↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
56/70

終盤戦

六回裏。

この回の先頭打者を四球で出し、その後にアウトを一つ取った。

一アウト一塁。

水城がマウンドに立ち、ブルペンでは黒崎が投球練習を始めていた。

その音はグラウンドまで届かない。

それでも、水城には黒崎が準備していることが分かっている。


柏木の打者は右方向に打つことを意識していた。

水城は朝倉のサインを見る。

頷く。

外角のストレートを打者が逆らわず転がす。

打球は一、二塁間へ向かい、白石が回り込んで捕球した。

一塁の神代へ送る。

二アウト二塁。

アウトを一つ取ったが、走者は進んだ。


柏木はまた得点圏へ走者を置いた。

派手なことはしない。

ただ、一点を取るために必要なことを続けてくる。

次打者も簡単には終わらなかった。

追い込まれてからストレートをファウルにし、変化球にも食らいつく。


水城は一度プレートを外した。

そして二塁ランナーを見る。

もう一度朝倉のサインを確認する。

最後は低めの変化球。

打者が引っかけた。

セカンドゴロ。

白石が捕球し、一塁の神代へ送る。

三アウト。

水城は小さく息を吐いた。


六回まで1失点。


ベンチへ戻ると、榊原監督が待っていた。

「水城」

「はい」

「交代だ」

水城は一度だけグラウンドを見る。

まだ投げられる。

自分ではそう感じていた。

「まだいけます」

「分かってる」

榊原監督はすぐに答えた。

「いけるかどうかじゃない。ここからは黒崎を使う」

水城は少し黙った後、頷く。

「分かりました」


そこへブルペンから黒崎が一度戻ってきた。

水城が見る。

「大雅」

「なんや」

「一点だからね」

「分かっとる」

「増やさないでね」

黒崎の眉が動く。

「当たり前やろ!」

水城が笑った。

「じゃあお願い」


黒崎は返事をせず、再びブルペンへ向かった。

まだ肩を仕上げる時間が残っている。


その表情はいつもより少し硬かった。


七回表。

先頭は六番の鷹野。

二試合続いたコールド勝ち。

だが今日は七回に入っても0対1。

蒼凛はまだ一点も取れていない。


柏木の投手は変わらず低めへ投げ込んでくる。

鷹野は外角のストレートを見送り、続く変化球にも手を出さなかった。


そして甘く入った球をセンターへ弾き返す。


センター前ヒット。


無死一塁。

すぐに柏木ベンチから声が飛んだ。

「走者注意!」

投手が一塁を見る。

牽制。

鷹野が戻る。

もう一度セットへ入ったが、また一塁を見る。


ベンチの九条が笑った。

「ここまでやったら逆に投げにくそうだけどな」

鷹野は大きなリードを取っていない。

それでも柏木は意識を一塁から外さなかった。


続く七番、神代。

柏木の内野も外野も大きくは動かなかった。

他の打者には、それぞれ明確な対策があった。

だが神代については、まだ十分な情報がない。

前の試合で1安打。

今日もここまで結果は出ていない。

それだけだった。


投手がセットに入る。

一塁を確認してから投じた外角のストレートを、神代は見送った。

続く低めの変化球にも手を出さない。

柏木の投手はもう一度一塁を見た。

鷹野が僅かにリードを広げる。


そして三球目。

ストレートが少し高く入った。

それを見逃さず神代が振った。


乾いた打球音が響く。


右中間に伸びる。


センターが走る。

ライトも追う。


だが二人の間を抜けた。


ボールが外野を転がる。


三塁コーチャーの藤堂が腕を回した。

「回ってください!」

鷹野はすでに二塁を蹴っていた。

そして三塁も回る。


センターから中継へ返球が入る。

神代は二塁へ到達。


鷹野がホームへ滑り込んだ。


「セーフ!」


1対1。


三塁側スタンドで桜庭が立ち上がった。

