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読み合い

試合は白石のチームが4対2で勝利した。


白石の成績『2打数2安打。1四球。1盗塁。得点2。』

派手でさはない。

ホームランもなければ長打もない。

だが、神代にはそれで十分だった。


試合後。

球場の出口で三人は白石を待っていた。

やがて小柄な少年が一人で出てくる。

神代が声をかけた。

「白石奏太」

白石が止まる。振り返り三人を見る。

「誰?君たち」

「神代怜司だ」

「知らないな」

九条が朝倉を見る。

「やっぱりこれ毎回やるんだな」

朝倉が笑う。

神代はいつも通り二人を無視する。

「進学先は決めてるのか?」

「一応候補はあるけど」

「そうか、なら蒼凛学園に来ないか」

「嫌だね」

即答だった。

今度は神代が少し黙った。

九条が笑いを堪える。

朝倉もわずかに神代を見る。

これまでとは違う。

「理由は?」

神代が聞く。

「簡単でしょ、知らない学校だからだよ」

「ちなみに来年開校する」

「じゃあもっと嫌だ」

九条がとうとう笑った。

「正論だ」

神代は九条を一度だけ見た。

白石が帰ろうとする。

「待ってくれ」

神代が言う。

「何?」

「一つ聞きたい」

白石は足を止めた。

「第一打席のことだけど」

「うん」

「初球を振らなかった理由は?」

白石の表情が少し変わった。

「……なんでそんなこと聞くの?」

「知りたいから」

白石は神代を見る。

「初回だったからかな」

「それだけ?」

「相手投手、初回はストレートでストライクを取りに来ることが多いんだよ」

「なら打てばよかったんじゃないのか」

白石が少し笑った。

「僕なりに考えがあったんだよ」

神代の目が変わる。

「第二打席のことか?」

「うん。第一打席で九球使わせたからね」

「それで?」

「向こうは俺が初球は待つと思うでしょ?」

白石はそう言った。

「だから初球のストレートを狙ったのか」

「そういうこと」

朝倉が白石を見る。九条は笑っていた。神代の分析とほぼ同じだった。

「盗塁については?」

神代が続ける。

「それは単純に投手の癖に気づいたからだよ」

「どこに?」

白石は少し考える。

「二塁を見る時」

九条の表情が変わった。

白石が続けて説明する。

「あの投手、走者が気になる時だけ左肩が少し下がる」

「そこから牽制するときは?」

神代が聞く。白石が神代を見る。

「肩を一回戻す」

「ホームへ投げるときは戻さない」

白石が黙る。神代が続けた。

「だから三球目に走ったと」

数秒の沈黙。白石が笑った。

「……全部見てたんだね」

「ああ」

「気持ち悪いね、君」

九条が言った。

「俺もそう思う」

「颯真」

「褒めてるんだよこれは」

「どこがだ」

白石は今度こそ三人に興味を持ったらしい。

「神代って野球やってるの?」

「ああ」

「ポジションは?」

「投手」

「それだけ?」

九条が答える。

「こいつにポジション聞いても意味ないぞ」

「どういう意味?」

「大体何でもできるからな」

白石は神代を見る。

「へえ、面白いね」

その視線は、初対面の時より明らかに変わっていた。

神代が言う。

「俺のチームにはホームランを打つ奴も入れる予定だ」

「うん」

「150キロ近く投げる奴もいる」

「中学生で?」

「いる」

「本当に?」

「大阪から誘った」

白石は少し考える。

「じゃあ俺いらなくない?」

「なんで?」

「俺、ホームラン打てないよ」

「その必要はない」

即答だった。

白石の表情が止まる。

「肩もそんな強くないし」

「それは知ってる」

「身長も169センチで小さいんだよ」

「見れば分かる」

「言い方!」

九条が笑う。

神代は続けた。

「お前にホームランを打たせるつもりはない」

白石は黙って聞いている。

「その代わり出塁しろ」

「投手に球を投げさせろ」

「塁に出たら走れ」

「相手の守備位置を常に意識しろ」

「投手の癖をとことん探せ」

神代が白石を見る。

「お前は相手が嫌がることを全部やれ」

白石の口元が上がった。

「嫌なチームだね」

「最高だろ」

神代は真顔だった。

白石が少し笑う。

しかし。

「それでも、まだ行くとは言わないよ」

白石が言った。

神代は気にした様子もない。

「どうすればいい?」

「一つ確認したいことがある」

「何?」

「神代が本当に野球分かってるのかどうか」

九条が吹き出す。

「本人にそれ言う?」

白石は構わない。

「数字だけ集めてる頭いい奴なのか、本当に試合を見られる奴なのか分からない」

神代が聞く。

「どう確認する?」

白石は球場を指差した。

この後、同じ球場で別の準々決勝が予定されている。

「次の試合、一緒に見よう」

神代は即答した。

「ああ、分かった」


約三十分後が経過した頃。

四人はバックネット裏に並んでいた。

朝倉。神代。白石。九条。

白石が言う。

「ルールは簡単」

「次に何が起きるか予想する」

「配球でも、作戦でも、守備でもいい」

九条が聞く。

「俺たちも参加していい?」

白石。

「どうぞ」

神代。

「さあ始まるぞ」

一回表。一死一塁。1ボール1ストライク。

白石が言う。

「次、スライダー」

神代。

「外角ストレート」

投じられた球は外角ストレートだった。

白石が神代を見る。

