偵察
三笠戦を終えた十一人が三塁側スタンドへ上がると、そこにはまだ千夏、篠宮、桜庭の姿があった。
三人とも先ほどまで座っていた場所からほとんど動いていない。
桜庭は階段を上がってくる蒼凛の選手たちを見つけると、真っ先に神代へ手を振った。
「怜司くん!」
「まだいたんだ」
「次の試合も見るんでしょ?」
「ああ」
神代が答えると、桜庭は自分の隣に置いていた鞄をすぐに膝の上へ移した。
「ここ空いてるよ」
「じゃあ――」
九条がそこへ向かおうとすると、桜庭が首を振った。
「九条くんはあっち」
「なんでだよ」
「ここは怜司くんの席だから」
「いつ決まったんだよ」
神代は空いている席を見る。
「別にどこでも見えるだろ」
「だったらここでもいいでしょ」
桜庭はそう言うと、神代のユニフォームの袖を掴んで自分の隣へ引いた。
神代は少しだけ身体を傾けたものの、特に抵抗する理由もないのか、そのまま席へ座る。
九条が呆れたように二人を見た。
「強引だな」
「早い者勝ち」
「席ってそういうもんだっけ?」
篠宮がそのやり取りを見て笑う。
「桜庭さん、最初からそこ空けてたでしょ」
「まあねー」
本人は否定する気もないらしい。
神代はすでにグラウンドへ視線を移していた。
「そこまでして隣に座る意味ある?」
「あるの」
「何?」
「……もういい」
「なんかごめん」
そのやり取りを聞いていた千夏が小さく笑った。
少し後ろの列では、黒崎が背もたれへ大きく身体を預けている。
8回を投げ終えたばかりで疲労はあるはずだが、その表情は明るかった。
右肩にはタオルで巻いた氷が当てられ、その上からウインドブレーカーを羽織っている。
「いやあ、8回無失点は気分ええな」
わざわざ全員に聞こえるような声で言う。
反応したのは水城だった。
「ちなみに最後に走者三塁まで行かれたの僕だけどね」
「それ今言う必要あるんか?」
「でも返さなかったよ」
「そこはほんま助かったわ」
九条が振り返る。
「今日はやけに素直だな」
「俺はいつでも素直や」
「それは違う」
黒崎が何か言い返そうとしたところで、
前の席に轟が腰を下ろした。
九条の視線がそちらへ向く。
「剛士も機嫌いいだろ」
「別に」
「決勝点になるホームラン打ったのに?」
「一本打っただけだ」
轟はグラウンドを見たまま答えた。
二打席抑えられ、三打席目でようやく捉えた一本だった。
自分で球筋を見て、自分で考え、ようやく見つけた答え。
それでも轟にとっては、もう終わった試合だった。
その視線もすでに次へ向いている。
しばらくすると、もう一つの準決勝を戦う両校の選手たちがグラウンドへ姿を見せ始めた。
『私立慶真高校』
西東京第1シード。
過去十年で二度の甲子園出場を経験し、全国大会の常連と呼ばれるほどではないものの、西東京では毎年のように上位へ勝ち残っている。
今年も大会前から優勝候補の筆頭に挙げられていた。
対するのは『都立杉野宮高校』
ノーシードから準決勝まで勝ち上がり、
投手を中心とした堅い守備で接戦をものにしてきたチームだった。
スコアボードに両校のスターティングメンバーが表示される。
慶真の打線では、
三番に主将でショートの『柴崎遼』、
四番にファーストの『岩瀬恭平』が入っている。
どちらも三年生だった。
そして先発は、背番号1をつけた三年生右腕・『久世拓海』だった。
黒崎が少しだけ身体を起こす。
「久世さんって146キロ出るやつやんな?」
「今年の公式戦では145キロが最高みたいだね」
水城が大会資料を見ながら答えた。
「十分速いけど、大雅や神代くんみたいに球速だけで押す投手じゃないみたい」
「ほな、何がええん?」
「それを見るんだろ」
代わりに神代が答えた。
黒崎が横を見る。
「それだけ?」
「何言ってんだ。それを見るために残ってるんだろ」
やがて試合が始まった。
