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黒崎大雅の決断

黒崎と神代の一打席勝負は決着した。

「なんでそこまでして俺を強くする?」

黒崎は素直に思ったことを神代に聞く。

神代はすぐには答えなかった。

これは黒崎にとって、何気ない質問だった。しかし神代にとっては違う。

「面白いから」

「……何が?」

「人が成長するのが」

黒崎が黙る。

神代は続ける。

「俺ができることを増やしても、最近あまり面白くない」

「でも他人は違う」

「予想通り伸びることもある。予想より伸びないこともある」

「逆に、想像以上になることもある」

神代が黒崎を見る。

「お前が三年後どこまで行くかは、まだ分からない」

そしてほんの少しだけ口元を緩めた。

「だから見たい」

黒崎は初めて気づいた。

神代怜司という少年が、この日初めて見せた笑みに。

それは爽やかなものではなかった。

どちらかといえば――新しい玩具を見つけた子供に近かった。

「……やっぱお前、ちょっと怖いわ」

神代の表情が元に戻る。

「よく言われる」

九条が横から言う。

「今日二回目」

「数えてるの?」

朝倉が聞く。

「俺なんも出番ねえし、暇だからな」

黒崎はマウンドを降りた。

そして置いてあったバッグを持つ。

「蒼凛学園やったな」

「ああ」

「資料あるんか?」

神代がファイルから学校案内を取り出した。すでに準備済みだった。

黒崎が受け取り表紙を見る。

「ほんまに新設なんや」

「ああ」

「甲子園どころか公式戦一試合もないんか」

「当然だろ」

「監督はおるんか?」

「既に決まってる」

「有名なん?その人は」

「全然」

「おい、なんやそれ」

「おまけに指導経験もない」

黒崎が神代を見る。

「帰ってええか?」

「待て、話は最後まで聞け」

その様子を見ていた朝倉がまた笑う。

神代は設備について説明した。

専用グラウンド。室内練習場。トレーニング設備。

映像解析環境。

必要なものは開校までに揃えると。

黒崎が聞く。

「なんで新設校がそこまでできんねん」

「俺の父親が一部資金を出している」

「金持ちなんか?お前んとこ」

「たぶんな」

九条が口を挟む。

「『たぶん』で済ませられるレベルじゃない」

神代はそれを無視して続ける。

「それと、俺たち以外にも選手を集めている」

「何人?」

「最終的に十一人」

「少なっ」

「一年目はそれでいい」

黒崎は資料をめくる。

そして聞いた。

「で、目標は?」

神代は答える。

「甲子園優勝」

黒崎の手が止まる。

「……何年で?」

「一年」

「一年やと?」

「そうだ。来年の夏に出るつもりだ」

黒崎は神代を見る。

冗談を言っている顔ではない。

「一年生だけでか?」

「ああ」

黒崎はしばらく黙った。そして――笑った。

「アホやろ」

「そう思うか?」

「思うわ」

「じゃあ来なくていい」

「そこは勧誘せえよ!」

神代は本気で不思議そうだった。

「無理だと思ってる奴を入れても仕方ない」

黒崎の笑いが止まる。

神代は続ける。

「俺は本気でやる。既に計画は進んでいる」

「言っておくが甲子園に行きたい奴を集めてるんじゃない」

「俺は勝つつもりのある奴だけ集めてる」

黒崎は手元の学校案内を見る。

名門校ではない。伝統もない。実績もない。

監督も無名。部員は十一人。

馬鹿げている。

どう考えても、すでに誘われている強豪校へ行った方が安全だ。

それでも、黒崎はさっきの打球を思い出した。

自分の最高のストレートだった。

それを完璧に打った少年。

そして、その少年が自分に言った。


俺を超えればいい。


そんなことを言う奴は初めてだった。

一通り読み終えた黒崎は学校案内をバッグへ入れた。

「一応考えとくわ」

神代は頷く。

「分かった」

「……それだけ?」

「何が?」

「もっと来てくれとか言わんの?」

「最終的に決めるのはお前だからな」

黒崎は呆れたように笑った。

「ほんま変な奴やな」

目的を果たした三人が帰ろうとする。

その背中に黒崎が声をかけた。

「神代!」

神代が振り返る。

黒崎はマウンドを指差した。

「次やったら絶対抑えるからな!」

神代は少し考えてから答えた。

「たぶん無理だと思う」

「なんやと!?お前ほんまにムカつくわ!」

朝倉と九条が笑う。

神代はすでに歩き始めていた。


帰りの新幹線。

九条は窓側の席でぐっすりと眠っている。

朝倉がスマートフォンを触りながら聞いた。

「黒崎、来ると思う?」

「来る」

「随分自信あるな」

「俺に負けたことを、あいつは忘れられない」

「そこまで計算して一打席勝負した?」

「最初はしてない」

「最初は?」

神代は窓の外を見る。景色が高速で流れていく。

「途中で分かった」

「何が?」

「あいつは自分より強い奴から逃げるタイプじゃない」

朝倉が少し笑う。

「人のこと、よく見てるよなほんと」

「必要な選手だからな」

「必要な選手じゃなかったら?」

神代が朝倉を見る。

質問の意味が分からないようだった。

朝倉はそれ以上聞かなかった。

代わりにスマートフォンをしまう。

「次は?」

神代がタブレットを開いた。

一人の左投手の映像が映る。細身。

派手さのないフォーム。

表示された球速は、128km/h。

朝倉が画面を見る。

「……だいぶ遅くなったね」

「数字だけならな」

「名前は?」

神代が映像を再生する。

静岡県。無名の公立中学。

全国大会出場歴なし。

有名高校からの誘いもほとんどない。

神代はその左腕の投球を何度も見ていた。

「水城湊」

「評価は?」

神代は少し考えた。

そして答える。

「もしかしたら黒崎より面白いかもしれない」

朝倉の眉が上がる。

「128キロで?」

神代は映像を止めた。

ボールが左腕から離れる、その直前。

「蓮」

「ん?」

「こいつの球、一度受けてみろ」

朝倉は画面を見る。

神代が何を見つけたのか。

まだ分からない。

ただ一つ分かることがある。

怜司がこういう顔をしているときは――大抵、何かがある。

新幹線は東京へ向かって走る。


そして数日後。

三人は静岡へ向かうことになる。

まだ誰にも知られていない、一人の左腕を見つけるために。


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