野球下手な怪物
三人は次のスカウト候補に会うため、
福岡県に来ていた。
「暑い」
九条颯真が言った。
「大阪でも同じこと言ってなかったか?」
朝倉蓮が返す。
「大阪より暑い気がする」
「気温ほとんど変わらないぞ?」
「体感の話」
「それは知らないよ」
二人の前を歩く神代怜司は、
会話に加わることなく球場へ向かっていた。
九条が神代を見る。
「怜司」
「何だ?」
「今日の鷹野って奴、本当に取る気なの?」
「まだ決めてない」
「でも候補なんだろ?」
「そうだ」
九条は昨日見た映像を思い出す。
鷹野隼人。中学三年。183センチ。右投右打。外野手。50メートル5秒8。
遠投110メートル以上。
数字だけなら明らかに異常だった。
だが。
「打率、二割台だぞ」
九条が言う。
「知ってる」
「三振も多い」
「ああ」
「それに野球始めたの中二からだぜ?」
「そうみたいだな」
「おまけに強豪校からの誘いもないときた」
「今はな」
「じゃあ何を見るんだよ?」
神代は歩きながら答えた。
「野球以外」
「俺たち野球のスカウトに来てるんだけどな」
朝倉が笑った。
神代は構わず続ける。
「いいんだ、技術は後から変えられるから」
「だが、身体能力はそう簡単には作れない」
九条が少し考える。
「つまり素材を見に来たと?」
「まあ、そういうことになる」
その後、球場に到着した。
今日の試合、神代たちが最初に確認する予定だった選手は、鷹野ではなかった。
対戦相手の四番打者。
九州でも名前の知られた強打者である。
もちろん、神代の候補リストにも入っている。
九条がそれに気づく。
「なあ、今日の本命は別なんだろ?」
「ああ」
「じゃあ鷹野はなんなのさ?」
「映像を見て気になっただけだ」
「まだ候補の候補ってとこか?」
「そんなところだ」
三人は外野寄りのスタンドに座った。
試合前の守備練習が始まる。
鷹野はセンターに入っていた。
大柄で肩幅も広い。
中学生離れした身体つき。
だが、最初の打球。
前方へのフライにスタートが遅れたがなんとか捕球。
次は右中間への打球。
一歩目を逆方向へ切ってしまうが慌てて修正して追いつく。
それを見ていた九条が眉をひそめる。
「下手だな」
朝倉も言う。
「お前が言うと容赦ないな」
「いや、普通に下手だろ」
神代は何も言わない。
そして次の打球はセンター後方。
鷹野が走り落下点へ入る。
返球したボールは強烈だった。
低い軌道で二塁へ伸びる。
朝倉が言う。
「肩は本物みたいだね」
「まあな」
九条もそこは認めた。
しかし。
「でも送球の方向はずれてる」
「確かにまだ技術は粗いな」
神代は短く答えた。
ほどなくして試合開始が始まった。
鷹野は一番センター。
その第一打席の初球。
高めのストレートを豪快に振り、空振り。
九条。
「いやしかしすごい大振りだな」
二球目は外角へのスライダーをまたも空振り。
朝倉。
「変化球がまったく見えてないね」
三球目は低めのボール球だが鷹野が豪快に振り空振り三振。
九条が神代を見る。
「もう帰るか?」
「まだ始まったばかりだ、それに相手の四番打者もいる」
二回裏:二死一塁。
相手打者が外角のストレートを捉えた。
高い打球は右中間へ。
朝倉が目で追う。
「抜けるな」
ライトも追うが、しかし距離がある。
誰もが二塁打になると思った。
しかしその瞬間、九条が前のめりになる。
「……速っ」
センターの鷹野が走っていた。
打球が飛んだ瞬間の位置は、かなり左中間寄りだったが、そこから右中間へと一直線に異常な速度で向かう。
神代の視線が変わる。
鷹野はまだ走っていたがライトが追うのを諦めた。
それでも鷹野は追いついていく。
最後は身体を伸ばしグラブの先に白球が入った。
一瞬遅れて球場がどよめく。九条が立ち上がりかけていた。
「……マジか」
朝倉も驚いている。
「今の捕るか?普通」
神代は何も言わない。
鷹野の最初の位置から打球の落下地点への移動距離と到達時間を頭の中で計算していた。
九条が神代を見る。
「怜司」
「なんだ」
「あのセンターさ」
「ああ」
二人はほぼ同時に鷹野を見た。
次の回は相手の攻撃からだった。
