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譲らぬ攻防

三回表。


先頭は八番の橘。

柏木の投手は変わらず低めを丁寧に突いてくる。

橘は内角のストレートを打ったが、打球はサード正面へ転がった。

一アウト。


九番の水城も低めの球をセカンドへ転がし、二アウトとなる。


打順は一番へ戻った。

九条が左打席へ入る。

一打席目は外角低めを見せられた後、内角の球に詰まらされてショートゴロだった。

柏木が自分にどう攻めてきたのか。

それを九条は覚えている。


初球は外角低めのストレートを見送りストライク。

続く変化球は外れた。

そして三球目。

再び内角へ来た。


九条が迷わず振り抜く。


鋭い打球が一、二塁間を抜け、ライト前へ転がった。

二アウト一塁。


「今の狙っとったやろ!」

ベンチから黒崎の声が飛ぶ。

九条は一塁上で少し笑った。

「多分また来ると思った」

神代も九条を見ていた。

一打席目と似た攻め方だった。

偶然ではない可能性が高い。

そして九条は、それを利用した。


二番、白石。

柏木の投手は九条を気にして一度牽制を入れる。

戻った九条はベンチを見なかった。

サインを待つつもりはない。

牽制の間合いも、セットに入るまでの時間も、今の一球で分かった。


そして白石への二球目だった。


九条がスタートする。


捕手が素早く二塁へ送ったが、九条の足が僅かに上回った。


「セーフ!」


二アウト二塁。


三塁側スタンドで桜庭が声を上げる。

「九条くん速い!」

篠宮は柏木の投手を見る。

「牽制も入れてたのにね」

「うん」

千夏が頷いた。

「分かっていても、全部止められるわけじゃないからね」

これで得点圏まで走者を進めた。


だが白石は低めの変化球を引っかけ、セカンドゴロ。

三アウト。


0対1。


得点にはならなかったが、ベンチへ戻った九条の表情は悪くなかった。

黒崎が聞く。

「内角狙っとったん?」

「一打席目と同じ入り方だったから」

「分かりやすかったんか?」

「分かりやすいっていうより、俺にはそう投げたいんだと思った」

神代が横から言う。

「多分そうだと思う」

九条が振り返る。

「やっぱり?」

「ああ。ただ、次も同じとは限らない」

「だよな」

九条は短く答えた。

黒崎がもう一つ聞く。

「走ったんは?」

「あれは自分で決めた」

「サインちゃうんか」

「待ってたら間に合わない」

黒崎が笑った。

「お前らしいわ」


三回裏。

水城は先頭打者をショートゴロに打ち取ったが、続く打者にセンター前ヒットを許した。

一アウト一塁。

柏木の走者が少しずつリードを広げる。

二回裏はヒット、盗塁、送りバント、犠牲フライ。

大きな当たりは一つもなかった。

それでも柏木は一点を取った。

水城も朝倉も当然覚えている。


水城は一塁へ視線を送りながら、普段より僅かに小さな動きで投球した。

走者は動かない。

返球を受けた水城は、今度は少し長くボールを持った。

投球動作に入ると走者がスタートする。

朝倉が立ち上がった。


二塁へ送球。


九条がベースに入り、滑り込んできた走者へタッチする。


「アウト!」


黒崎がベンチから声を上げた。

「よっしゃ!」

二アウト走者なし。

水城は後続をライトフライに打ち取り、三回を無失点で終えた。


ベンチへ戻った水城に黒崎が声をかける。

「今度は刺したな」

「一回見せてもらったからね」

「クイック変えとったん?」

「少しだけ」

朝倉が隣から続ける。

「また走る可能性は高いと思ってたから」

黒崎が笑った。

「ええやん」

一度使われた方法を、そのままもう一度通させない。

水城と朝倉も試合の中で変えていた。


四回表。

先頭は三番の御堂。

左打席へ入り、一度だけ外野を見る。

センターは僅かに左。

ライトも中央寄り。

一打席目とほとんど同じだった。

御堂が外角球を逆方向へ運ぶことを警戒し、その方向へ守備を寄せている。

配球も内角中心。

柏木が何を狙っているのか、もう分かっていた。


初球は内角のストレートを見送りストライク。続く球も内側へ来たが、御堂の打球はファウルになった。

