第4話 千住⑤
「ねえ、あの人たちはなんで裸なの?」
「しっ見ちゃいけません」
荒川の河川敷で何十人もの全裸の男女が体中に政治主張を書き込んで行進していた。
周囲の人々はそれを見て拍手やエールを送っている。
また私と同じように報道腕章を付けた報道陣がその光景を撮影していた。
「ねえねえ。あの人はなんで銅像に落書きしているの?」
「銅像を一生懸命作った人がいるんだからああいう大人にならないでね」
日本連邦建国の父と思われる銅像にトマトケチャップをぶっかけたり、ラクガキで卑猥な表現をして貶めていた。
「じゃあこの曲はなんて言ってるの? 翻訳できる?」
「子供が知るのはまだ早いかな」
リアムは英語しかわからないという。
それでよかったと思う。
なぜなら歌詞の内容がひどく、「流血には正義の流血で対抗せよ。市民の敵、国を滅ぼす売国奴どもを叩き潰せ! 日本死ね! 連邦死ね!」という感じだ。
これは子供には教えられない。
しかも巨大スピーカーを使って対岸の連邦側に流していた。
いやいや、送りたいメッセージはそれでいいの!?
「ねえ見て! ピカピカッ!」
「え!? それどうしたの?」
「さっきお兄さんが配ってた」
「いい知らない人から物をもらっちゃいけません」
「お姉ちゃんってママみた~い」
「じゃあママは常識のあるいいママだね。ママのこと好き?」
「う~~ん。わかんな~い」
耳まで赤くして照れくさそうにそう答えた。
うわ、かわいい。
早く両親を見つけてあげないといけない。
「おい見ろ! 上だ! 上だ!!」
コンサート会場がざわつく。
わたしも上を見上げた。
「飛行船だ! 連邦の飛行船だ!」
イベント会場のはるか上空に黒い点にしか見えない遠く小さな飛行船がぽつんと漂っていた。
言わなければ気づかなかっただろう。
異変にすぐに気付いた。
最初は「連邦め高い所から見下しやがって!」という言いがかりのような暴言だった。
この人は飛行機や飛行船、気球に乗ってる人の所属によって見下したように感じるという特殊な感性の持ち主なのだろうか。と思っていた時だ。
「そうだそうだ! 連邦め!」
「独裁者に死を!」
「独裁者に死を!」
人々の怒りの感情が一気に広がっていった。
そして誰が始めたのかペンライトに付いていたレーザーポインターを空に向けて放つ。
赤い光線が飛行船の方へと集中する。
「わーい。あ、これレーザーがでるんだ!」
わたしはリアムが持っているペンライトを両手で包んで、彼に言う。
「いい人に向けてレーザーポインターを使ったらダメだからね」
「え~みんなやってるよ~」
「アメリカではね。こういうのを運転手や操縦士に当てるとテロ未遂容疑で捕まるの。レーザーがでるおもちゃでも目が見えなくなるかもしれないからね。だからほかの国で誰かがやっていてもダメなんだよ」
「う~~ん」
「ママが悲しんじゃうよ」
「じゃあやらない!」
リアムはとても聞き分けのいい子で安心した。
飛行船に、日本連邦に対する罵声の声が響く。
わたしはリアムの耳を手でふさぐ。
「おねえちゃん聞こえな~い」
「聞かなくていい。聞かなくていいの」
それにしてもこのイベント会場は子供の教育には毒だ。
そう思いながらコンサート会場を後にした。
イベントの運営本部に着いた。
迷子センターまでくるとそこには幼子を探して心配している両親の姿があった。
「ママ! パパ!」
「リアム!」
よかった。
すぐに両親と出会えた。
「ありがとうございます。あなたがリアムを連れてきてくれたんですね。感謝してもしきれません」
「いえ、そんな当然のことをしたまでです」
「お姉ちゃんはアメリカの記者さんなんだって」
「まあ!」
リアムの両親が少し驚きと、そしてわずかに憐みの視線をわたしに向けた。
「すまない。日本人のスタッフかと思って」
「まあ見た目で誤解しますよね。日系二世のハワイ人です。新人記者としてルーツのあるこの国に来ました」
「そう……若いのに大変ね」
「いえいえ、わたしは全然いいほうで――あ、それより、このイベントは見た感じ、ちょっと思想が強めというか、リアムくんにはちょっと早い気が」
「ええ、そうなんですよ。だから私たちもすぐにここを離れたいと考えていたんです」
「え~もう帰るの~」
「リアム。いい子にしたら昨日行きたいと言っていたアトラクション施設に連れて行ってあげるわ」
「ほんと! やったー!」
親子とはそのあとイベントの入り口まで一緒に向かった。
わたしも途中まで一緒に行き、最初にリアムと出会った所で別れた。
「お姉ちゃん、ばいば~い!」
「ばいば~い、もう迷子にならないでねー!」
「お姉ちゃんもね~!」
両親と手をつないで仲よく帰路につく。
その光景をデジカメで撮った。




