第4話 千住⑥
「そうだ。マイケル夫妻はまだいるのかな?」
2人と別れた場所に行く。
そこで風船を膨らませている2人を見つけた。
わたしは彼らと合流して迷子の親子が無事再会できたことを伝えた。
ついでにイベントの趣旨がイマイチということも。
「あら~再会できたよかったわね」
「そうなるとこの風船もそういう意図があるんだろうね」
2人は関心のあることにそれぞれ感想を言った。
「家族が再開できたのはいいんですが……これは何をやってるんですか?」
「ここって工作コーナーらしくて、それでね。風船を作って飛ばして連邦側にお手紙を届けようっていう企画なんですって。それを聞いてまあなんて素敵なんでしょう。って思って、私がお手紙を書くことにしたの」
「僕は風船を膨らませて、この紐に手紙を付けるんだ。一つじゃうまくいかないかもしれないから間隔をあけて何個も飛ばすんだよ。ちなみに風船の材料はぜんぶ自然に分解される素材なんだ」
「なるほど。いい画が撮れそうなのでわたしも手伝いますよ」
わたしも加わり、3人で作業する。
工作コーナーではほかにも何組かが日本連邦への手紙を書いたりしている。
作業中、ラジオの音が耳に入ってくる。
『中年男性の声――ラジオネーム・令和ちゃんのリクエスト昔懐かしの令和曲選でした。はい、とても懐かしいレトロな曲でしたね。
若い女性の声――そうですね。令和と言えば100年前の第一次世界紛争の時代。当時の閉塞感を打破しようと明るい曲調の歌が多く発表された背景があります。
中年男性の声――なるほど混沌とした社会を打ち破りたい。いまと通じるところがありますね。それでは今日の地元の話題コーナーになります。今日は北千住で開催されている恒例の平和イベントについてです。もうこのイベントもかれこれ10年目になってるんですね。
若い女性の声――そうですね。当初の計画では連邦との貿易センターとして再建される予定だったのですが地元の市民団体の反発が根強く、いまの平和公園という形になってからこのイベントがはじまりました。
中年男性の声――当時小学生だった息子を連れて行ったので覚えています。災害で亡くなった皆さんの想いを受け継いで、生きている我々の想いを芸術として表現する熱気のあるイベントでしたね。たしかイベントの最後に風船を飛ばすんですよね。
若い女性の声―はい。本日の風の予報によるとちょうど南風が吹いて連邦側に風船が運ばれるはずです。皆さんはもし平和の手紙を書くとしたらどんなことを書きますか? 私は彼らに自由のすばらしさを伝えたいと思います。連邦の皆さんに自由がありますか? 幸せですか? 私たちとお話しできませんか? ずっとずっと待っています』
――――。
『若い女性の声――時刻は17:07になりました。それでは最後にかける曲はいま話題のT-POPグループ。TKの"Zero Tokyo Love"を聞きながらお別れとなります
中年男性の声――感想やお便りは北東京地域活性化放送局ラジオピースまで、司会はムハンマド・デービット・リーと。
若い女性の声――MCのナターシャ・テイ・グエンがお送りしました。それではさようなら~』
風船が一斉に空へと放たれた。
中には箱をつるした風船もある。
箱の中には大量のチラシとシンプルな電動ローターそしてバネが入っている。
一定の間隔でチラシを排出していく。
チラシの内容は独裁政権の批判や武装決起を呼びかけるものや、プロパガンダが多くある。
中には首脳陣暗殺に対する懸賞金から爆弾の作り方なんかもあるという。
チラシ以外にもUSBメモリーやSDカードなどのいろいろな記録媒体が入った袋を運ぶ風船もある。
メモリーの内容はT-POPの曲や最近のオリンピックでいろいろな人種のアスリートが競技をする姿。
東京ドラマやハリウッド映画なんかも入っているという。
それから現政権を打倒するプロパガンダ映像もある。
イベントに参加した人々の手紙は全体としては少数だということがわかる。
マイケル夫妻の書いた手紙も風に乗って空の彼方へと消えていった。
わたしはその光景をデジカメで撮った。
「手紙は、だれ宛てなんですか?」
「50年前に出会った人たちよ。昔はもうちょっと先まで行けたから、千葉の鉄道旅行中に旅館で知り合ったの。その後もたまにメッセージの返信をしていたのよ」
「届くといいですね」
「そうね。けど届かなくてもすぐ会える気がするわ」
ジェシーはそう言って空を漂う風船を見つめた。
80年前、北海道で極右政党の指導者と自衛隊を中心とするクーデター軍が決起した。
またたく間に北海道を掌握して、そのまま南下した。
旧日本国は警察庁対テロ特殊部隊を北は利根川に、西は相模川に展開して対峙した。
一触即発の緊迫した情勢下で政府とクーデター軍が電撃的に和解して両陣営が主要構成国となる日本連邦が誕生した。
だから50年前までは荒川より先にも旅行ができた。
鎖国前の平和だった時代の話だ。
風船が小さく見えなくなった頃。
イベントのボランティアスタッフが近づいてきた。
まだ幼さの残る少年少女たちだ。
たどたどしい言葉づかいで一生懸命に声を上げる。
「き、北千住の復興基金を、お願いします!」「お願いします!」
