安打製造機
神代たちは愛知県に訪れていた。
「今回は今までと違うね」
球場のスタンドへ向かいながら、朝倉蓮が言った。
神代怜司は手元の資料から目を上げる。
「何が?」
「御堂悠真。全国大会出場経験あり。中学通算打率は五割近く。強豪校からの誘いも複数」
九条颯真が続ける。
「黒崎以来の有名選手ってことだろ」
「まあな」
「しかも今回は欠点らしい欠点も少ない」
九条が神代の持っている資料を横から見る。
「三振もほとんどしない。左右の投手どちらもそんなに苦にしない。速球にも変化球にも対応できる」
「そうだな」
「なら何を確認しに来たんだ?」
神代は答えた。
「本当にヒットを打つことしか考えてないのか」
九条が眉をひそめる。
「何それ?」
神代は一枚のデータを見せた。
『御堂悠真。右投左打。179センチ』
全国でも名の知られた外野手。打率は高い。出塁率も高い。三振率は低い。
しかし、本塁打数は極端に少ない。
長打そのものも多くない。
朝倉が言った。
「身体は小さくないんだよね?」
「ああ」
「じゃあ打球が飛ばないタイプなのかな?」
「映像を見る限りは違うな」
神代が答える。
「おそらくだが、そもそも飛ばそうとしてないんだ」
九条。
「わざとってことか?」
「多分な」
「なんで?」
「だからそれを本人に聞くんだろ」
三人は球場に到着した。
御堂のチームは県内でも有数の強豪だった。
スタンドには高校野球関係者らしい大人が何人もおり、人数で言えば黒崎の時以上だった。
九条が周囲を見る。
「競争率高そうだな」
「そうだな」
「新設校で勝てるのか?」
神代は何でもないように答えた。
「最初から条件で勝負するつもりはない」
「じゃあなにで?」
「本人が一番欲しいものを出す」
九条が神代を見る。
「てことは、もう分かってるの?」
「まあ大体はな」
「相変わらず怖いな、お前は」
しばらくして試合が開始された。
御堂は三番ライト。
一回表。一死一塁。
御堂が左打席へ入る。
相手投手は県内屈指の右腕。
球速は140キロ前後。
初球外角低めのストレートに対して御堂のバットが自然に出た。
無理に引っ張らずに逆方向へ三遊間を抜くレフト前ヒット。
九条が言う。
「さすが、綺麗だな」
朝倉。
「うん、力んでないね」
神代は御堂のスイング軌道を見ていた。
「芯からほとんど外れてない」
四回表、御堂の第二打席。
今度は内角へ投手が食い込むストレートを投げる。
御堂は詰まるが上手く腕を畳んでバットを短く使う。
打球はセンターとライトの間へ落ちた。
九条が少し笑う。
「今のまで打つのか?」
朝倉が言う。
「確かに普通なら内野フライでもおかしくなかったね」
神代は何も言わずノートに書く。
『対応力 S』
そして七回表の第三打席。
低めのフォークはボール球だったが、御堂の身体が僅かに前へ出る。
「崩された」
朝倉が言う。
しかし御堂はバットを止めずに片手に近い形で拾いライト前ヒット。
九条が呆れる。
「アイツのバッティング気持ち悪いな」
「俺もそう思う」
「お前がそれを言うってことは褒めてるよな?」
「ああ、最大限な」
今のところは3打数3安打。
だが、全て単打だった。
九回表の第四打席。
ランナーは二塁。
一打で勝ち越せる場面だった。
初球、御堂の前に甘いストレートが入った。
神代の目が細くなる。
「コースが甘い」
九条も頷く。
「絶好球だな」
外野は前進していない、振り抜けば左中間は空いている。
そして御堂が振った。
強い打球だが角度をつけない。
打球はライナーのまま伸び、センターの前で弾んだ。
二塁走者が生還。
結果はタイムリーヒットで本日の成績は4打数4安打。
球場から拍手が起きる。
神代だけが、打球ではなく御堂のバットの角度を見ていた。
その様子を見ていた朝倉が言う。
「本当に長打狙わないね」