「やった!」

両手を握ったまま、二塁上の神代を見る。

「打った! 怜司くん打った!」

篠宮も笑っている。

「見れば分かるよ」

「同点だよ!」

「それも分かる」

「もっと喜んでよ!」


その横で千夏はホームへ還った鷹野を見る。

「でも鷹野くんも速かったね。一塁から帰ってきた」

桜庭もようやくホーム付近へ視線を移す。

「うん、鷹野くんもすごい!」

「今、ついでみたいだったけど?」

篠宮が言う。

「そんなことない!」

桜庭はすぐに否定してから、また二塁を見る。


神代は特に喜ぶ様子もなく、バッティンググローブを外して次のプレーを待っていた。


「怜司くん、もうちょっと喜べばいいのに」

桜庭が呟く。

千夏が笑う。

「多分、まだ同点だからじゃない?」


二塁上。

神代は柏木のベンチを見ていた。

今の打球。

今のコース。

今の守備位置。

これでまた一つ、自分についての情報が増えた。

次の打席では、同じようには来ないかもしれない。


八番、橘。

無死二塁。

橘は右方向を意識して打った。

打球はライトへ上がる。

ライトが捕球。

神代は二塁から三塁へ進んだ。

一アウト三塁。


九番、水城。

水城はこの回限りで降板することが決まっている。

それでも榊原監督は動かなかった。

次の回から投げる黒崎はブルペンで肩を仕上げている途中。

ここで打席のために呼び戻せば、登板までの流れを一度切ることになる。

残る野手は藤堂だけ。

このまま延長へ入る可能性もある以上、

最後の控え野手をここで使う選択もしなかった。


水城が左打席へ入る。

柏木の内野は前へ出た。

勝ち越しの走者をホームへ返さない守備。


水城は低めのストレートを打ったが、打球はセカンド正面。

神代は動けない。

二アウト三塁。


一番、九条。

ここで一本出れば逆転。

九条は外角中心の攻めに粘ったが、

最後はセンターへ打ち上げた。

捕球。

三アウト。


蒼凛は追いついた。

だが逆転までは届かない。

1対1。


七回裏。

場内アナウンスが響く。


「蒼凛学園、選手の交代をお知らせします。

ピッチャー、水城くんに代わりまして、黒崎くん」


背番号1がベンチから出る。

黒崎はマウンドへ向かいながら、一度だけスコアボードを見た。

1対1。

今日は先発ではない。

すでに七回。

一つの失点が、そのまま敗戦に繋がる可能性がある。


黒崎がマウンドに上がった。

「大雅」

「なんや」

「力入りすぎないでね」

「入っとらん」

朝倉が黒崎の顔を見る。

「入ってる」

「入っとらんって」

「じゃあいつも通り投げて」

朝倉はそれだけ言ってホームへ戻った。


黒崎が息を吐く。

公式戦二試合目の登板。

公式戦では初めてのリリーフ。


先頭打者へのストレートは僅かに高く外れた。

続く球もボールとなり、黒崎が小さく舌打ちする。

朝倉は何も言わない。


黒崎が一度プレートを外した。

深く息を吐く。

もう一度セットへ入る。

今度はストレートが低めへ決まった。

そこから立て直し、最後はストレートで詰まらせた。

ショートゴロ。

九条が処理する。

一アウト。


黒崎が神代から返球を受ける。

次打者。

柏木は黒崎の投球も見ていた。

前の試合にスタンドから偵察していた選手たちがいる。

ストレート。

スライダー。

そして武蔵陵が、途中からボールになるスライダーを振らなくなったこと。

さらに、黒崎がスライダーをストライクゾーンへ入れることで対応したことも見ている。

そこまで知られている。

なら、同じことを繰り返しても意味はない。


黒崎が外角へスライダーを投げた。

打者は手を出さなかった。

ボール。

もう一球。

今度も見送る。


黒崎の目が僅かに変わった。

やはり振らない。

朝倉も見ていて分かった。

返球を受けた黒崎がホームを見る。