一回表、慶真の一番打者がセンター前ヒットで出塁すると、続く二番打者への初球で一塁走者がスタートした。
杉野宮の捕手も素早く二塁へ送球したが僅かに届かず、盗塁が決まる。
無死二塁となったところで、二番打者は無理にヒットを狙わなかった。
外角の球を一、二塁間方向へ転がし、走者を三塁へ進める。
一アウト三塁。
ここで三番の柴崎が左打席へ入った。
神代はその構えを見る。
大きな動きはなく、投手を見ながら静かにバットを構えていた。
杉野宮の投手が低めへ変化球を投じる。
柴崎が振り抜いた打球はセンターへ上がった。
決して深いフライではない。
それでも三塁走者は迷わずスタートし、
センターからホームへ返球が入った時には、僅かに走者の足が先にベースへ届いていた。
1対0。
慶真が僅か三人の打者で先制した。
続く四番の岩瀬はセカンドゴロに倒れ、
三アウト。
桜庭がスコアボードを見る。
「ヒット一本だけなのに点入った」
「盗塁して、進めて、外野フライ」
篠宮が今の攻撃を確認するように言う。
「ホームランとか打ってないのにね」
「そういうチームなんだろうな」
朝倉が答えた。
神代も同じことを考えていた。
特別なことをしたわけではない。
走者を出し、次の塁へ進め、最後は外野フライで返した。
ただ、その一つ一つにほとんど無駄がなかった。
一回裏。
今度は久世がマウンドへ上がった。
先頭の左打者には外角のストレートを見せた後、内角へカットボールを投げ込んで詰まらせ、セカンドゴロ。
続く二番打者には緩いカーブを混ぜながらストレートで追い込み、最後は低めのフォークで空振り三振を奪った。
三番打者への組み立てはまた違った。
スライダーを多く使いながら最後は外角のストレートを打たせ、ライトフライ。
三者凡退。
見ていた九条が眉を寄せる。
「なんか嫌だな」
白石も頷いた。
「さっきの秋月さんとは全然違う」
三笠の秋月には、誰が見ても分かる最大の武器があった。
ストレートに近い軌道から打者の直前で鋭く縦へ落ちるスライダー。
だからこそ打者は、その一球をどう攻略するのかを考えることができた。
だが久世は違う。
ストレート、カットボール、スライダー、フォーク、カーブ。
どれか一つだけが突出しているわけではない。
それでも、その全てを高い水準で使っている。
九条が言った。
「これ、何待てばいいんだ?」
神代はマウンド上の久世を見ながら答えた。
「決めにくいな」
「怜司でも?」
「秋月さんなら、まず縦のスライダーをどうするか考えればよかった。でも久世さんは、一つに絞った瞬間に別の球を使える」
隣にいる桜庭が神代を見る。
「さっきの人より凄いの?」
神代は少し考えた。
「単純には比べられない」
「でも嫌なのは?」
「久世さんの方が考えることは多いかもな」
「じゃあ嫌なんじゃん」
「そうなるかもな」
桜庭は何故か少し満足そうに頷いた。
試合が進んでも、久世は同じ組み立てを繰り返さなかった。
一打席目に内角のカットボールで詰まった打者には、二打席目では外角の変化球を増やす。カーブを簡単に見送った打者には、次の打席ではストライクゾーンへカーブを入れてくる。
もちろん、杉野宮の打者も何も考えずに振っているわけではない。
一打席目で見た球を参考に、二打席目では待ち方を変えている。
それでも慶真バッテリーは、その変化にさらに合わせていた。
三回裏。
杉野宮の二番打者が二度目の打席へ入った。一打席目では低めのフォークを振って三振しているため、今度は明らかに低めへ簡単には手を出さない構えだった。
久世もフォークを使わない。
カーブでストライクを取り、外角のストレートを見せた後、最後は内角へのカットボール。
打球は詰まり、ショートへのゴロとなった。
柴崎が正面で捕球すると、難なく一塁へ送る。
朝倉が僅かに身体を前へ傾けた。
神代がそれに気づく。
「どうした?」
「いや……」
