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チームと個

七回表。

先頭の鷹野は、二打席を通して相馬の攻め方を見ていた。

足を警戒されて低めを中心に集められている。

それでも三打席目、僅かに高く入ったストレートを逃さなかった。


振り抜いた打球が相馬の横を抜け、

そのままセンター前へ転がる。

無死一塁。

「よし!」

鷹野は一塁へ到達すると、すぐに相馬を見る。

相馬も走力を警戒し、長めにボールを持った。

続く藤堂は初球からバントの構えを見せる。

横浜星央も警戒したが、最後はきっちり一塁側へ転がした。

一アウト二塁。


「お願いします」

藤堂がベンチへ戻りながら黒崎へ声をかける。

「任せとけ!」

黒崎が右打席へ向かう。

だが相馬は簡単に勝負してこなかった。

黒崎がストレートを待っていると見ると変化球を混ぜ、最後は外角のカットボールで空振り三振を奪った。

二アウト二塁。

一番へ戻って九条。

ここまで相馬から四球とヒットで出塁している。

相馬もそれを理解しており、九条には際どいコースを徹底した。

九条も粘ったが、最後は低めのフォークを引っかける。

セカンドゴロ。

三アウト。

蒼凛は勝ち越しの走者を二塁まで進めながら、点を取れなかった。


七回裏。

黒崎が三イニング目のマウンドへ上がる。

先頭は五番。

横浜星央の打者たちは、すでに黒崎のストレートへある程度目が慣れていた。

五番打者はファウルで粘り、際どい球にも手を出さない。

最後は四球。

無死一塁。

「大雅、力まないで」

朝倉が声をかける。

「分かっとる」


そう答えた直後、六番打者がストレートをセンター前へ打ち返した。

無死一、二塁。

黒崎の表情が険しくなる。

七番打者は迷わず送りバントを選んだ。

黒崎が前へ出て処理するが、三塁へ投げられる打球ではない。

一アウト二、三塁。


ベンチの神代は、横浜星央の打者だけでなく黒崎を見ていた。

水城の時と同じだった。

一巡目で情報を集める。

二巡目で合わせ始める。

そして使えるものは、すぐにチーム全体で共有する。

八番打者が外野まで打球を運んだ。

ライトの御堂が捕球する。

三塁走者がスタート。

御堂はすぐにホームへ返したが、間に合わない。

一点が入る。


蒼凛2対3横浜星央。


なおも二アウト二塁。


黒崎はボールを受け取ると、マウンドの土を強く蹴った。

「大雅」

朝倉の声に、黒崎が顔を上げる。

「まだ一点だよ」

「分かっとる」


しかし九番打者には慎重になりすぎた。

ストレートが僅かに外れ、四球。

二アウト一、二塁。

そして一番打者。

黒崎はもう一度ストレートで押した。

打者もそれを待っていた。

高めへ入った球を振り抜く。

打球は左中間へ伸びた。

橘と鷹野が追う。


打球が二人の間を抜ける。


二塁走者が生還。

一塁走者も三塁を蹴った。


鷹野が打球へ追いつき、すぐに返球する。

それでも走者は止まらない。

二人目もホームを踏んだ。


蒼凛2対5横浜星央。


黒崎はマウンドで唇を噛んだ。

一気に三点差。

それでも榊原監督は動かなかった。

二番打者まで黒崎に任せる。

黒崎もベンチを見ない。

朝倉のサインに頷き、最後はストレートで詰まらせた。

打球は轟の正面。

サードゴロ。

三アウト。


ベンチへ戻ってきた黒崎は、誰とも目を合わせなかった。

3回3失点。

グラブを外し、そのままベンチへ座る。

水城が隣から声をかけた。

「大雅」

「分かっとる」

「まだ何も言ってないけど」

「慰めはいらんで」

水城は少し考えた。

「じゃあ言わない」

黒崎が横を見る。

「ほんまに言わんのかい」

「どっち?」

「もうええわ」

いつもの調子に見えるが、黒崎の視線はスコアボードから動かなかった。


フェンスの外でも、三点差になったことは分かる。

桜庭がスコアボードを見る。

「2対5……?」

千夏が頷く。

「うん」

「結構まずい?」

「残り二回だから、楽ではないね」