朝倉はそれまでよりミットを高く構えた。

黒崎が僅かに眉を動かす。

すぐに意図を理解した。


今度は高めのストレート。

打者が反応する。

振り遅れてファウル。

今まで低めとスライダーを意識していた打者の目線が、一度上へ動いた。

朝倉が返球する。

次のサイン。

黒崎が頷いた。

もう一度ストレート。

今度は内角高め。

打者は手を出さない。

ボール。

それでもいい。


黒崎は小さく笑った。

次の球。

同じ腕の振りからスライダー。

先ほどまでより低い軌道へ落ちる。

打者のバットが出た。

ファウル。

柏木が知っているのは、二回戦までの黒崎。

スライダーを見送られれば、ゾーンへ入れる。

そこまでは見られている。

だから今日は、その前に目線を変えた。

最後は高めのストレート。


打者が振り抜いた。


打球はセンター前へ落ちる。


一アウト一塁。

黒崎は打球を見送った。

打たれた。

だが表情は変えない。

完全に抑えたわけではない。

それでも、二回戦と同じ投球をしているわけでもなかった。

次打者が打席へ入る。


柏木ベンチから声が飛んだ。

「続け!」

打者は初球からセーフティ気味にバントを仕掛けた。

三塁側へ転がる。

轟が素早く前へ出た。

打者も全力で一塁を駆ける。

轟が捕球し、そのまま一塁へ送った。

アウト。

二アウト二塁。

結果として走者は進んだ。

だが柏木が最初から一つのアウトを差し出したわけではない。

一打出れば、また柏木が勝ち越す。


三塁側スタンドの桜庭が先ほどまでとは違う表情でグラウンドを見る。

「大丈夫かな?」

篠宮が答える。

「ピンチの場面だね」

千夏はマウンドを見る。

「黒崎くんも、さっきと投げ方変えてるね」

二アウト二塁。


黒崎は朝倉のサインを見る。

頷く。

柏木はスライダーを簡単には振らない。

それは変わらない。

だが、高めを使い始めたことで打者の意識は一つ増えている。

黒崎は高めのストレートを投げた。

打者が振る。

ファウル。

次は外角のスライダー。

打者は見送る。

ストライク。

先ほどまでなら、ボールになるスライダーだけを捨てればよかった。


しかし今は違う。

ストレートがどこへ来るのか。

スライダーがどこから入ってくるのか。

考えるものが増えた。


そして打者を追い込んだ。

黒崎はボールを受け取ると、もう一度打者を見る。

相手は自分を知っている。

それでも知っているのは、ここまでの自分だけだ。


最後は低めのストレート。

打者が振る。


打球はセカンドへ転がった。

白石が正面で捕球する。

一塁の神代へ送球。

三アウト。


黒崎がマウンドを降りる。

朝倉が横へ並んだ。

「高め使ったね」

「向こう、前の試合まで見とるんやろ」

「うん」

「ほな同じことやっても意味ないやん」

朝倉が笑った。

「そうだね」

「なんや」

「いや、大雅が自分からそこまで考えるようになったんだなって」

黒崎が朝倉を見る。

「馬鹿にしとる?」

「逆に褒めてる」

「絶対ちゃうやろ!」


ベンチでは水城が待っていた。

「大雅、ちゃんとゼロで抑えたね」

「当たり前や」

「最初ちょっと力入ってたけど」

「入っとらんわ!」

「蓮も言ってたじゃん」

「お前ら二人してうるさいねん!」

九条が横から笑う。

神代はそのやり取りを聞きながら、スコアボードを見上げた。


七回終了時点。

1対1。

初戦は七回で終わった。

二回戦も七回で終わった。

だが今日は終わらない。

研究された。

変えた。

相手もまた変えた。

その変化まで調べられていれば、さらに違うものを使う。


そして七回を終えても、まだどちらが勝つかは分からない。


西東京大会三回戦。

蒼凛学園は膠着状態のまま八回へ入ろうとしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。