そして次も内角。


今度は僅かに甘い。


御堂が振り抜いた。


いつものように逆方向へ運ぶのではない。

引っ張る。


強い打球が一、二塁間を抜けた。


ライト前ヒット。


無死一塁。

ベンチの九条が笑う。

「やっぱ来るよな」

神代が頷いた。

「今はな」


四番、轟。

柏木の外野が少し深く下がる。

こちらも一打席目と同じだった。

長打を警戒している。

轟もその守備位置を見ていた。


外角低めを見送った後、内角のストレートを強く振ってファウル。

続く変化球は低く外れた。

その後、外角へ来た球に轟がバットを合わせた。

いつものような大きなスイングではない。


打球はセンター前へ落ちる。

深く守っていたセンターが前へ走ったが、

間に合わない。


無死一、二塁。


黒崎が目を丸くする。

「剛士があんな打ち方するんやな」

轟が一塁上からベンチを見る。

「前に飛ばせばいいだろ!」

九条が笑った。

「正解」

柏木が長打を警戒して深く守る。

なら、その前へ落とせばいい。

相手が持っている情報を、逆に利用する。


五番、朝倉。

柏木の内野が僅かに前へ出る。

朝倉は低めの変化球を打った。

打球はセカンドへ。

二塁で轟が封殺されたが、一塁への転送は間に合わない。

一アウト一、三塁。

六番、鷹野。


一塁側の柏木ベンチから声が飛んだ。

「足の速さ注意!」

黒崎が笑う。

「まだ言うとる」

鷹野は何も反応せず打席へ入った。

柏木の投手は一度だけ一塁を確認する。


神代の目が止まった。

鷹野という打者。

六番という打順。

事前に持っていた情報。

柏木は今その瞬間だけを見て判断しているわけではない。


鷹野は外角の球を打った。

ショート正面へのゴロ。

ショートが二塁へ送り、そのまま一塁へ転送する。

ダブルプレー。

三アウト。

無死一、二塁から走者を進めながら、得点できなかった。


0対1。


轟がベンチへ戻りながら息を吐く。

「せっかく打ったのに」

鷹野が頭を下げた。

「ごめん」

「別にお前だけのせいじゃねえよ」


神代は柏木の守備位置を見ていた。

九条が隣へ来る。

「どう思う?」

「何が?」

「俺たちが対策に気づいたこと、向こうも分かってきてると思う?」

「ああ」

「次も同じことしてくる?」

神代は少し考えた。

「多分、減る」

「なんで?」

「対策を利用され始めたって分かったから」

九条も柏木ベンチを見る。

神代が続ける。

「次は向こうが変えてくる番だ」


相手を研究する。

研究された側が対策する。

それを見て、また変える。

横浜星央戦の後、蒼凛が覚えてきたことを、今度は相手もやっている。


四回裏。

水城は三者凡退に終わらせた。

0対1のまま、試合は五回へと進んだ。


五回表。

先頭は七番の神代。

左打席へ入り、柏木の守備位置を一度確認する。

ここまで柏木は、それぞれの特徴に合わせて配球や守備位置を変えていた。

だが神代に対しては、目立った変化がない。


二回戦で神代が残した情報は多くなかった。

七番ファーストで出場し、1安打。

今大会で神代について分かっていることは、他の選手より少ない。


柏木の投手は低めを中心に投げてきた。

神代は外角のストレートをセンターへ打ち返したが、打球は正面。

センターフライ。

一アウト。


八番の橘も低めの変化球を打たされ、セカンドゴロに倒れた。

二アウト。


九番、水城。

水城は低めの球を続けて見極めた。

四球。

柏木の投手が、この試合で初めて出した四球だった。

神代がその一球を見ていた。


二アウト一塁。

打順は一番へ戻る。

九条が左打席へ入った。

前の打席では、内角を狙ってライト前ヒットを放っている。

当然、柏木もそれを見ている。


初球は外角低めのストレートを見送りストライク。

続く変化球も外へ逃げていった。

九条は手を出さない。


ベンチで神代が言う。

「変えたな」

黒崎が横を見る。

「さっきまで内やったのにな」

「ああ」


九条も打席の中で気づいていた。

自分たちが柏木の対策を利用した。

そして柏木も、それに対応した。


九条は粘ったものの、最後は外角のストレートをセンターフライ。