篠宮は蒼凛のベンチを見る。

黒崎は座ったままグラウンドを見ている。

「黒崎くん、すごく悔しそう」

「そりゃ三点取られたからね」

天城が答えた。


その時、桜庭が別のところへ視線を移した。

神代がグラブを持って立ち上がっている。

「怜司くん出る?」

千夏も気づく。

「多分、次投げるんじゃないかな」

桜庭の表情が一気に明るくなった。


八回表。

先頭の白石がライト前ヒットで出塁した。

御堂はセンターフライに倒れたが、

轟が四球を選び、一アウト一、二塁。

追いつくには絶好の場面だった。

朝倉が打席へ入る。

相馬も疲労がないわけではない。

それでも、ここで甘い球を続ける投手ではなかった。

朝倉の打球はショート正面。

ショートは三塁へ送る。

白石がフォースアウト。

二アウト一、二塁。

六番、橘。

得点圏。


蒼凛のベンチにも期待が広がる。

相馬は橘にも逃げなかった。

ストレートで内側を意識させ、最後は外角へ落とす。

橘のバットが届く。

打球はセンターへ上がった。


「抜けろ!」


九条の声が飛ぶ。


しかしセンターが落下地点へ入り、捕球した。

三アウト。

八回表も無得点。


蒼凛2対5横浜星央。


攻守交代。


榊原監督が神代を見る。

「神代、行け」

「はい」

黒崎が顔を上げた。

神代はグラブを左手にはめる。

「怜司」

「何?」

「抑えろよ」

「ああ」

短いやり取りだった。

神代はマウンドへ向かう。


フェンスの外で桜庭が立ち上がった。

「怜司くん投げる!」

「見れば分かる」

天城が言う。

「そういう問題じゃないの」

篠宮が笑った。

「それ、神代くんにいつも言われてるやつじゃない?」

「そうだけど!」


八回裏。

マウンドへ上がった神代は、横浜星央のベンチを一度だけ見た。

この相手とは、今日で終わるとは限らない。

神奈川で上位に入る実力がある。

夏の甲子園に出てくる可能性も十分にある。

ならば、練習試合で自分の持っているものを全て見せる必要はなかった。

朝倉が投球練習を受けながら、その違いに気づく。

最後の一球を返したあと、神代へ近づいた。

「怜司、抑えてる?」

「ああ」

「やっぱり」

「横浜星央、甲子園で当たる可能性あるだろ」

朝倉は横浜星央のベンチを見る。

「情報を残したくない?」

「できるだけ」

「分かった。でも打たれていいわけじゃないからね」

「それは分かってる」

朝倉が戻る。

神代が使う球種は絞った。

出力も上げすぎない。

球速だけではなく、普段なら細かく変える回転や身体の使い方も、必要最低限にする。


八回裏は三番打者から。

神代はストレートを中心に組み立て、最後は浅いセンターフライに打ち取った。

一アウト。

そして四番。


久我颯介。


左打席へ入った久我を見て、神代の目が僅かに変わった。

水城から2安打。

黒崎からは併殺に倒れたものの、横浜星央で最も完成度の高い打者であることに変わりはない。


神代はボールを握り直した。

朝倉がサインを出す。

ストレート。

神代が頷く。

ただし、先ほどまでと同じ球ではない。

指先へ掛ける力を僅かに変える。

身体全体の出力はほとんど上げない。

その代わり、ストレートの回転を増やした。


一球目。

久我は見送る。


「ストライク!」


球速だけを見れば、先ほどまでと極端な差はない。

久我もそこを見ていた。

二球目。

再びストレート。

久我が振る。


バットの上を、ボールが通過した。


0ボール2ストライク。

久我が初めて僅かに眉を動かした。

朝倉はミットの中の感触で分かっていた。

先ほどの球と同じではない。

神代は久我にだけ、球の質を変えている。

三球目。

朝倉は高めへ構える。

神代が投げた。

久我が振る。


白球は、またバットの上を抜けた。


三球三振。


久我は打席に残ったまま、数秒だけ神代を見る。

神代はもう次の打者へ視線を向けていた。

五番打者には出力を元へ戻した。

低めの球を打たせ、サードゴロ。

轟が処理して三アウト。


