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初球は外角の球を見逃しストライクとなる。
一球見ただけで、九条には制球の良さが分かった。
だが、厄介なのはそこだけではない。
相馬は外角を意識させたあと、同じ腕の振りからカットボールを内へ入れてきた。
九条は反応してファウルにする。
追い込まれてからは低めへ落とされ、何とか見送ったものの、次に来たストレートを打ち損じた。
打球はショート正面へ転がる。
一アウト。
九条は一塁まで走り切ると、ベンチへ戻る途中で白石に近づいた。
「思ったより面倒だわ」
白石がヘルメットを被りながら聞く。
「何が?」
「球速じゃない。なんかこう、待ってる球をずらされる感じ。外を意識したら内、真っすぐを意識したら少し曲げてくるんだよ」
九条はマウンドへ視線を向けた。
「あと、追い込まれてから急に変わるんじゃない。そこまでにこっちの意識を動かしてる」
「分かった」
白石はそれだけ聞いて左打席へ向かった。
ベンチへ戻った九条の隣で、神代は相馬ではなく横浜星央のキャッチャーを見ていた。
「怜司、どうだった?」
「球は映像通りだな」
「じゃあ何見てんの?」
「キャッチャーの動き」
九条も視線を向ける。
白石への初球が外角へ決まると、キャッチャーは返球しながら白石の立ち位置を確認していた。
「打者の反応をかなり見てる。多分、相馬さん一人で組み立ててるわけじゃない」
白石は九条の情報を頭に入れながら、相馬の球を見極めていた。
外へ逃げる球には手を出さず、内へ来た球をファウルにして簡単には終わらせない。
対する相馬も崩れず、白石が粘れば、その分だけ違う球を見せてくる。
それでも最後は、僅かに甘く入った球を白石が逃さなかった。
引っ張った打球が一、二塁間を抜ける。
ライト前ヒット。
一アウト一塁。
白石は一塁を回りかけ、すぐに止まった。
ライトからの返球が速い。
必要以上に一塁を回れば、迷わず狙われる距離だった。
「ちゃんと見られてるな」
神代が呟く。
相馬は白石へ一度牽制を入れた。
刺そうとしたわけではない。
ただ、それだけで白石のリードが僅かに狭くなる。
三番の御堂と対峙する。
相馬は白石を気にしながらも投球を乱さず、
外角を中心に攻めて最後は内寄りの球を打たせた。
御堂の打球はいい角度でライトへ上がった。
白石が一歩、二塁方向へ出るが、ライトは素早く落下地点へ入り、余裕を持って捕球する。
二アウト一塁。
ベンチへ戻った御堂がバットを置いた。
「速いって感じじゃないね」
朝倉が聞く。
「でも打ちにくい?」
「うん。自分で振る球を選んでるつもりなのに、向こうが残した球を振らされてる感じがする」
神代が御堂を見る。
「それ、かなり近いと思う」
続く轟は初球から振りにいった。
相馬もそれを警戒していたのか、簡単に真ん中へは入れてこない。
轟は追い込まれてから外角の球を強引に引っ張ったが、打球はサード正面。
一塁へ送られて三アウトとなった。
一回表、蒼凛は無得点。安打は1本。
それでも九条が見たものを白石が使い、
白石と御堂がさらに情報を持ち帰っている。
神代はベンチに座ったままグラウンド全体を見渡した。
打席に立っていれば、もっと細かく相馬の球を見られる。
その代わり、見えなくなるものもある。
キャッチャーの動き。内野の位置。
外野からの返球。走者への牽制。
一つの投球に、九人の動きが繋がっていた。
「怜司」
朝倉が防具をつけながら呼ぶ。
「何?」
「何か見つけた?」
「ある程度は」
「じゃああとで教えて」
神代は少し間を置いた。
「蓮も見た方がいい」
朝倉が神代を見る。
「自分で?」
「ああ。その方が多分いい」
朝倉は一瞬だけ意外そうな顔をしたあと、笑った。