一死二塁。打者がレフト寄りへのセンター前ヒットを放ち二塁走者が三塁を回った。朝倉が言う。
「確実に一点入ったね」
しかし鷹野が前進して捕球後、ほとんど助走も取らずに投げた。
低い、そして速い。
ボールが一直線にホームへ向かいキャッチャーが捕球。
タッチアウト。
再び観客がどよめいた。
九条が笑った。
「なんだあの肩」
朝倉が言う。
「遠投110メートルって資料、嘘じゃなさそうだな」
神代がノートへ書く。
『走力 S 肩力 S』
そしてその下に間を空けて『技術 D』
九条が覗き込む。
「技術のところは辛辣だな」
「事実だから仕方ない」
「まあ、それはそうだけど」
四回表。
鷹野の第二打席の初球はストレートを空振り。
二球目はカーブでタイミングが完全に外され再び空振り。
三球目は外角ストレートを鷹野が無理やり当てた。
ボテボテのショートゴロ。
「終わったな」
九条が言った。
ショートは余裕を持って捕球し一塁へ送球。
しかし。
「え?」
朝倉が声を上げた。
鷹野が一塁を駆け抜けるタイミングがわずかに早い。
セーフで内野安打。
九条が笑った。
「あの足の速さは反則だろ」
神代はストップウォッチを見る。
「確かに速いな」
「それは見れば分かることだろ」
「いや、俺が言いたいのはそういう意味じゃない」
神代が何か数値を書き九条がそれを覗く。
「何秒?」
神代が答える。
タイムを聞いた九条の表情が変わった。
「右打者でか?」
「驚くだろ?」
朝倉が言う。
「野球下手なのに、馬鹿げた身体能力を使って野球で結果出るの面白いね」
神代の口元が少しだけ上がる。
「そう、だから面白い」
しかし、鷹野の粗さもすぐに出た。
出塁して一塁ランナー。
投手が牽制を入れて鷹野は戻る。
次もまた牽制。そして戻る。
次は相手投手がホームへ投球するが鷹野は走らない。
見ていた三人からしてみれば、明らかに盗塁できそうなタイミングだった。
九条が言う。
「今の走れただろ、ゼッタイ」
神代。
「いけたな」
さらに次の球。今度は投手が素早く投げた。
そこで鷹野がスタート。
「遅い!」
朝倉が言う。
そして二塁で判定はアウト。
鷹野は悔しそうにベンチへ戻っていく。
九条が腕を組む。
「足は速い」
「でも走塁は下手」
「それに守備も似たようなもんだな」
神代が言った。
「だからこそ伸びる」
九条が神代を見る。
「逆じゃない?」
「違う」
神代は鷹野を見る。
「欠点のほとんどが知識と経験不足だ」
「身体能力不足じゃない」
朝倉が理解する。
「直せる欠点ばっかりってことね」
「そういうことだ」
そのまま試合は終盤へ。
神代たちが本来見に来た相手の四番打者は、本日3安打に長打も1本。
十分な活躍をしていた。
だが三人の視線はもう、その打者には向いていなかった。
九条が神代に聞く。
「本命の相手四番打者、どうする?」
「見送る」
「即決?」
「ああ」
「悪い選手じゃないぞ」
「確かに悪くない」
神代は続けて言った。
「でも代わりはいる」
九条がセンターを見る。
「鷹野の代わりは?」
神代は少しだけ考えた。
「簡単にはいないな」
八回。
一点差で鷹野のチームがリードした状態で二死一塁。
相手打者が放った打球は、センター後方の大きいフライ。
鷹野が一歩目を踏み出す。
だが方向が違った。
そのほんの一瞬、前へ出たがすぐに後方へ修正。
九条が立ち上がる。
「最初の一歩なんだよなあ!」
鷹野が全力で走が先ほどより距離がある。
打球がフェンスに近づくところで鷹野が最後に跳んだ。
白球が――その先を僅かに越えた。
フェンス直撃で一塁走者が一気にホームへ進み同点。
鷹野がすぐボールを拾い返球するが間に合わない。
九条が座った。
「惜しいな」
朝倉。
「一歩目が合ってたら捕れたかな?」
「そうだろうな」
九条は即答した。
神代も同じだった。
「捕れたな」
二人は鷹野を見る。
鷹野は悔しそうにフェンスを叩いた。
九条が静かに言った。
「もったいないな」
神代は答える。
「教えればいいさ」
結局試合は延長へ進み鷹野のチームがサヨナラ勝ちした。
試合後に神代たちは球場の外で待った。
ここからが本番だった。