神代は何事もなかったようにベンチへ戻る。

「神代くん」

水城が声をかけた。

「何?」

「久我さんの時だけ違ったよね?」

「分かった?」

「そりゃ見てたからね」

神代は水城の隣へ座る。

「少しだけ回転変えた」

黒崎が反応した。

「少しだけで三球三振かい」

「久我さんが思ってた球と違ったからだろ」

「それができんのがおかしい言うとんねん」

神代は返事をしなかった。


九回表。

蒼凛に残された攻撃は、あと一度。

先頭は鷹野。

七回にセンター前ヒットを放っているが、

相馬も同じ打ち方を許さなかった。

低めの変化球を打たされ、ファーストゴロ。

一アウト。

八番の藤堂。

藤堂も粘ったが、最後は外角のストレートを打ち上げた。

ライトフライ。

二アウト。

蒼凛2対5横浜星央。


あと一人。

そして打席には、九番に入った神代。

神代がヘルメットを被る。


フェンスの外で、桜庭が一歩前へ出た。


「怜司くん」


相馬も神代を見る。

ここまで八回を投げ続けている。

それでもマウンドを譲る気配はない。

神代が左打席へ入った。

これが相馬との初対戦。

ベンチから相馬を見続けていた神代と、

蒼凛打線を抑えてきた相馬。


相馬が投げる。

初球は外角低め。

神代は動かない。


「ストライク!」


二球目。

今度は内側へ入るカットボール。

神代のバットが僅かに動いたが、止まった。


「ストライク!」


0ボール2ストライク。

一気に追い込まれた。


フェンスの外で桜庭の表情が変わる。

「あと一個でアウト?」

千夏が頷く。

「うん」

「大丈夫かな……」

篠宮は打席の神代を見る。

「でも、全然焦ってないように見える」

神代は足元を一度均しただけだった。

相馬から目を離さない。

先ほど投じられた一球目と二球目。


『もう十分だった』


相馬が三球目を投げる。

ストレート。

見逃せばボールになるギリギリの外角球。

簡単に長打にできるコースではない。


それでも神代の左足が踏み込んだ。


バットが走る。


金属音がグラウンドに響いた。


その瞬間、相馬が振り返る。

レフトも後ろへ走り出した。


だが数歩で止まった。


しかし白球はまだ伸びている。


さらに高く。


そして速く。



そのままレフトフェンスを大きく越えた。


一瞬遅れて、蒼凛ベンチから大きな声が上がる。

「うおおお!」

「入った!」


フェンスの外では、桜庭が両手を上げていた。

「怜司くんホームラン!」

天城も打球が消えた方向を見る。

「……飛びすぎじゃない?」

千夏は言葉を返さず、マウンドの相馬を見ていた。

0ボール2ストライク。

完全に投手有利に見える場面から、一球でスタンドまで運んだ。


神代はベースを回る。

大きく喜ぶことはない。

一塁を回る時、マウンドの相馬と一瞬だけ視線が合った。

相馬も目を逸らさなかった。


蒼凛3対5横浜星央。


神代がホームを踏む。

「ナイスバッティング!」

橘が最初に出迎える。

黒崎は呆れたように笑った。

「追い込まれてからあれ打つんかい」

「追い込まれてただけだろ」

「普通はそれが嫌なんや!」

神代がベンチへ戻る。

試合はまだ終わっていない。

一番の九条が左打席へ入る。

相馬は神代にホームランを打たれた直後でも、投球を崩さなかった。

九条も粘る。

だが最後は外角のカットボールを打たされ、ショートゴロ。

ショートからファーストへ送られる。

アウト。

三アウト。


試合終了。


蒼凛3対5横浜星央。


横浜星央の選手たちがベンチから出てくる。

蒼凛の十一人も整列へ向かった。

黒崎はスコアボードを一度見上げる。

水城は何かを考えるようにマウンドを見た。

神代も同じようにスコアを確認する。

3対5。

今日、横浜星央には見せなかったものがいくつもある。


それでも、負けたという結果だけは変わらなかった。


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