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乙女の計画

五月も終わりに近づいていた。


朝はまだ涼しい日もあるが、昼になると少し汗ばむ。


教室の窓を開けている時間も増え、カレンダーに残された五月の日付もあと僅かになっていた。


横浜星央との練習試合から数日後。

蒼凛野球部の練習にも、少しずつ変化が定着していた。

打席に入る前から相手役の投手を見る。

打席から戻れば、自分にしか分からなかった感覚を伝える。

黒崎は朝倉や打者役の選手と相談しながらスライダーを修正し、水城も投球までの間を自分で組み替えている。

以前なら、その中心にはほとんど必ず神代がいた。

だが今は違う。

神代が別の練習をしていても、誰かが気づき、誰かが意見を出し、そのまま練習が進んでいる。


昼休み。

神代は自席で弁当を食べていた。

向かいに座る篠宮が、机の上を見てから神代へ視線を向ける。

「今日は野球見てないんだね」

「何の?」

「動画。いつも昼休みに見てるでしょ」

神代の机には弁当しかない。

「昨日までに見る分は終わった」

「全部?」

「ああ」

そこへ桜庭がやってきた。

「何の話?」

「神代くんが珍しく野球見てないって話」

桜庭も机を見る。

「本当だ」

「そんなに珍しい?」

「珍しいよ」

篠宮と桜庭の答えが重なった。

神代は少し考えたが、自分ではよく分からない。確認する必要がある映像を見終えただけだった。

桜庭が聞く。

「じゃあ今、暇?」

「暇ではない」

「何するの?」

神代は答えようとして止まった。

横浜星央戦の映像分析は終わっている。

黒崎と水城の練習についても、今朝までに確認した。急いで調べる対戦相手もいない。

数秒考える。

「……決めてない」

桜庭が目を丸くした。

「怜司くんが?」

「何が?」

「何するか決めてないことあるんだ」

篠宮も少し笑う。

「私も意外かも」

「別に毎日全部決めてるわけじゃない」

「じゃあ何するの?」

また聞かれる。

神代は少し考えた。

「本でも読む」

「今決めたよね?」

「今決めた」

桜庭が笑った。

神代は弁当に戻る。

ただ、こういう時間が以前より増えたことには、自分でも気づいていた。

野球部の十一人が、神代の答えを待たなくなってきた。

それによって、自分の時間が少し余るようになった。

その時間を何に使うのか。

そこまでは、まだ考えていなかった。


午後の授業が終わったあと、鷹野が廊下を歩いていると後ろから呼び止められた。

「鷹野」

振り返る。

天城だった。

「何?」

「この前の話、忘れてない?」

「走るやつ?」

「覚えてるじゃん」

「そりゃ覚えてる」

天城が頷く。

「今度ちゃんと測ろう」

「別にいいけど」

「じゃあ忘れないでよ」

「分かったよ」

「ならいい」

天城はそれだけ確認すると、自分の教室の方へ戻っていった。

鷹野もそのまま野球部へ向かう。


放課後。

十一人がグラウンドへ集まったところで、

榊原監督が練習前に全員を呼んだ。

「練習を始める前に一つ話がある」

黒崎がすぐに反応する。

「なんですか?」

榊原監督は十一人を見渡した。

「もうすぐ六月だ」

四月に入学してから、二か月近くが経とうとしている。

夏の大会まで、一か月あまり。

春にはまだ遠く感じていた高校野球最初の夏が、少しずつ近づいていた。


「六月から、土日のどちらか一日を原則として完全休養日にする」

一瞬、全員が黙った。

最初に反応したのは、やはり黒崎だった。

「……休み?」

「ああ」

「毎週ですか?」

「原則はな。練習試合や学校行事が入ればずらすことはあるが、週に一日はチーム活動を入れない」

黒崎が明らかに不満そうな顔をする。

「大会近いのに休むんですか?」

「大会が近いからだ」

榊原監督は即答した。

「お前たちは十一人しかいない。一人の故障が他校より大きく響く。ここから気温も上がる。疲労を残したまま練習量だけ増やしても意味はない」

黒崎が何か言おうとする。

「でも――」

「大雅」