反連邦市民団体がものすごく濃すぎて忘れていた。
これは北千住や東京の復興基金のためのいろいろなイベントだった。
ジェシーが財布を取り出して結構なお札を入れた。
「え、そんなに!?」
わたしが驚くとジェシーが微笑みながら言う。
「私ね。北千住の大火災の映像をテレビで見たのよ。炎が画面いっぱいに、ボーボーってなってたの。わたしは、ああ、なんて恐ろしいんでしょうって思って、そのとき胸が張り裂けそうになったわ。それでね。あの頃はニューヨークの郊外もスラム街がどんどん広がっていてね。同じようなことが起きないかと気が気じゃなかったの。それでね。いつでも脱出できるようにおじいさんにキャンピングカーを買いましょうって言ったのよ」
マイクも話に加わった。
「懐かしいね。それからもうちょっと緊急時の対策とかいろいろしてたら、老後の蓄えがなくなってしまったんだよ」
マイクが笑いながら、今思うとまったく意味のない備えに散財してそのせいで世界鉄道旅行の計画がずいぶん後ろ倒しになってしまった、と言う。
それはわたしが生まれる何十年も前の話。
悲劇と失敗談を笑い話にするには十分な時間なのかもしれない。
そういえばハワイの日本人コミュニティもそうだ。
居酒屋に集まる老人たちは、連邦政府に忠誠を誓えば今よりいい暮らしができたと笑いながら言っていた。
おばあちゃんとママとわたしがそこに乗り込んで、一緒に酔ったおじいちゃんと付き合いで呑まされたパパを引っ張っていったときの話だ。
半世紀の前の話。
当事者たちは悲劇を酒のつまみに笑い話にしていた。
誰も恨みも憎しみも抱いていない。
だからわたしは日本連邦に特別な悪感情と言ったものを持っていない。
けど、ここは違う。
東京は無言の壁に向かって今もヘイトを向けている。
わたしにはこの現象を言い表す「言葉」をまだ知らない。
ミサキ・キリシマの手記
わたしは北千住に良心の悪意を見た。
彼らの必死な活動がどこか滑稽に感じたのだ。
もし日本連邦の人たちに会ったら、どう思っているのか聞いてみたいと思う。
そんな日が来ればの話になるが。
「めちゃくちゃ迷惑ですよ?」
「おふぅ……」
静かな怒りをまとった声でアルファが言う。
これが連邦職員の本音ということだ。
「まず北千住の迷惑集団のために毎年どれほどの予算をつぎ込んでいるかわかりますか?」
「わ、わかりません……」
「まずあの風船パフォーマンス。正体不明の飛翔体が連邦の領域に侵入する。最悪の事態としてバイオテロ兵器である可能性を考慮して足立区の住民は地下防空壕への避難命令を毎年出さなければいけません」
「うわぁ……」
「そのあとも大変なんですよ。都市の美化委員会から苦情が来るのでばらまかれたチラシを職員総出で回収にはければいけません。つい先週も全職員を動員してドローンで風船を回収しつつ内容の検閲もしないといけません。それにチラシの中に暗号文が無いか暗号解析ツールにかけたり、プロパガンダ映像の分析と称して徹夜で映像の評価もしないといけません。まあその辺はAIが解析してくれますが最終的に人がチェックするダブルチェック体制なので結局くじ引きでハズレを引いた職員がクソ映像を永遠と見続けるという苦行が待ってるんですけどね!」
「あの~そのハズレ職員って……」
「誰がハズレ職員ですって!」
「すんませんでした!!」
「…………」
「ハァハァ…………」
ちょっと気まずい。
「こほん……それから住民から野外フェスの騒音苦情も多くて、しかたないので大型のアクティブノイズコントロールシステム、つまり逆位相の音波を出して騒音を打ち消すシステムを北千住の壁にわざわざ設置していますね」
「わーっとっても科学的」
「このぐらいならまだいいのですが……最も実害のあるのはレーザーポインターによる妨害工作ですね」
「あれはわたしもドン引きでした」
「ええ、そのせいで東京上空はもとより周辺10キロ圏内は飛行禁止区域に指定することになっています」
「あれ、たしか飛行船を飛ばしてますよね?」
「無人機は別ですね。飛行禁止の理由はパイロットの安全確保ですから」
「なるほど、ちなみにテレビやラジオ放送の対策とかは?」
「はい? ああ旧放送方式のことですか。40年前に放送電波帯を廃止してるので聞いてる人なんていませんよ? まあ原始的なラジオの受信機は誰でも作れるので自作して聞いてる人はいるかもしれませんね。もっともあんな毒電波をわざわざ聞きたがる人がいるとは思えませんが。確か観察局がラジオ電波に幼稚な暗号文を紛れ込ませていないかAI解析をしているという話は聞いたことがありますね」
「あ、もうそういうレベルの話なんですね」
「それからこういった小型の記憶媒体でしょうか」
アルファはチラシと一緒にばらまいていたSDカードをつまむ。
「この旧規格も現在は使われていないため、当局でも内容を確認できませんね。やはり観察局に回しますが…………いままで大した報告は聞いてませんね」
「さいごに一ついいですか? もし北千住の市民団体に言いたいことがあれば、あ、オフレコなんでどうぞ本音を…………言ってくれたらうれしいなぁ。なんて…」
「………………」
「………………?」
「私の休日を返せこの*****!!!」




