考える野球
現在、神代たちは長野県にいた。
「また随分と地味なの選んだな」
九条颯真が資料を見ながら言った。
三人が座っているのは、県大会が行われている球場の三塁側スタンド。
大阪、静岡と続いた全国行脚も、これで三人目になる。
九条が資料を朝倉に渡した。
「白石奏太。二塁手。右投左打。169センチ、62キロ」
朝倉がページをめくる。
「打率はそこそこ高いな」
「いや、俺がみたいのはそこじゃない」
神代が言った。
朝倉が視線を下へ移す。そして止まった。
「……四球31?」
「見つけたか」
「三振は4?」
「ああ」
九条が言う。
「これは年間で?」
「記録が残ってる公式戦と練習試合を合わせてな」
朝倉がもう一度数字を見る。
「極端だね」
「俺はそこが気になっていた、だから直接みに来たんだ」
神代はグラウンドを見る。
白石奏太。小柄な少年だった。細身。
遠目に見ても、身体能力で目立つタイプではない。
先ほど行われた守備練習でも、肩が特別強いわけではなかった。
足は速そうだが、それだけ。
少なくとも――黒崎のような圧倒的なストレートも。水城のような特殊なフォームもない。
九条が聞く。
「白石の何がそんなに気になるんだ?」
神代は答えた。
「簡単にいえば、三振しない理由だな」
「バットコントロールとか?」
「それだけなら四球は増えない」
神代が白石を見る。
「こいつは多分、別のことをしている」
試合が始まった。
白石は二番・セカンド。
一回表。
先頭打者がセンターフライに倒れる。
一死走者なし。白石が左打席へ入った。
相手投手は右腕。球速は130キロ台後半。
県内では評価の高い投手だった。
初球。外角ストレート。ストライク。
白石は振らない。
二球目。低めの変化球。ボール。
三球目。内角のストレート。白石が振る。当たりはファウル。
1ボール2ストライク。九条が言った。
「追い込まれたな」
朝倉と神代は答えない。
四球目。外角。白石が当てる。ファウル。
五球目。高め。ボール。
六球目。変化球。ファウル。
七球目。外角ストレート。ファウル。
八球目。低め。ボール。フルカウントになった。
九球目。外へ外れた。結果は四球。
白石は静かにバットを置き、一塁へ走っていく。
それをみていた朝倉が言った。
「確かにこのバッターは嫌だな」
「何が?」
九条が聞く。
「投手からしたら最悪でしょ。二番打者一人に九球も投げて」
神代はノートを見ていた。
「それだけじゃないさ」
「まだ何かあるの?」
「初球」
「確かストライクだったな」
「ああ」
神代は白石を見る。
「多分、最初から振る気がなかったんじゃないか」
一塁ランナーの白石がリードを取る。
相手投手が一度見る。そして投球。
判定はボール。
白石は動かない。二球目。
相手投手が一塁を見る。
セット。投げる。
白石は動かない。
だが三球目。
相手投手がセットに入りボールを投げる。
白石がスタートした。
「走った」
朝倉が言う。
キャッチャーが二塁へ送球。
しかし間に合わない。
余裕のセーフ。
白石は二塁上で何事もなかったように土を払っていた。
九条が投手を見る。
「今の、完全に盗んでたな」
神代がストップウォッチを見る。
「投球動作が遅くなった」
朝倉。
「癖?」
「多分な」
神代は白石を見た。
「面白いやつだ」
白石はその後三塁へと進み、四番打者の犠牲フライで生還した。
チームはヒットを一本も打たず、ましてや白石自身は一度も強い打球を飛ばしていない。
それでも一点の大部分を作った。
四回表。
白石の第二打席。先頭打者。
相手投手が初球内角ストレートに投げ込む。
白石のバットがいきなり出た。
打球は一、二塁間を抜ける。
結果はライト前ヒット。
九条が言った。
「さっき九球見たのに、今度は初球?」
朝倉も首を傾げる。
神代だけが小さく頷いた。
「やっぱりな」
「分かったのか?」
朝倉が聞く。
「ああ」
神代は答えた。
「第一打席を利用したんだ」
「どういう意味?」
「白石は一打席目で九球粘った」
神代が相手投手を見る。
「これで投手側には、白石は球を見る打者だという情報が入った」
九条がなるほど、と理解する。
「だから初球はストライクを取りに来ると?」
「そう」
「あいつそれを狙ったのか」
「俺の予想が合っていれば」
九条は白石を改めて見る。
「性格悪そうだな、アイツ」
神代が横目で見る。
「それは褒めてるのか?」
「野球においてはな」
六回表。
白石の第三打席。二死一塁。
一球目。外角。見逃し。ボール。
二球目。ストレート。ファウル。
三球目。低め。見逃し。ボール。
投手が少し間を取る。
白石も打席を外した。
神代が白石を見る。
白石の視線の先は投手ではない。捕手。
二塁手。遊撃手。外野。
白石はグラウンド全体を見ている。
九条も同じことに気づいた。
「こいつ、相手の守備位置全体を見てるな」
神代。
「そうだな」
「セカンドが少し二塁寄り」
「一塁走者の盗塁を警戒してるな」
次の球。内角ストレート。
白石がうまく引っ張る。
打球は一、二塁間。
少し二塁寄りに守っていたセカンドの横を抜けた。
一気に一塁走者は三塁へ。
ライト前ヒット。
九条が笑った。
「なるほど」
朝倉が聞く。
「何?」
「アイツは投手だけ見てるんじゃない」
九条は白石を見る。
「アイツはグラウンド全部を使ってる」
神代は答えなかった。
ただ、ノートに書かれていた白石奏太の名前の横へ、『A』と記した。