「了解」
一回裏。
水城がマウンドへ上がった。
横浜星央の先頭打者は、水城の投球を急いで打とうとはしなかった。
腕が見えてからボールが来るまでの短さと、投球動作へ入るまでの間を、一球ごとに確かめるように打席へ立っている。
水城もそれに気づいていた。
簡単にはストライクを取りにいかず、タイミングを少しずつ変える。
それでも先頭打者は食らいつき、最後は低めの球を見送って四球を選んだ。
無死一塁。
水城は一塁へ視線を向けた。
「粘るなあ」
朝倉がボールを返す。
「感心してる場合じゃないよ」
「してないよ。なんか面白いなって」
「それを感心してるって言うんだよ」
次の打者への投球中、一塁走者がスタートを切った。
朝倉がすぐに二塁へ送る。
九条がベースへ入ったが、走者の足が僅かに早い。
盗塁を許す。
無死二塁。
二番打者は無理に安打を狙わず、水城の球をファースト方向へ転がした。
自分がアウトになる間に走者を三塁へ進める。
一アウト三塁。
黒崎がベンチからグラウンドを見る。
「ほんまに昨日見たまんまやな」
神代も同じことを考えていた。
まだ一本もヒットを打たれていない。
それでも、もう三塁に走者がいる。
三番打者はセンター方向へ高い打球を上げた。
鷹野が数歩下がり、捕球態勢に入る。
三塁走者はすでにタッチアップの準備をしていた。
捕球した鷹野は勢いをつけ、そのままホームへ投げる。
低い送球が朝倉へ届いたが、走者は止まらない。
ホームへ滑り込み、朝倉のタッチより先に手が入った。
セーフ。
横浜星央が一点を先制した。
蒼凛0対1横浜星央。
黒崎が眉を寄せる。
「まだノーヒットやろ?」
「そうだな」
神代が答える。
四球。盗塁。進塁打。犠牲フライ。
昨日、映像で見た形とほとんど同じだった。
分かっていても止められなければ一点になる。
二アウト走者なしとなり、四番の久我が左打席へ入った。
水城は少し長く久我を見る。
「この人が四番か」
朝倉が構える。
「独り言多いよ」
「聞こえた?」
「全部」
久我は構えに余計な力がなかった。
水城がタイミングをずらしても前へ突っ込まず、追い込まれてからもフォームを小さく崩すだけで対応してくる。
最後は外角の球を逆らわずに打ち返された。
レフト前ヒット。
横浜星央、この試合最初の安打。
それでも水城は表情を変えなかった。
続く五番には投球までの間をさらに変え、ショートゴロに打ち取る。
九条が処理して三アウト。
一回が終わった。
二回表。
先頭の朝倉は相馬の変化球を捉えきれずセンターフライ。
橘はボール球を見極めて四球を選んだ。
一アウト一塁。
鷹野が打席へ入ると、横浜星央の内野陣が僅かに前へ出た。
「隼人、警戒されてるな」
神代が言う。
「そらそうやろ。足の速さ知っとるんや」
黒崎が答えた。
鷹野はセカンド方向へ転がした。
全力で一塁へ走る。
横浜星央のセカンドは二塁へ送球し、
橘をアウトにすると、ショートがすぐに一塁へ転送した。
鷹野の足が僅かに勝つ。
一塁セーフ。
二アウト一塁。
鷹野がなんとか踏ん張り塁に残ったが、
続く藤堂がライトフライに倒れ、無得点に終わる。
二回裏。
水城は一回とは少し投げ方を変えていた。
フォームそのものではない。
投球動作へ入るまでの時間を、一回より大きく散らしている。
長く持ったかと思えば、次はすぐに投げる。横浜星央の打者も簡単には踏み込めない。
六番をセカンドゴロ。
七番はレフトフライ。
八番には粘られたものの、
最後はタイミングを外して空振り三振を奪った。
三者凡退。
ベンチへ戻る水城を、黒崎が見る。
「一回と変えたやろ?」
水城が笑う。
「ちょっとだけね」
「何変えたん?」
「自分で考えてみたら?」
「お前まで怜司みたいなこと言い出したな!」
