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強豪校

その日の練習後、十一人は室内練習場の一角に集まっていた。


正面の大型モニターには、横浜星央高校の試合映像が映されている。

榊原監督が用意したのは、前年秋の神奈川県大会と関東大会、

それに最近行われた練習試合の一部だった。


神代は最前列に座り、膝の上にタブレットを置いている。隣には朝倉と九条。

黒崎と水城も、普段より前の席を取っていた。

映像の中で、横浜星央の一番打者が四球を選んだ。

神代が画面を見る。

「監督、少しだけ止めてもらえますか?」

榊原監督が再生を止めた。

「どうした?」

「この走者、次の何球かで走ると思います」

轟が画面を見る。

「なんで分かるんだ?」

「相手投手のクイックが遅い。それに一塁走者も、四球で出た直後から投手の動きをかなり見てる」

その言葉に、黒崎の表情が僅かに変わった。

九条がすぐ横を見る。

「大雅、今ちょっと嫌そうな顔したな」

「別にしてへんわ」

「してたよ」

水城も笑っている。

「大雅もちょうど練習してるもんね」

「湊まで言うなや」


榊原監督が再生を再開する。

次打者の二球目。投手が足を上げた瞬間、一塁走者がスタートした。

捕手が二塁へ送るが、走者の足が先に入る。

セーフ。

「やっぱり」

神代が呟く。

朝倉も画面を見たまま頷いた。

「足も速いけど、スタートがいいな。投手が完全に盗まれてる」


続く打者は、外角球をセカンド方向へ転がした。走者は三塁へ進み、一死三塁。

三番打者が十分な距離のセンターフライを打ち上げると、三塁走者がタッチアップしてホームを踏んだ。

1安打もないまま、一点が入った。

黒崎が腕を組む。

「なんか嫌な点の取り方やな」

「嫌?」

鷹野が聞く。

「打たれた感じせえへんのに点入っとるやろ」


榊原監督がそこで映像を止めた。

「そこだ。横浜星央はこういう一点を取れる」

画面には、ホームへ帰ってきた走者を迎える横浜星央の選手たちが映っている。

派手に喜ぶ様子はない。

四球で出て、盗塁して、進塁打で三塁へ進み、犠牲フライで帰る。

それが予定通りだったかのように、すでに次の打者へ意識を向けていた。


映像が変わる。

今度は横浜星央の守備だった。

センター前へ落ちそうな打球に外野手が素早く前進し、一塁走者を二塁で止める。

別の場面ではライトが捕球後すぐにカットへ返し、二塁走者に三塁進塁を諦めさせていた。

牽制も多い。投球までの間も一定ではない。

橘が言った。

「一個一個は普通に見えるけど、ずっとやられると面倒そうだな」

御堂が頷く。

「簡単に次の塁へ行かせてくれないね」

「そういうチームだ」

榊原監督が答える。

神代は映像を見ながらタブレットへ記録していた。しばらくして顔を上げる。

「この試合、横浜星央は何安打ですか?」

榊原監督が手元の資料を確認した。

「7安打。相手は9安打だ」

「横浜星央が勝ったんですよね?」

「ああ。4対2でな」

鷹野が少し驚く。

「相手の方が打ってるのに?」

「ヒットの数だけで勝敗は決まらないからな」

神代の口元が僅かに上がった。

「面白いですね」

黒崎が呆れる。

「お前、強い相手見るたびそれ言うな」

「だって面白いだろ。相手よりヒットが少なくても、出した走者を効率よく返してる」


再び映像が進む。

三回、一死一塁からエンドラン。

六回、先頭の二塁打の後に初球で進塁打。

八回、一死三塁で相手の前進守備を見てスクイズ。

神代が気づいたのは、それぞれのプレーが独立していないことだった。

「相手の弱いところを見つけた後、何度も使ってる」

朝倉も頷く。

「しかも情報が回るのが早いな」

映像では、一人の打者が変化球にタイミングを外されてベンチへ戻った直後、次打者へ何かを伝えている。

その次の打者は、同じ軌道から来た変化球を簡単に見送った。

御堂が画面を指す。

「今の、前の打者から聞いてるよね」

「多分な」

神代が答える。

一人が得た情報を、次の一人へ渡す。そして次の打者がさらに情報を増やす。