朝倉が見ているのは、マウンドではなかった。
その前に座る慶真の捕手、『高瀬征吾』
「久世さんだけじゃない気がする」
黒崎が聞く。
「何が?」
「配球かな」
朝倉は高瀬から目を離さない。
「一打席目と二打席目で変わりすぎてる。
しかも杉野宮の打者が何を変えたか見てから、こっちも変えてる気がする」
水城も捕手へ視線を向けた。
「さっきの二番、一打席目でフォーク振ってたから、二打席目は明らかに低めを見てた。高瀬さん、多分それに気づいてたのかも」
神代も改めて高瀬を見る。
久世から返球を受けた時だけではない。
打者が構える前も、構えた後も、
高瀬の視線は何度も打席へ向けられている。
「そうだな」
神代が答える。
「久世さんだけ見てたら駄目かもしれない」
朝倉は小さく頷いた。
相手は三年生。
自分より二年長く高校野球を経験している捕手だった。
だからといって、ただ見て終わるつもりはない。
朝倉はその後も、高瀬がどこを見て、
どの場面で配球を変えるのかを追い続けた。
四回表。
先頭の柴崎が外角のストレートを逆らわずライト前へ弾き返した。
無死一塁。
続く四番の岩瀬は、轟とほとんど変わらない大きな身体で右打席へ入る。
それでも構えに力みはなく、長打だけを狙っているようには見えなかった。
杉野宮のバッテリーも当然警戒している。
外角を中心に慎重に攻め、岩瀬を追い込んだ。
それでも岩瀬は崩れない。
最後に来た外角寄りのストレートを無理に引っ張らず、そのまま右中間へ振り抜いた。
打球が外野の間を破る。
一塁の柴崎は迷わず二塁を蹴り、そのまま三塁も回った。
中継からホームへ返球が入ったが間に合わない。
2対0。
岩瀬は二塁まで到達した。
轟が黙ってグラウンドを見ている。
隣では御堂も同じように岩瀬の打席を追っていた。
黒崎が口を開いた。
「剛士みたいに飛ばすだけちゃうな」
轟がすぐに振り返る。
「俺も飛ばすだけじゃない」
「それもそうやな」
「なら言うな」
九条が笑った。
神代は岩瀬を見ていた。
長打力だけなら轟にもある。
だが岩瀬は追い込まれてからも形を崩さず、
外角の球を逆方向へ長打にした。
三年間で完成度を高めてきた四番。
警戒するべき打者なのは間違いない。
ただ、慶真は岩瀬だけを抑えれば終わる打線でもなかった。
その前には柴崎がいる。
さらに一番、二番が走者を作る。
下位打線も簡単には終わらず、前の回には九番まで打順を回していた。
千夏がグラウンドを見ながら言う。
「派手じゃないのに、ずっと慶真のペースだね」
神代が横を見る。
「俺もそう思う」
桜庭が二人を交互に見た。
「それって強いってこと?」
「強いな」
神代はすぐに答えた。
五回裏。
杉野宮が初めて久世を崩しかけた。
先頭打者が左中間を破る二塁打で出塁すると、続く打者のセカンドゴロの間に三塁へ進む。
一アウト三塁。
次打者がセンターへ十分な飛距離のフライを上げた。
捕球と同時に三塁走者がスタートし、ホームイン。
2対1。
杉野宮側のスタンドから、この試合で一番大きな歓声が上がった。
一点差。
ここから流れが変わる可能性もある。
だが、その直後から久世と高瀬の組み立てが変わった。
それまでストレートを多く見せていた打者へカーブとスライダーを続け、変化球へ意識が向いたところで最後は内角のストレート。
詰まった打球を柴崎が処理し、
三つ目のアウトを取った。
同点の走者すら出さない。
朝倉が呟く。
「やっぱり変えてる」
神代も頷いた。
「点を取られたからだけじゃないな」
「うん。打者の待ち方が変わったのを見てる」
朝倉の視線は、マウンドの久世よりも高瀬へ向いていた。
六回表。
今度は慶真が下位打線から得点を作った。
先頭打者が四球を選ぶと、続く打者が送りバントを決めて一アウト二塁。
九番打者がライト前へ運び、二塁走者がホームへ返った。
3対1。