神代が横から口を挟む。
「俺、最近そんなに言ってないだろ」
「言っとるわ!」
三回表。
先頭は九番の水城。左打席へ入った水城は相馬の球を何球か見たが、最後はカットボールを引っかけてファーストゴロに倒れた。
一アウト。
打順は九条へ戻る。
二打席目。
九条の見え方は、一打席目とは違っていた。
相馬の球が変わったわけではない。
何をしたい投手なのかを、一度見ている。
相馬が外へ投げれば、それだけを見ない。
変化球を見せられても、その次まで考える。
九条は簡単にはバットを出さず、ファウルで粘ったあと、最後は際どい外角球を見送った。
四球。
一アウト一塁。
一塁へ向かう前に九条は、打席へ向かう白石に伝える。
「一打席目より内が増えた」
「颯真が外を見てたから?」
「多分な」
「分かった」
相馬は白石にも簡単な球を投げない。
白石は追い込まれながらも右方向へ弱いゴロを転がした。
ファーストが捕球して一塁を踏む。
その間に九条は二塁へ進んだ。
二アウト二塁。
三番、御堂。
一打席目はライトフライ。
御堂もすでに相馬の球を一度見ている。
相馬が内角へ投じたカットボールを、御堂は無理に引っ張らなかった。
鋭い打球が二遊間を抜ける。
センター前ヒット。
二塁から九条が一気にホームへ向かう。
センターはすぐに前へ出て送球した。
九条が滑り込む。
送球は僅かに遅れた。
セーフ。
一点が入る。
蒼凛1対1横浜星央。
「よっしゃ!」
橘の声が飛ぶ。
御堂は一塁上で大きく喜ばず、横浜星央のセンターが打球へ入るまでの速さを確認していた。
続く轟は強い打球を飛ばしたが、ショートが正面で処理して三アウト。
同点で三回裏へ入った。
水城は先頭の九番打者を打ち取った。
一アウト走者なし。
ここで一番打者へ戻る。
水城が投げた瞬間、神代は打者の動きが一巡目と違うことに気づいた。
「変えてきたな」
黒崎が聞く。
「何を?」
「待ち方」
一番打者は、水城の腕が見えるまで始動を僅かに遅らせていた。
一巡目は突然出てくるように感じていたボールを、できるだけ長く見るための対応だった。
その打者がセンター前へ運ぶ。
一アウト一塁。
続く二番も、同じように身体を残している。
「もう共有されてるな」
九条が言った。
水城の球種ではない。どう見えたか。
どのタイミングで待てばいいか。
一番打者が一巡目で得た感覚まで、次の打者へ渡っている。
二番打者もライト前へ打ち返した。
一塁走者は迷わず三塁を狙う。
御堂が素早く返球したが、間に合わない。
一アウト一、三塁。
一気に勝ち越しの走者が三塁まで進んだ。
朝倉がマウンドへ向かおうとするが、その前に水城が左手を上げた。
「大丈夫」
朝倉が止まる。
水城は次の三番打者を見て、笑った。
「そう来るんだ」
次の一球まで、水城はこれまでより長く間を取った。
打者が待つ。
まだ投げない。
構え直そうとした、その瞬間に水城が動いた。
打者のバットが僅かに遅れる。
始動が間に合わず、打球は詰まったままセカンド正面へ転がった。
白石が捕球し、そのまま二塁へ送球する。
九条がベースを踏み、一塁へ転送した。
アウト。
ダブルプレー。
三アウト。
横浜星央は二巡目から対応を変えた。
そして水城も、その場で変え返した。
三回を終えて、1対1。
ベンチへ戻った水城が神代を見る。
「神代くんが言ってた通りだったね」
「二巡目のことか?」
「うん。ちゃんと変えてきた」
神代は横浜星央のベンチを見る。
一番打者と二番打者が、すでに次の打者と話していた。
「思ったより早い」
水城も同じ方向を見る。
「じゃあ次は、もう一回変えないとね」
神代は少しだけ笑った。
「それを自分で考えるんだろ?」
水城も笑う。
「もちろん」
水城も少しずつではあったが、成長し始めていた。




