもしれない。あとで調べよう。
「これはこれはわざわざご足労ありがとうございます。英語でよろしいですかなアメリカ人?」
「はい。英語で大丈夫です」
「私は浩逸賢といいます。俊と波と一緒にいて気分が悪くなったでしょう。あの2人は少々口が悪くガサツですから」
「いえ、2人のおかげで安全に来れました。わたしへの配慮にとても感謝しています」
現れたのは見た目から60代の男性だった。
髪が少し後ろに後退して、ところどころに白髪がまじっている。
身だしなみはIT系経営者みたいなラフな格好だ。
「それでは移動しながら話をしましょう。そうですね。中国人の名前の命名則を知ってますか?」
「たしか姓の漢字1+名前の漢字1~2文字が主流だと聞いてます」
「よくご存じですね。普通はそうなんですが私の両親は日本生まれ日本育ちの中華系日本人だったため、本土の空気や常識が薄く、名前を付ける際に良さそうな漢字を3文字付けたんです。浩広大な、逸傑出した、賢賢い。それが私の名前です。ただ長いので親しい友人からはイーシェンと呼ばれています。あなたも私のことをそう呼んで構いませんよ。わかりましたか?」
「あ、はい分かりました。えっとわたしの名前は――」
「大変よろしい」わたしの自己紹介がスルーされた。
イーシェンはそしてそのまま話をつづける。
「さて、私の名前に負けないほど私は能力が優秀な部類でしてね。龍家でも長年重宝されてきたんです。情報屋というのは副業のようなもので、それでも東京中の情報を収集してきました。なにせ今の龍家は得た情報を駆使して影響力を強めることにあります。もちろんあなたの情報も可能な限り得ています。例えば来日したその日にリチウム発火事故にあってスマホを含めて焼失したとか、その後に手に入れたスマホを、たぶんアルミか何かで覆って普段は通信ができないようにしているとか」
「そんなこともわかるんですか!?」
「ええ、最後のは単なる推論ですけれどね。たぶん現地人から警告のような忠告を聞いて真に受けたのでしょう。わかりますよ。彼ら東京人たちはスマホを忌避してますからね。あれは40年前のことです。日本連邦が鎖国を宣言して東京が捨てられたとき、ネットの言論空間は阿鼻叫喚、恨みと憎しみ、そして連邦に対するヘイトスピーチで埋め尽くされ遂にはテロとクーデターを呼びかける者まで現れました。大炎上と過熱する言説に対して日本連邦から一方的かつ大規模なメールの一斉送信が実行されたのです。そのメールは東京人のすべての個人スマホにメールが送られました。警告文ですよ。警告文。秘匿性の高いアプリや匿名の掲示板への書き込みですら完全に個人を特定して警告を発したのです。日本連邦は量子コンピュータを保有してますからね。スマホのセキュリティを突破するのは実に容易いことでしょう。委縮した東京人たちはスマホを捨てて40年経った今ですらスマホを持つことを恐れているのです。まるでネットにつながりさえしなければ特定されないと思っているかのようにです」
羽田空港のスタッフが警告したのはそういうことか。と思った。
「あの~それで、そもそもここがどういうところで何の会社なんでしょうか?」
「おっと私としたことが失念しておりました。我がドラゴンAIクリエイティブ社は第一世代型AIの保守メンテナンス業を委託請負っております。ご存じの通り大規模言語モデルのAIは世界情勢や流行の変化についてこれず好ましくない回答を生成する欠陥のあるAIです。それと同時に莫大な利益を得るために好ましくない回答の修正をできる限り低賃金労働者にやらせたいという思惑があります。我が社はそのような欧米のAIメーカーに安く質の高い労働を提供するために東京人を大勢雇用して日夜AIのメンテナンス作業に従事しているのです。なぜ東京人を雇うのかというと、ドヤ街に吐いて捨てるほど労働者がいます。それにあなたも知っているでしょう。彼らの母国語が英語ということをです」
確かにその通りだ。
わたしは羽田からここに来るまで、まだしゃべったことがない。
日本語で喋っていない。




