神代の描く未来
神代は球場から姿を現した鷹野に声をかける。
「鷹野隼人」
鷹野が振り返る。
「はい?」
神代。
「俺は神代怜司だ」
鷹野は少し考えた。
「……誰?」
九条が小声で言う。
「はい来た」
朝倉が笑うが神代は気にしない。
「行く高校は決めてるのか?」
「いや、まだだけど」
「なら、蒼凛学園に来ないか」
鷹野が目を瞬く。
「え?」
「つまり野球部に誘っている」
鷹野は三人を見る。そして神代へ戻る。
「俺を?」
「ああ」
「なんで?」
神代は即答する。
「速いから」
鷹野が少し笑った。
「それだけ?」
「それだけじゃない」
神代は今日のプレーを挙げていく。
二回の右中間と三回のホームへの返球に内野安打。
そして八回のフェンス直撃からの送球。
次第に鷹野の表情が変わっていく。
「全部見てたのか?」
「そう」
「俺、最後捕れなかったけど」
「知ってる」
「じゃあなんで?」
神代は言った。
「最初の一歩を間違えただけさ」
鷹野が黙る。
「打球が飛んだ瞬間、前へ出た」
「……出たかも」
「それがなければ捕れてた」
九条が横から言う。
「俺もそう思う」
鷹野が九条を見る。
「君は誰?」
「九条颯真」
「こいつはショート」
神代が補足する。
「守備は俺より詳しい」
九条が少し神代を見る。
「珍しく素直に褒めるじゃん」
「事実だからな」
鷹野が聞く。
「でも俺、野球そんな上手くないよ」
「知ってる」
「打つのも苦手だし」
「見れば分かる」
「変化球なんてほとんど打てないし」
「それも見た」
「盗塁も下手だし」
「見た」
鷹野が困った顔をする。
「じゃあ俺の何がいいの?」
神代は答えた。
「野球以外の部分」
「……それ褒めてるのか?」
九条が吹き出す。神代は真顔だった。
「脚」
「肩」
「身体の強さ」
「反応速度」
「全部、全国でも上位だ」
鷹野の笑みが少し消える。
神代は続ける。
「お前の最大の欠点は野球が下手なことだ」
「やっぱり褒めてないじゃん」
「でも」
神代は鷹野を見る。
「それは一番直しやすい」
鷹野が黙った。
「守備、少しやってみないか?」
神代が言った。
「今から?」
「ああ」
「俺、試合終わったばっかりだけど」
「軽くだけだ」
鷹野が三人を見る。
「君たち、いつもこんな感じなの?」
朝倉。
「だいたいね」
九条。
「俺たちも巻き込まれてる側なんだよ」
神代。
「ほら、行くぞ」
「もう決定なんだ」
球場脇のサブグラウンド。
鷹野がセンターへ行き神代がバットを持つ。
九条は神代の横に立った。
朝倉は少し離れて見る。
神代が左中間に打球を打ち鷹野が走って捕球。
次に浅いセンターフライを捕球。
次は右中間の打球を打ち鷹野が追いつく。
九条が言う。
「本当に速いな」
次に神代が強く打つ。
センター後方の打球に鷹野が走り最後にジャンプして捕球。
鷹野が笑いながらボールを返す。
「どうかな?」
神代が答える。
「素直にすごいな」
それを聞いて、鷹野が目を丸くした。
九条も神代を見る。
同じくして朝倉も見る。
「何だ?」
「いや」
九条。
「怜司が普通に褒めた」
「褒める時は褒めるさ」
「初めて見た気がするけどな」
「失礼なヤツだ」
「もう一球」
神代が言う。
ほぼ同じ打球をセンター後方へ打ち鷹野が走る。
しかし、今回は届かなくボールが後ろへ落ちる。
それを鷹野が振り返って見る。
「今のは無理だろ」
「いや捕れる」
神代が言った。
「無理だって」
「一歩目が悪い」
九条が口を挟む。
鷹野が九条を見る。
「またそれ?」
九条は頷く。
「さっき少し右へ切った」
「でも打球は左方向に伸びてる」
鷹野が首を傾げる。
「そんな細かいの分かるもんか?」
九条。
「分かるさ」
「どうやって?」
九条はバットを持つ神代を指す。
「打者の構え」
「スイング」
「球種」
「打った瞬間のバットの角度」
「そういうのを全部見る」
鷹野が少し引いた。
「ショートってそこまでやるの?」
「普通に俺はやる」
神代が続ける。
「お前は今、打球が飛んでから追ってる」
「普通そうじゃないの?」
「普通はな」
神代は言った。
「三年後には、打つ前から動け」
鷹野が固まる。
「無茶言うなよ」
「できるさ」
「なんで言い切れるの?」
神代は九条を指差す。
「こいつができるから」
九条。
「俺を基準にするなよ」
神代は鷹野へ視線を戻す。
「予測できれば、お前の守備範囲は今よりもっと広くなる」
「今の脚に、颯真のような判断を加える」
「それだけで全国一を狙える」
鷹野が神代を見る。
「全国一?」
「そうだ」
「俺がか?」
「ああ」
鷹野は少し笑った。
「いやいや」
「何だ?」
「俺より野球上手い奴なんて、いくらでもいるよ」
「ああ、いるな」
神代は即答した。
鷹野が少し傷ついた顔をする。
「せめてそこは否定しようよ」
朝倉が笑う。
神代は続ける。
「俺が探してるのは、今一番上手い選手じゃない」