さらに一番打者もセンター前へ続き、一アウト一、三塁。
二番打者は強引に長打を狙わず、センターへ十分な飛距離のフライを上げる。
三塁走者がタッチアップして四点目が入った。
ホームランは一本もない。
この回は柴崎も岩瀬も、得点に直接絡んでいない。
それでも二点が加わった。
白石が息を吐く。
「下位からでも普通に点取るな」
九条も頷いた。
「どこを止めればいいんだよ、このチーム」
神代はすぐには答えなかった。
久世の投球。
高瀬の配球。
柴崎の状況判断。
岩瀬の打撃。
走塁。
守備。
下位打線。
一つ一つなら対策を考えることはできる。
だが、そのうち一つを消しただけで慶真全体が止まるようには見えなかった。
七回裏。
慶真のベンチが動く。
久世はマウンドへ向かわず、代わって背番号10の左腕・『片桐直紀』が出てきた。
二年生。
黒崎が思わず言う。
「久世さん、まだ投げられるやろ?」
榊原監督が答えた。
「決勝を考えてるんだろう」
決勝は翌々日。
中一日しかない。
点差は三点。
久世は6回を投げて1失点。
球数にもまだ余裕があり、大きく崩れた様子もない。
それでも慶真は続投させなかった。
今日勝てば、次がある。
片桐がマウンドで投球練習を始めた。
左腕から投じられるストレートは久世ほど速くないが、右打者の内角へ鋭い角度で入ってくる。
さらに同じような腕の振りから、球速を落としたチェンジアップも混ぜていた。
水城が言う。
「久世さん一人のチームじゃないね」
黒崎はしばらく片桐を見ていたが、否定しなかった。
「せやな」
片桐は一アウトから四球を与えた。
杉野宮側のスタンドが再び沸く。
走者一人。
まだ三点差。
ここから流れが変わる可能性はある。
だが片桐は、続く右打者へ内角のストレートを意識させた後、外へ沈むチェンジアップを打たせた。
ショートゴロ。
柴崎が捕球すると、自ら二塁ベースを踏んで一塁へ送る。
ダブルプレー。
三アウト。
杉野宮へ流れが傾きかけるたび、慶真がその入口で止めていた。
九条が腕を組む。
「追いつけそうになると終わるな」
「そうですね」
藤堂が静かに答えた。
「大きく崩れないのが厄介です」
八回表。
一アウトから柴崎が四球を選んだ。
打席には岩瀬。
杉野宮バッテリーは外角を中心に、先ほど以上に慎重に攻める。
岩瀬も簡単には手を出さない。
追い込まれた後、外角へ来たストレートを再び逆らわず右中間へ運んだ。
打球が外野の間を抜ける。
柴崎は一塁から一気に加速し、二塁、三塁と蹴ってホームへ返った。
5対1。
岩瀬は二塁上で軽く右手を上げただけだった。
大きく喜ぶこともない。
必要な場面で必要な一本を打った。
それだけのように見えた。
その後、攻守交代でショートの守備位置へ向かおうとした柴崎が、ふと三塁側スタンドへ顔を向けた。
蒼凛のユニフォームを着た十一人が並んでいる。
その中で柴崎の視線が止まった。
それに神代も気づいた。
互いの目が合う。
たったほんの数秒。
それだけだった。
柴崎は帝明戦の映像をすでに確認していた。
152km/hのストレート。
9回12奪三振。
そして逆転3ラン。
一年生としては、それだけでも十分すぎるほど目立つ。
だが、柴崎が最も警戒していたのは数字ではなかった。
神代は最初から152km/hを投げていない。
必要になるまで使わなかった。
持っている能力そのものより、その能力をどこで使うのかを考えている。
蒼凛学園の一年生主将、神代怜司。
柴崎は数秒で視線を外し、そのままショートの守備位置へ向かった。
桜庭が神代を見る。
「怜司くん、あの人こっち見てなかった?」
「そうだな」
「知り合いなの?」
「いや」
「じゃあなんで?」
神代はショートへ向かう柴崎を見る。
「多分、俺を知ってる」
桜庭が少し目を見開いた。
「有名人じゃん」
「大会に出てるんだから、次の相手くらい調べるだろ」
篠宮が横から言う。