三アウト。

柏木はもう、一打席目と同じ攻め方を続けていなかった。

蒼凛が変えれば、柏木も変える。

0対1のまま、試合は五回裏へ進んだ。


五回裏。

柏木の先頭打者は簡単には終わらなかった。

水城のストレートを何度もファウルにする。

変化球にも食らいつく。


そして粘った末、センター前へ弾き返した。

無死一塁。

次打者は送りバント。

轟が前へ出て処理し、一アウト二塁。

続く打者も同じだった。

追い込まれても簡単には振り切らない。

ファウルで逃げながら、水城に球を投げさせる。


そしてセンター前ヒット。


二塁走者が三塁を回った。


鷹野が前へ出る。


捕球後、そのままホームへ返した。

朝倉が送球を受け、滑り込んできた走者へタッチする。


「アウト!」


二アウト一塁。


三塁側スタンドから歓声が上がった。

水城は僅かに息を吐く。

だが、次の打者にも粘られた。

最後は低めの変化球をセカンドゴロに打たせ、白石が処理する。

三アウト。

無失点。

0対1のまま。


水城がベンチへ戻り、タオルで顔を拭いた。

朝倉が隣へ座る。

「今までより粘るね」

「うん」

「疲れてる?」

水城は少し考えた。

「まだ大丈夫」

神代は水城を見る。

球威が大きく落ちているわけではない。

制球も崩れていない。

ただ、柏木は簡単にはアウトにならない。

打てなくてもファウルにする。

走者が出れば進める。

大きな一打ではなく、一つずつ積み重ねる。

それは得点だけではなかった。

水城の球数も、少しずつ積み重なっている。


六回表。

先頭は二番の白石。

低めのストレートを引っ張ったが、打球はセカンド正面。

一アウト。

三番、御堂。

左打席へ入り、外野を見る。

今度は左へ寄っていない。

ほぼ通常の守備位置だった。

配球も違う。

四回の打席では内角を引っ張ってライト前へ運んだ。

その結果を見て、柏木は外角も使い始めている。


御堂は外角のストレートを逆らわず打ち返した。

レフト前ヒット。

一アウト一塁。

四番、轟。

先ほどほど外野は深くない。

轟もそれを見る。

柏木が変えた。

なら、自分たちもまた考える。


甘く入ったストレートを轟が強く振り抜く。

打球は左中間へ伸びた。

だがセンターが追いつく。

二アウト一塁。


五番、朝倉。

低めの変化球を打ったが、ショートゴロ。

三アウト。

また得点できなかった。


二試合続けてコールド勝ちした打線が、六回を終えてまだ無得点。

スコアは0対1。

ただ、五回に出た四球は柏木の右投手にとって今日初めてのものだった。

向こうも、同じだけ球を投げている。

柏木は派手ではない。

圧倒的な投手がいるわけでもない。

だが崩れない。

蒼凛が変えても、そのままではいてくれない。


六回裏。

水城が再びマウンドへ向かった。

その背中を榊原監督が見ている。

黒崎も同じ方向を見ていた。


先頭打者はショートゴロ。

九条が難なく処理し、一アウト。

続く打者は、また簡単には終わらなかった。

水城のストレートをファウルにする。

変化球にもついてくる。

それでも水城は崩れない。

朝倉のサインを見る。

頷く。


だが、僅かに甘く入ったストレートをセンター前へ運ばれた。

一アウト一塁。


黒崎がベンチからマウンドを見る。

ここまで水城は1失点。

大きく崩れた回はない。

それでも、初戦とは違う。

柏木は一つのアウトを簡単には渡さない。


榊原監督が口を開いた。

「黒崎」

黒崎が振り返る。

「はい」

「準備しろ」

一瞬だけ、黒崎の表情が止まった。

すぐに立ち上がる。

「分かりました」

背番号1がベンチを出た。


ブルペンへ向かいながら、黒崎はマウンドの水城を見る。

初戦は水城が一人で投げ切った。

二回戦は自分が一人で投げ切った。

だが今日は違う。

二試合続いたコールド勝ちとも違う。

柏木は蒼凛を調べてきた。

蒼凛が変えれば、柏木も変える。


そして六回。

まだ0対1。


蒼凛学園にとって、公式戦で初めての継投が近づいていた。


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