「なんで分かったの?」

「一塁走者は足が速い。捕手が変化球を要求すると盗塁されたときに送球しづらい」

白石が頷く。

「なるほど、シンプルだね」


次。二死二塁。打者は左。

神代が言う。

「外中心だな」

白石。

「いや内角中心でしょ」

九条。

「どっちでもいいけどさ、俺はこの打者アウトにならないと思う」

二人が九条を見る。

「なんで?」

白石が聞く。九条はショートを指した。

「守備位置がおかしいだろ」

「?」

「次、三遊間に飛ぶ」

投球。外角ストレート。打者が流す。三遊間。ショートが飛び込む。

しかし届かない。レフト前ヒットになった。

白石が九条を見る。

「……なんで?」

九条は普通に答える。

「前の打席から、外角は全部流してたから」

「それに、ショートが二塁寄りに守ってた」

「だったら穴ができる」

白石は神代を見る。

神代は平然としている。

「こいつもこういう奴だから」

「何なのこの人たち」

朝倉が笑う。

「俺は比較的普通だぞ」

三人が朝倉を見る。

「なんだよ」


試合はそのまま続いた。

配球。盗塁。バント。代打。守備位置。

神代と白石は何度も予測した。

神代の方が当たることが多い。

しかし白石も食らいつく。

時には神代が見落とした投手の心理を白石が当てる。

九条は時折、二人とは全く違う視点から守備を予測する。

朝倉は捕手の心理から配球を読む。

試合終盤になる頃には。

白石はもう試合そのものより、隣に座っている三人を面白そうに見ていた。

八回裏。一死一、三塁。一点差。

攻撃側が負けている。

白石が言う。

「ここはスクイズでしょ」

朝倉はそれに同意する。

「俺もそう思うかな」

「普通ならな」

だが神代だけが首を振った。

「ここは俺なら打たせる」

白石が聞く。

「なんで?」

「投手が段々ストライクを取れなくなってる」

「でも一死三塁だよ?」

「だからだ」

神代はマウンドを見る。

「投手はスクイズを警戒してる」

「初球は外す可能性が高い」

「なら打者は待てばいい」

初球。大きく外へ。ボール。二球目。

また外。2ボール。捕手がマウンドへ向かう。白石が神代を見る。

神代は続けた。

「ここからストライクを取りに来る」

三球目。甘いストレート。打者が振る。

右中間。タイムリーツーベース。逆転。

白石は少しの間、何も言わなかった。

そして笑った。

「なるほどね」


試合が終了した。

四人が球場を出る。

白石が神代に聞いた。

「蒼凛学園だっけ?」

「ああ」

「甲子園行ける?」

神代は白石を見る。

「それは少し違うな」

「何が?」

「甲子園に行くことが目標じゃない」

白石が足を止める。

神代も止まった。

「甲子園で勝つことが大事なんだ」

「まさか一年から?」

「そのつもりだ」

「一年生だけで?本気で言ってる?」

「もちろん」

「優勝目指すの?」

「ああ」

白石が笑う。

「理解できないよ」

「よく言われる」

「じゃあ二年の時は?」

「もちろん勝つ」

「三年は?」

「勝つ」

「つまり?」

神代は答えた。

「三年間、一度も負けないってことだ」

白石の笑みが消える。冗談を言っているようには見えない。

むしろ神代にとっては、当たり前の目標を説明しているだけに見える。

白石は朝倉を見る。

朝倉が肩をすくめる。

そして九条を見る。

九条が言う。

「俺も最初は馬鹿だと思ったぜ」

「でも今は?」

「今も馬鹿だとは思ってる」

神代が九条を見る。

「でも」

九条が続ける。

「面白そうだろ?」

白石は三人を見る。そして少し考えた。

「一つ条件を言ってもいいかな?」

「何?」

「俺にも作戦考えさせて」

神代は即答した。

「そのために誘った」

それを聞いて白石が笑った。

「なら行くよ」

朝倉が言う。

「決めるの早くない?」

「だってさ、」

白石は神代を見る。

「こんな野球、他じゃできそうにないから」


その日の夜。

神代はホテルの机に座っていた。

そしてノートを開く。

『黒崎大雅』『水城湊』その下へ。

新しい名前を書く。


『白石奏太 役割。二塁手。上位打線候補。出塁。走塁。相手投手への負荷。戦術補佐』


背後から九条が覗く。

「随分評価高いんだな」

「そうだな」

「俺とどっちが頭いいと思う?」

「比較対象が違うだろ」

「はい、逃げた」

「逃げてない」

朝倉がベッドから聞く。

「次は?」

神代は別の資料を取り出した。

「福岡に行く」

九条。

「お次はずいぶん遠いな」

資料には一人の外野手。野球歴は短い。

打率も特別高くない。全国大会経験もない。だが、神代の資料には、他とは明らかに違う数字が並んでいた。

『50メートル 5秒8 遠投 110メートル超』

朝倉が資料を見る。

「今度は分かりやすいな」

神代は答えない。

九条が映像を再生する。

そして数秒後。

画面の端から、一人の選手が猛烈な勢いで打球へ走ってくる。

九条の目が細くなった。

「……こいつ」

神代が聞く。

「何だ?」

九条は映像を巻き戻した。もう一度見る。そして言った。

「いやまあ、面白いかもって」

神代の視線が画面へ向く。


次の目的地は福岡県。

そこにはまだ。自分が全国一の外野手になるなど、考えたことすらない少年がいた。


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