第5話 新宿②
新宿九龍城。
その語源はかつて香港にあった九龍城砦になる。
九龍城砦は200年以上前にイギリスが香港を支配する際に取り残された無法地帯。
その無法地帯に違法建築された巨大なスラムビルを指す。
新宿九龍城はそんなかつて存在したスラム街に似ていることから名づけられた。
唯一違うところはかつての九龍城砦が鉄パイプとトタンでつくったバラッグ小屋が増築されていったのに対して、新宿は3Dプリンターの装置を使い増改築を繰り返したのだ。
3Dプリンターの図面データはプロの建築家が震災の多い日本の実情に合わせて作りこんでいるため、出力される建物は耐震基準をクリアしている。
さらにかつてのインフラをそのまま取り込む設計図AI生成ツールを使うことでインフラがそれなりに整った都市を作れた。
それが都市の増殖に拍車をかけていった。
――チリンチリン。
「ようこそ。いらっしゃいネ」
「爺さん。お客人よ」
「こんにちは」
「おや、日系の記者。は~ん。あんたがキリシマカ?」
「はいそうです。ミサキ・キリシマです」
「ふ~む。悪党警官の世話になる。なにしたネ?」
「イー爺さん。今日はちゃんと仕事だよ」
ジュンがやれやれとジェスチャーする。
わたしはこれまでの経緯をかいつまんで話した。
はなしを聞いてイーは笑いながらお茶を出した。
「それは災難ネ。けど幸運でもあるヨ」
「お茶いただきます。それで、あの2人は――」
警官2人は壁際にある長イスに座りこちらを監視している。
「大事なお客さんに何かあったら大変ネ。彼らに帰りまで任せるから安心するヨロシ。ただし――」
「ただし?」
「護衛料代わりに彼らの素行の悪さには目をつぶるネ。下手に記事にしたら、龍家を敵にすること、二度とこの街を歩けないヨ」
「はい、記者は信用が第一。重々承知してます」
「話の分かるアメリカ人は大好きネ!」
龍家。
チャイナタウン、新宿九龍城を仕切っているチャイニーズマフィアのことだ。
新宿の裏と表どちらも支配している。
その構成員は5千人以上と言われている。
もちろん政財界への影響力も高く、議員にもその息がかかった者が多い。
主な収入源が新宿の観光業のため恐ろしいイメージに比べて治安維持をそれなりにしている。
わかりやすく言うとマフィアが兼業として警察官をしているのだ。
本社からもくれぐれも粗相のないように、と念を押されるぐらいには彼らに対して配慮しないといけない。
「これはこれはいい品ネ。気に入ったヨ」
「喜んでいただけて良かったです」
中国人への贈り物は派手、豪華、希少品が好まれる。
ということでハワイ原産の「幻のホワイトハニー」というレアなハチミツをプレゼントした。
気候変動の影響で養蜂業界が壊滅的な昨今、ハチミツは超高級品になる。
庶民には手の届かない品になる。
――ベンッ、ベベンッ。
観光案内所の職員でもあり龍家の窓口でもあるリー老人。
彼はとても個性的な人物だった。
丸サングラスをかけた丸顔の男で、趣味の三味線を奏でている。
そして愛想はいいのだが訛りが強かった。
「三味線は知ってるカ?」
「名前ぐらいしか知りません」
「日本のルーツあるのにもったいないネ。三味線はほかの楽器と同じく表現力が奏者に依存するネ。AIの生成音楽と違ってそこに味があるヨ。だけど古い人から古臭い演奏を覚えるとどれほどの達人でも古臭くなるアル。観光業もそうネ。観光客は古いものを見に来るネ。だけど彼らは昔の帆船に乗ってデュカート金貨で取引したいわけじゃないネ。最新のジェット機に乗ってデジタル通貨を使いたいネ。そこに古臭さがあってはダメネ」
三味線の音色が聞いたことのある曲になった。
数年前に世界的に流行した曲だと思う。
「それから希少性ネ。そこにしかないというのはいいことヨ。チャイナタウンは世界中にあるネ。だけど三味線は日本人少ないからここだけヨ。新宿のチャイナタウンだけヨ」
「あ、つまり今後の催し物に三味線があると?」
「アメリカ人はすぐ仕事の話を始めるネ。三味線はまだまだ先の話ネ。近頃なら来週に3つ隣にバーガーショップが開業するネ。取材するなら開店前の試食と確か金ない言ってたカ?」
「Wというのが無いですね。それ以外ならドルに新円に東京Pマネーもあります」
「チャイナタウンではそれら使えないネ。ここではWを使うヨ。WCNC(World ChiNese Cash)のことネ。これはワタシらの仮想通貨アルよ。世界中のチャイナタウンはこれで決算できる。マレーシア政府が保証してるからとても安全ネ。それに消費税30%もかからないからとてもお得ヨ」
「ほんとですか!?」
庶民にとって財布の中身が3割持ってかれるのは辛い。
W恐るべし。
「まあそのせいで立川政府は財政難らしいがネ」
ダメじゃん!?
「なんか昔の記事で似たようなことがあったような……」
「それは一条龍のことカ?」
「そうですそうです」
「あれは一族で仕事を分け合って旅行代理店、乗り物、免税店、料理店なんかを身内で固めてるだけヨ。商売を同族の身内で囲い込むの普通のことネ。見知らぬ土地で信用できるの誰ネ。身内ネ。ハワイは違うカ?」
「どこも人種コミュニティで固まって生活してますね」
「そうだろ。そういうものネ。ただ経済規模が大きくなっても同族経営の感覚でやったから反感を買ったネ。Wはちょっと違うネ。これは完全に独立した経済圏を作り上げるヨ。ワタシら長年の夢だった世界通貨ヨ」
とても興味深い話だった。
しかし旅行雑誌とは関係ないので脱線した話をなんとか戻して新着情報を定期的に送ってくれるという。
「ほかに何か知りたいことアルか?」
「あ~それなら私の前任者ってどこにいるか知ってますか?」
「ワタシ知らないネ。けど最後にあった情報屋を知ってるネ。紹介しようカ?」
音信不通の前任者がどこで何をしていても気にしない。
しかしその人が使っていた情報屋には興味がある。
「ぜひ教えてください!」




