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2126:日本連邦へようこそ!  作者: 日本連邦観光公司
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第5話 渋谷①

 新宿の裏道からスラム街にかけて()えた臭いがした。

 AI設計ツールが空調を考慮して建て増ししていっても、ダクトの中にネズミの糞尿と死骸が放置されていたら、臭いのは当然だ。

 そんなスラム街を出るともっと()えた臭いを発する街が目の前に横たわっていた。

「相変わらずくっせーな」

 ボーが悪態をつく。

「ここはなに?」

「ドヤ街だ。名前なんてないよ。ただのドヤ街。あるいは代々木の掃き溜めってところだ」


 ドヤ街。

 ドヤ街は宿街。()()街。

 ヤドを反転させてドヤと呼ぶ昔の日本人の言葉遊びだと言われている。

 アメリカならスキッド・ロウになる。

 枕木スキッドを敷き詰めたロードを作り枕木に潤滑剤グリースを塗って木を大量に運ぶビジネスがあった。それが語源になるが、転じてそこで働く低賃金労働者たちのことをなぜか指すようになった。

 たぶん夜に雑魚寝している労働者たちがスキッドに見えたのだと思う。

 それから労働者の安宿と酒場だけのドヤ街をスキッド・ロウと呼ぶようになった。


 新宿と渋谷の間にはかつて明治神宮と呼ばれた神社と代々木公園と呼ばれた公園があった。

 隣接したこの2つのランドマークは震災難民たちの避難所になり、よくあることだが火災によって焼失した。

 神職が神具などを連邦側に移送して廃神社になると「永遠の(やしろ)」と呼んでいた緑豊かな森林に囲まれた神宮は解体と伐採されていった。

 ドヤ街の誕生である。


「うぇ、臭い……」

「ははっ! もともと公園だか何だかで水道インフラが無い土地だからな。ここは新宿とは違いほんとのスラムだ」

「ちょっと遠回りするぞ。山手線沿いなら少しマシだ」

 ドヤ街の住人は警官を見るなり逃げ隠れした。

 ここら辺では警官とは龍家になる。

 歩く恐怖そのものだ。

 それでも大通りは人通りが多く、何が起こるかわからない。

 無用な争いを避けるようにドヤ街を遠回りに迂回して動いていない山手線の近くを歩く。

 つまり原宿駅の方に向かっていた。

「え、ここが原宿」

「ずっと工事中だぜ。やっと穴埋めがはじまったんだ」

「ドヤ街のいまの働き先でもあるな」

「ちょっと撮ってきていいですか?」

「工事現場なんて撮ってどうするんだ?」ボーが言う。

 原宿がかつてファッショントレンドの中心だったことを知らないような口ぶりだ。

 ただ一理ある。工事現場なんてどこにでもある。そんなのを見に来る旅行客はいないだろう。

「それより渋谷のほうがお前たちの言う映えってのがある。どうする?」

「あ~それなら渋谷駅に寄ってもらいたい。です」

「ククク、別に構わない。なあボー」

「ああ、散歩して怒られないなんて最高だ」

 わたしは護衛2人と渋谷に足を運んだ。

 と、いうより原宿がすでに渋谷区であってすぐに渋谷に着いたと分かった。


 渋谷。

 その字からわかる通り「谷」に栄えた街になる。

 厳格な都市計画に基づいて作られたわけではなく、それは企業の近視眼的な方針によって作られた街になる。

 若者の街とはつまり若者にウケる商品を集中的に投入した地域ということになる。

 たぶん谷という災害多発地域のため土地代が安かったのだろう。

 そんな渋谷は約100年前に大規模な再開発が絶えずおこなわれるようになる。

 原因は地球温暖化。

 線状降水帯という日本の新しい異常気象が渋谷を直撃したのだ。

 谷は浸水して都市はマヒした。

 雨水が引いたのち、災害対策のための大規模再々開発が始まったのは当然の流れだった。

 彼らに都市を放棄するという選択肢はなかった。

「ほら、着いたぞ」

「ここが渋谷。かつて駅を中心に栄えた所」

「いまじゃ湖というか沼だがな」

「昔よく釣りしたなジュン兄!」「一度も釣れなかったがな」

「渋谷……ヌマ……?」

 かつて渋谷駅があった周辺は大崩落して、そこに水がたまり沼のようになっていた。

 周囲のビルが斜めに傾き、大沼に沈んでいく。

 朽ち逝く廃墟の美がそこにあった。

 わたしはカメラでそれを撮った。

「なんでも渋谷駅の地下深くに巨大な貯水槽を作ったそうな。それで地上も再々開発とか言ってどんどん建物を建てて渋谷を覆う勢いだったんだと」

「よく知ってるなジュン兄ぃ」

「お前も爺様たちの話で聞いてるはずだぞ」

「あー寝てたな!」

 ボーは悪びれる様子もなく言い切った。

「はぁ、とにかく下がスカスカになって、上が重くなっていったって話よ。しかも震災前夜なんて日本人のほとんどが連邦側に引っ込んでたから、勝手知らない外国企業が工事をしてたんだと」

 わたしはなぜそんなことになったのか疑問を口にした。

「なんでそんなことに? 同じ日本じゃないの?」

「なんだ知らないのか。旧日本ってのはコンクリから人へっだったかな。とにかくそう言って税金を出し渋って建設業界をいじめてたんだよ。爺様連中なんてその大手の下で働いてたりしたからよく知ってる。んで日本連邦ってのは建築業を特別扱いしたんだ。軍事施設や大総統府を建てるのに必要だからな。だから企業の大半は羽振りのいい連邦側に行っちまったんだよ」

「なあそれでなんで渋谷が崩壊したんだ?」

「あのなボー。渋谷っていう谷の地下に巨大な貯水槽作って異常気象対策を計画したんだ。だがそれは欠陥工事だった。んで巨大な空洞ができた時に震災になって上の建物ぜんぶが沈んだんだよ」


 昔、まだ渋谷が健在だったころの映像を見たことがある。

 人々が地上の交差点を行き交い、それと同じぐらい地下広場を行き交っていた。

 彼らは自分たちの真上に渋谷川が流れていることを知っていたのだろうか?

 谷の下に地下鉄が、谷を覆うように駅ビルが、その建造物を貫くように渋谷川が通っていた。

 震災の日、修繕工事中だった渋谷川が決壊して地下鉄に川の水が流れ込んだ。

 地下全体がゆるくなると陥没がはじまり、最初は小さな穴が徐々に大きくなっていった。

 巨大なビルの土台が崩れるとその落下するビルの一部が巨大貯水槽の天井を突き破った。

 そこからは蟻地獄のように周囲の土砂が貯水槽に流れ込み、ピサの斜塔のように周囲のビルが傾いていった。

 こうして渋谷に沼地ができあがった。

 それは没落していった旧日本を象徴するような風景だった。


「もう写真はいいか? 目的地はすぐそこだ」

「あ、はい。大丈夫です」


 かつて渋谷にあった旧テレビ局跡地。

 そこに情報屋がいる。


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