神代は御堂を見る。
「やっぱりな」
「ん?何が?」
「本人が選んでるんだ」
九条。
「単打を?」
「ああ」
そのまま試合は御堂のチームが勝った。
御堂は4打数4安打、1打点で誰が見ても文句のない活躍だった。
試合後、御堂の周囲には何人かの大人がいた。
高校野球関係者だろう。
神代たちは少し離れたところで待つ。
九条が聞いた。
「どうする、行くか?」
「いや、待つ」
「御堂、名門から結構誘われてるんだろ?」
「ああ」
「なら断られそうだけど」
「その時は仕方ない」
「随分あっさりしてるな」
「本人が来たくない学校に無理に連れてきても意味がないからな」
朝倉が笑う。
「そこだけ聞くと、すごくまともなんだけどね」
「そこだけって何だ?」
しばらくして御堂が一人になった。
そのタイミングで神代が歩き出す。
「御堂悠真」
御堂が振り返る。
「ん?」
「俺は神代怜司だ」
御堂は少し考える。
「……いや知らない」
後ろで九条が小さく笑う。
神代は気にせず続けた。
「高校は?」
「まだ決めてない」
「なら蒼凛学園に来ないか」
御堂が神代を見る。
「蒼凛ってどこ?」
「来年東京にできる新設高校だ」
御堂は即答した。
「ならそれは無理な相談だね」
「理由は?」
「もう誘われてる強豪校もあるし」
「それは知ってる」
「なら普通そっちに行くでしょ」
「それもそうだな」
御堂が少し戸惑う。
「……すんなり諦めるの?」
「いや、まだ聞きたいことがある」
「何?」
神代は御堂を見る。そして言った。
「お前、ホームラン嫌いなのか?」
御堂の表情が変わった。
「なんでそう思うの?」
「今日の4安打は全て単打だったよな」
「まあ、そうだね」
「だがあの四打席目は長打にできたはずだ」
御堂の目が少し細くなる。
「そうかな?」
「ああ、できた」
「なんで君に分かるの?」
「スイングを見れば分かる」
神代は続ける。
「打った球は甘いストレートだった。強く振れば左中間まで持っていけたはずだ」
御堂は答えない。
「でもお前はライナー性の打球を選んだ」
御堂は数秒黙った。
そして笑った。
「面白いね、君」
「それじゃ俺の質問の答えになっていない」
「そうだったね。でも嫌いじゃないよ、ホームラン」
「ならなんで狙わない?」
御堂は肩をすくめた。
「そりゃ打率が下がるからかな」
その返答は神代の予想通りだった。
九条と朝倉も少し表情を変える。
そして御堂は続けた。
「だってホームラン狙うとスイング大きくなるでしょ」
「そしたら三振も増えるし凡フライも増える」
「それならヒットの方がいい」
神代が聞く。
「長打を求められないのか?」
「いやめちゃくちゃ言われる」
「体格あるんだからもっと振れとか、四番を目指せだとか」
御堂は少し面倒そうな顔をした。
「でも俺、興味ないんだよね」
「何に?」
「ホームラン」
そして、御堂は少し笑った。
「俺はヒットを打つ方が断然好き」
九条が聞く。
「何がそんなに違うんだ?」
御堂は考える。
「ホームランってさ、完璧に打ったら、その時点で終わりじゃん」
「まあ言いたいことは分かる」
「でもヒットって色々あるでしょ?」
「速いストレートを逆方向とか」
「内角を詰まりながら落とすとか、変化球を片手で拾うことだってできる」
「さらには守備位置を見て空いてるところへ打つこともできる」
御堂の表情がだんだんと楽しそうになる。
「投手がどう抑えようとするか考えて、それでも一本打つ。そっちの方が面白くない?」
神代は答えなかった。
打率のためだけだと思っていた。
でも違った。
神代は御堂を見て少しだけ自分と似ていると思った。
結果そのものより、攻略する過程を楽しむタイプの人間。
ここからどう口説くか、神代は頭の中で計算を始めた。
本日もお読みいただきありがとうございました♪
引き続きがんばります!