「多分、桜庭さんが言ってるのはそういう意味じゃないよ」
「じゃあ何?」
篠宮は少し考えてから首を振った。
「……もういい」
桜庭が笑った。
「怜司くん、今日それ言われすぎじゃない?」
神代は少しだけ首を傾げ、再びグラウンドへ視線を戻した。
片桐はその後も杉野宮打線を無失点に抑えた。
杉野宮も最後まで走者を出している。
ヒットも打った。
何もできなかったわけではない。
それでも試合をひっくり返すところまでは届かなかった。
九回裏、最後の打者がセカンドゴロに倒れ、一塁への送球が届く。
アウト。
試合終了。
スコアボードには最後まで、慶真が少しずつ
積み上げた点が並んでいた。
慶真 1 0 0 1 0 2 0 1 0|5
都立杉野宮 0 0 0 0 1 0 0 0 0|1
5対1。
圧倒的な大差ではない。
杉野宮にも何度か走者は出たし、久世から一点も奪った。
それでも、慶真が本当に危なくなった時間はほとんどなかった。
久世が6回1失点。
片桐が残りの3回を無失点。
攻撃では柴崎が先制の犠牲フライを放ち、
その後も出塁して岩瀬の長打で二度ホームへ返った。
岩瀬は2本の長打を放ったが、慶真の得点は上位打線だけから生まれたわけではない。
下位打線からも走者を作った。
送った。
走った。
必要なら犠牲フライでも点を取った。
守備にも大きなミスはない。
誰か一人の力だけで勝った試合ではなかった。
榊原監督が十一人を見る。
「お前たち、しっかり見たな」
誰もすぐには答えなかった。
朝倉は高瀬を見ている。
黒崎と水城は久世と片桐。
轟と御堂は岩瀬。
九条と白石は、柴崎を中心とした慶真の攻撃全体を見ていた。
同じ試合を見ていても、それぞれが気になった場所は違う。
神代も慶真の選手たちを見る。
久世を攻略すれば終わるチームではない。
岩瀬を抑えれば得点が止まるわけでもない。
柴崎だけを警戒すればいいわけでもない。
投手力、打撃、守備、走塁、配球、継投。
どこか一つだけを見れば突出しているようには感じない。
だが、どこを見ても大きく劣る部分がなかった。
「やっぱり強いな」
神代が言った。
九条がすぐに横を見る。
「珍しく普通の感想だな」
「そうか?」
「いつもならもっと細かいこと言うだろ」
神代は少し考えた。
「細かいことならある」
「ほら」
「でも、大きな弱点が見つからない」
今度は九条も何も返さなかった。
黒崎が前の席から振り返る。
「ほな、どうすんねん?」
以前の神代なら、その質問をされた瞬間から、自分の中にある答えを全員へ伝えようとしていたかもしれない。
久世をどう打つか。
柴崎や岩瀬をどう抑えるか。
走者をどう止めるか。
守備位置をどう変えるか。
自分が見つけたものをまとめ、自分が最も正しいと思う方法を全員へ渡す。
だが今は違った。
神代は周囲を見る。
朝倉はまだ高瀬の配球について考えている。
水城は片桐の投球を思い返しているようだった。
轟は岩瀬が打った2本の長打を頭の中で確認している。
九条と白石も、慶真がどの場面で走者を進めていたのか話し始めている。
十一人が同じ試合を見た。
なら、十一人分の見え方がある。
神代一人が今ここで答えを出す必要はない。
「これから考える」
黒崎が少し意外そうな顔をした。
「まだ決まってへんの?」
「ああ」
神代はもう一度、慶真のベンチを見る。
「だから全員で見たんだろ」
黒崎は一瞬黙った後、笑った。
「せやな」
グラウンドでは慶真の選手たちが整列を終え、ベンチへ戻っていく。
その中には柴崎もいる。
決勝の相手は決まった。
西東京第1シード、私立慶真高校。
対するのは、創部一年目、一年生十一人だけで5回を勝ち上がってきた蒼凛学園。
次の一試合に勝てば甲子園。
負ければ、この夏は終わる。
神代は席から立ち上がり、もう一度グラウンドを見た。
甲子園まで、あと1勝。




