第5話 新宿③
ミサキ・キリシマの手記
何となくこのメモ帳には旅先で思ったことをちょっとだけ書いていた。
それでもいいと思う。わたしがそこで何を感じていたのか知ることができるから。
ただ、それはこれを読む人が”わたし”だった場合に限る。
例えばわたしに子供ができたとしてその子が読むことを想像してみた。
あるいは何百年ものちの世の歴史家が偶然手にして読んだ時を想像してみた。
ありえない話になるがこのメモ帳がひょんなことからネット上にアップされて不特定多数の誰かが読んでいることを想像してみた。
それはつまりこのメモ帳を通して読者とわたしが対話していることになる。
持論として、または高校のディベートプログラム(身近なものを題材に皆で議論したり考えたりする授業)を通じて思ったのが、SNSは対話ツールとして不適切だということ。
例えば「Good!」のために誰しもがウソを書く。
ウソというほどじゃなくても、とにかく映えるように話を盛る。悪いとは言わない。
けど本音を書けないのがSNSになる。
誰だってリアルタイムで炎上して私生活がガタガタになんかなりたくないからね。
時間によって隔たれた”たわたし達”の対話なら、その点は問題ない。
あなたが織田信長のクライマックスである「本能寺の変」で、明智光秀に激しい憎悪を向ける感受性が豊かすぎる人じゃなければの話になるが。
過去のわたしの行動に関して何かを感じることはないはずだ。
さて、わたしが”あなた”と対話しようと思った経緯を書こうと思う。
新宿の事業提携相手である新宿観光案内協会。あるいはチャイニーズマフィアの窓口の一つ。
そこを出てから情報屋に会いに行くまでの間にかつて「東京都庁舎」と呼ばれていたビルの近くを通った。
護衛の2人には悪かったが少しだけそこを見て、写真を撮らせてもらった。
震災後の高層ビル規制法によって地下崩落の危険性のあるビルはすべて例外なく建物の高さ制限が導入された。
残念ながら東京都庁舎のすぐ下には大江戸の名を冠した地下鉄が走っていた。
それは埋め立てて廃線になっても地盤に難あり、という評価になる。
そのため東京都庁舎の象徴的な2本のタワーは削り取られていた。
東京都政が梅田区に移転したため、今はチャイニーズマフィアの本部になっている。
旧都庁の壁にはデカい垂れ幕が2本左右対称に垂れていて、朱色の幕に龍家のマークである金色の龍が描かれていた。
かつて70階以上あった建物が半分以下になって、老朽化によるひび割れに雑な補修が目につき当時の威容が見る影もなくなっている。
そんな旧東京都庁舎を見て、わたしの心は遠く十数年前のハワイの実家での出来事を綴ろうと思う。
ハワイの日本人コミュニティはガザ様式のプリンター建築のスラムになる。それは新宿の裏町スラムと大差なく、壁の積層痕がよく目立った。
違いがあるとすれば法秩序と行政主導のブロック区割りによってスラムと言っても整然とした街並みになっている。
それでも積層痕という微妙な凹凸のせいでネズミなどの野生動物や昆虫類が壁を簡単に登ったり、壁走りできるのでこの建築がものすごく嫌われているのはあなたもご存じだろう。
さらにひどいとコケむしり、カビがこびりつき、アリが巣を作り出す。
わたしの父はこれが大嫌いで、お金に少し余裕ができると土日に壁を壊して新しく作り直していた。
そんな父の後ろをウロチョロするわたしに「なにかいい建築のデザインが無いか調べてくれ」と言われたことを覚えている。それは作業中に近くにいたら危険だから遠ざけるために言ったのだろう。
日本人コミュニティの中で樋口さんの家は”図書館”とあだ名されている。
海外に出る際にできる限りの蔵書を持ち出して保管していたからだ。ただ”図書館”の本は子供が触ってはいけなかった。汚れたり破損したら困るからだと言う。代わりにタブレット端末に電子データとして保管されている数百万の本のデータを見せてくれた。樋口おじいさんはコミュニティ内の子供になら喜んで本のデータを見せてくれた。
ともかくタブレットでわたしたちのコミュニティがガザ様式で、世界にはいろんな建築デザインがあることを知った。
日本にルーツがあることは知っていたので日本の建物を検索して最初に目についたのが東京都庁舎だった。
その説明書きには『税金を投じて建てたスターリン様式のビル。バブル期に多額の税金を投じて建てられたタックス・タワー』と簡素に書かれていた。
わたしはスターリン様式のビルをAI検索にかけて、それと東京都庁舎や日本の似たビルを見比べた。
似ているような気もするがちょっと違う気もした。
うんうん悩んで樋口おじいさんに聞いてみた。
「ああ、これは2060年代の日本連邦の検閲資料だからね。本当はニューヨークのクライスラービルディングのアール・デコ調なんだけどね。その当時の建築家がマルクス主義に傾倒してソビエト建築の影響を受けていたと言ってスターリン様式ということにしたんだ。日本連邦は当時のAIを駆使して共産主義やマルクス主義のシンパ達をーーああ、シンパというのはシンパサイザーのことで意味は共鳴者だよ。つまり共産主義に共鳴した人々を捕まえて全員追放したんだ。そしてシンパ達の偉業にすべて共産主義というレッテルを貼っていったんだ」
「追放された人たちはどこに行ったの?」
「東京だよ。東京に捨てられたんだ。それから東京から去って外国に住む人もいた。ワシみたいに」
「じゃあわたしのおじいちゃんや両親も?」
「いいや。キミの家族は別さ。連邦政府が信じられなかったんだ。ここだけの話、アメリカの連邦政府も信じられないから、それなら日本に留まればよかったと酒の席でグチっていたよ」
こんな話をした気がする。ただ後になって勉強して知った内容が混ざっているかもしれない。
そもそも子供にこんな難しい話をするだろうか?
まあいいや。ともかく子供ながらにわたしが知ったのは日本連邦というのは対話を拒絶して、多様な価値観を否定して、ついには鎖国したということだった。
わたしの読者さん。わたしがあなたと対話しようと思ったのは東京都庁舎を見て、ふと昔のことを思い出し、そして対話しようと思ったからだ。
ただし現代人にではない。
いまを生きる人々との対話だと何が起きるかわからないからだ。
あなたはチャイニーズマフィアと対話したいですか?
あるいは警官の制服を着たマフィアの構成員や狂信的な市民団体と対話したいですか?
ちょっとそれはねぇ。
わかるでしょ?
仕事だから愛想よく、話の分かる人を演じ、コツコツ働いているんです。
わたしがマフィアの本部庁舎を見つめていると、ガタイのいい警察官兼マフィアの構成員兼わたしの護衛であるボーが話しかけてきた。
「なんだ。オジキに会いたいのか?」
「いやいや、立派な建物はそれだけで観光資源になるんですよ。だからちょっと写真を撮ってもいいかなって」
「おう。そういうんなら撮れ撮れ。遠慮するんじゃねぇ」
わたしは本来の半分以下しかないみすぼらしい第一公舎とデザインを合わせた第二公舎(同じく半分以下)を写真で撮った。
もう一人の警官であるジュンがせかした。
「早くしろ。情報屋は渋谷にいるんだから」
今日はここまでにしよう。それに渋谷に関しては書かない方がいい。
あなたを信じていないわけではない。
このメモ帳が奪われる可能性を考えて、渋谷については書かない方がいいと判断したからだ。