鷹野の表情が変わる。
神代は言った。
「三年後に一番強くなる選手だ」
鷹野は黙っていた。
中学二年から野球を始めた。
それ以前は、いろいろなスポーツをしていた、走れば速かったし投げれば遠かった。跳べば高かった。恵まれた体のおかげで体育の授業ではいつも目立った。
しかし、野球だけは違った。
長く続けている選手にはどうしても敵わない。
打球判断やバットの出し方。
変化球の見極めに走塁。
その他細かい技術を何度も言われた。
「身体能力はすごいんだけどな」
その後に続く言葉はいつも同じだった。
「野球知識がまだ足りない」と。
目の前にいる神代も同じことを言った。
だが意味が違った。
欠点として切り捨てるのではない、直せばいいと言った。
改めて鷹野が聞く。
「蒼凛学園って強いの?」
「まだ野球部がない」
「え?」
「来年できる学校だからな」
「新設校ってこと?」
「ああ」
「……それ大丈夫なのか?」
「何がだ?」
「全部だよ、全部」
九条が笑った。
神代は学校の資料を鷹野に渡す。
「東京かあ」
「ああ」
「俺、住んでるの福岡なんだけど」
「知ってる」
「寮はある?」
「準備する」
「設備はどんな感じなの?」
「揃えるさ」
「監督は決まっているの?」
朝倉が少し笑った。
神代は答える。
「いる」
「有名な人?」
「いや全然」
鷹野が資料から顔を上げる。
「これ不安要素多くない?」
「そうか?」
「いやそうでしょ!」
「で」
一つ呼吸を置き、鷹野が聞く。
「そのチームの目標は?」
神代は答えた。
「一年目から甲子園優勝」
鷹野が笑う。
「一年生だけで?」
「ああ」
「本気なの?」
「そうだ」
「それを三年間続けると?」
「ああ、春も含めてな」
鷹野の笑いが少し止まる。
構わず神代は続けた。
「つまり三年間、公式戦で一度も負けないってことだ」
鷹野は三人を見る。
朝倉。九条。そして神代。
「みんな本気なの?」
九条が言う。
「少なくとも怜司はな」
朝倉。
「俺たちも付き合うって決めたんだよね」
鷹野が神代を見る。
「もしさ」
「何だ?」
「俺が思ったほど上手くならなかったら?」
神代は少し考えた。
「その可能性はあるな」
鷹野が意外そうな顔をした。
「絶対できるとか言わないんだ」
「未来のことだからな、俺の予測が外れることもある」
「怖くないの?」
「何が?」
「失敗するの」
神代は数秒黙った。そして。ほんの少しだけ笑った。
「いやむしろ、だから面白いんだろ」
鷹野は神代を見る。
今日、ほとんど表情を変えなかった少年。
その少年が初めて、心の底から楽しそうに見えた。
「……変な奴だな」
鷹野が言う。
「よく言われる」
「でも」
鷹野は学校案内をもう一度見る。
「面白そう」
神代。
「来るか?」
鷹野は少し考える。そして笑った。
「行ってみる」
朝倉が聞く。
「そんな簡単に決めていいのか?」
「まあ俺、別に強豪から誘われてるわけでもないし」
鷹野は神代を見る。
「それに、全国一のセンターにしてくれるんだろ?」
神代は即答した。
「ああ、する」
「じゃあ信じてみるよ」
九条が言う。
「こいつに付き合うのは大変だぞ?」
「何が?」
九条は神代を指した。
「こいつ、多分とんでもない量の練習メニュー考えるから」
神代。
「もう考えてる」
鷹野。
「え、早くない!?」
その日の夜のホテルで朝倉はベッドに寝転がっていた。
九条は机の横から神代のノートを見る。
新しく書かれた名前。
『鷹野隼人 役割:中堅手』
『走塁 A:一番打者候補 守備範囲 A』。
その横に『技術習得最優先』
九条が言う。
「こいつ、一番時間かかりそうだな」
「ああ」
「でも、それでも取ったね」
「欲しかったからな」
「相当気に入ったんだ?」
神代は少し考えた。
「あいつの完成形が見たいからさ」
九条が笑う。
「鷹野が聞いたら喜ぶのか怖がるのか分からないな」
朝倉が聞く。
「で、次は?」
神代が資料を取り出した。
そこには一人の左打者。
『全国大会経験あり』
中学野球界でも知られた名前。打率。安打数。どれを見ても高水準。
九条が資料を見る。
「今度は有名人か」
朝倉も名前を読む。
『御堂悠真』
神代が映像を再生する。
初球の外角ストレートを逆方向へヒット。
次の打席の内角球を詰まりながらもセンター前に運んだ。
最後は低めの変化球をうまく拾ってライト前。
九条が呟く。
「全部ヒットじゃん」
朝倉。
「でも長打がないな」
神代は画面を見たまま答えた。
「何言ってる?むしろそこがいいんだ」
次の目的地は愛知県。
すでに全国の名門校から誘われている、一人の打撃職人。
そして、この男との交渉では――神代から勝負を申し込む必要はなかった。
相手の方から神代怜司という投手に興味を持つことになる。
いつも読んで頂きありがとうございます。頑張って投稿します。よろしくお願いします