水城が横を見る。

「休みたくないの?」

「当たり前やろ」

「僕は休みたいけど」

「お前はもうちょい熱くなれ!」

「休む時まで?」

「そこは知らん!」

九条が笑った。


榊原監督は二人を無視して続ける。

「練習試合も必要なら組む。ただ、試合をやれば強くなるわけでもない。何を確認するための試合なのかは、その都度決める」

その言葉に神代も頷いた。

横浜星央戦で得た課題は多い。

今必要なのは、新しい相手を次々と探すことではなく、見つかった課題を一つずつ改善することだった。

榊原監督が神代を見る。

「神代はどう思う?」

「休養日には賛成です」

黒崎がすぐに振り返った。

「怜司までそっちなんかい!」

「そっちって何?」

「休む方や!」

「疲労を抜いた方が次の練習の質は上がるだろ」

「理屈は分かっとる!」

「じゃあ問題ないだろ」

「気持ちの問題があんねん!」

九条が呆れたように言う。

「一番説得力ない理由出たな」

「うるさいわ!」

榊原監督は話を続ける。

「最初の完全休養日は今度の日曜だ。チームで集まって練習するのは禁止する」

轟が聞く。

「自主練はいいですか?」

「軽く身体を動かす程度なら止めん。ただし、休養日の意味がなくなるようなことはするな」

「分かりました」

轟が答えた。

その横から九条が聞く。

「怜司、日曜何すんの?」

「何で俺に聞く?」

「一番休めなさそうだから」

「失礼だな」

朝倉も笑う。

「でも気になる。何するの?」

神代は少し考えた。

「まだ決めてない」

九条と朝倉が同時に神代を見る。

「お前が?」

「何で今日そればっかり言われるんだよ」

「だって珍しいから」

朝倉が答える。

黒崎まで話に入ってくる。

「どうせ寮で野球の映像見るんやろ」

「見るかもしれない」

「それ休みちゃうやん」

「身体は休んでる」

「そういう意味ちゃうねん!」

水城が聞く。

「神代くんって、野球以外の休みの日は何してるの?」

「普通に色々する」

「例えば?」

また質問された。

本を読む。

勉強する。

何か気になったことを調べる。

トレーニングについて考える。

投手の映像を見る。

最後の二つはもう野球だった。

九条が神代の顔を見る。

「今、途中から野球に戻っただろ」

「何で分かる?」

「長い付き合いだから」

「それで思考まで分かるのか?」

「お前の場合は大体な」


榊原監督が手を叩いた。

「休みの過ごし方は自分で考えろ。今は練習するぞ」

「はい!」

十一人がグラウンドへ散っていった。

その日の練習も、神代が全てを指示することはなかった。

黒崎は朝倉とスライダーを確認し、水城は白石たちを打席に立たせながら間の使い方を試す。

守備側でも、九条と白石が走者の状況について話していた。

神代は自分の打撃練習を終えると、一度だけ全体を見渡した。

問題なく進んでいる。

自分が一つ一つ口を挟まなくても。


翌日の昼休み。

桜庭は教室へ入ってくるなり、神代のところへ向かった。

「怜司くん」

「何?」

「今度の日曜、野球休みなんだって?」

神代が顔を上げる。

「誰から聞いた?」

「千夏ちゃん」

榊原監督の娘なら知っていても不思議ではない。

「そうだけど」

「一日休み?」

「ああ」

桜庭は一度だけ確認するように聞いた。

「予定は?」

昨日から何度目だろう。

神代はそう思いながら答える。

「今のところない」

桜庭が黙った。

ほんの数秒。

それから、少し離れた席にいる篠宮を見る。

篠宮は視線に気づいて首を傾げた。

「どうしたの?」

桜庭は神代から離れ、篠宮のところへ向かった。

「篠宮さん」

「うん?」

「今日の放課後、時間ある?」

「あるけど」

「ちょっと相談したいことがあるの」

篠宮が桜庭を見る。

「何の?」

桜庭は一度だけ神代へ視線を戻した。

本人は何も知らず、いつも通り弁当を食べている。


桜庭は少しだけ声を落とした。


「日曜日のこと」


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