狛谷も試合中盤から蒼凛へ対応してきた。

しかし横浜星央は、それをより早く、より組織的に行っているように見えた。


黒崎がモニターを見つめる。

「俺のスライダーも、一球変なん投げたらすぐバレそうやな」

神代が黒崎を見る。

「可能性はある」

「やっぱ使わん方がええか?」

神代はすぐに答えなかった。

以前なら、握りや腕の振り、使う場面まで自分の考えを一気に伝えていたかもしれない。

だが今は違う。

「大雅はどう思う?」

黒崎が少し意外そうな顔をした。

「俺?」

「ああ」

黒崎は画面を見る。

「……完成してへん球を最初から見せすぎん方がええと思う。でも、ストレートだけになったら狛谷戦と同じや」

朝倉が続ける。

「じゃあ使う場面を絞るか」

黒崎が頷いた。

「それがええかな」

神代は二人の会話を聞いてから言った。

「俺もそれでいいと思う」

九条が横から神代を見る。

「ちゃんと最後に言うようになったな」

「何が?」

「最初から全部答え言わなくなった」

「大雅が投げるんだから、大雅が考えた方がいいだろ」

「うん。だから成長したって言ってる」

「またそれ?」

九条は笑って画面へ戻った。


翌日の放課後から、練習内容も横浜星央戦を意識したものへ変わった。

マウンドには黒崎。キャッチャーは朝倉。

一塁には鷹野が走者として入っている。

黒崎がセットに入った。

投球と同時に鷹野がスタートする。

朝倉がすぐに二塁へ送球し、九条が捕ってタッチした。

「セーフ!」

黒崎が顔をしかめる。

「またか」

九条がボールを返す。

「今のは完全にスタート切られてた」

「もう一回や」


鷹野が一塁へ戻る。

今度の黒崎は、すぐには投げなかった。

一度走者を見る。間を変える。牽制を入れ、もう一度セットに入る。

次の投球では鷹野は走らなかった。

「今は良かった」

朝倉が言う。

黒崎は頷き、再びボールを受け取る。


神代は少し離れた場所からその様子を見ていたが、口を挟まなかった。

黒崎自身が考え、朝倉と話しながら修正している。

ならば今は、それでいい。


別の場所では水城がバント処理を繰り返していた。

投球後、一塁側へ転がったボールへ走り、素早く処理する。

次は三塁側。

サードの轟も前へ出たため、一瞬だけ二人の動きが重なった。

「そこまで!」

榊原監督が声を上げる。

二人が止まる。

「今の打球は誰が取る?」

轟が答えた。

「俺です」

「水城は?」

水城が少し考える。

「サードのカバーです」

「そうだ。判断するだけじゃなく声を出せ。横浜星央なら、その一瞬で次の塁を狙ってくるぞ」

「はい」

「よし。もう一回!」


練習はすぐに再開された。

外野では、横浜星央戦で先発予定の橘がレフトに入っている。

走者一塁、二死。

前方へ落ちた打球を橘が捕り、素早くセカンドへ返した。

神代が声をかける。

「陽斗、今の状況なら三塁を意識した方がいい」

橘が振り返る。

「三塁?」

「ああ。二死だから、二塁まで行かれることより一塁走者を三塁まで進める方が危ない」

橘がグラウンドを見る。

「でも二塁を簡単に渡していいの?」

「簡単に渡す必要はない。ただ優先順位の話。今の打球ならまず三塁を止めたい」

橘は少し考え、頷いた。

「分かった。もう一回やろう」

「次は自分で決めて」

「了解!」

神代はそれ以上言わなかった。

次の打球。

今度の橘は捕球する前から走者の位置を確認していた。

強い返球が三塁方向へ飛ぶ。

神代は何も言わない。

ただ、少しだけ口元が動いた。


練習の最後。

榊原監督が十一人を集めた。

「横浜星央戦の先発メンバーと細かい起用は前日に発表する」

黒崎がすぐに聞く。

「先発投手もですか?」

「ああ」

「俺ですよね?」

「まだ言わん」

水城が笑う。

「大雅、毎回聞くね」

「先発したいやろ普通!」

「僕も投げたいけど、決めるのは監督だから」

「湊まで怜司みたいなこと言い出したやんけ」

神代は気にせず榊原監督を見る。

「俺は予定通り途中からですか?」

「そのつもりだ。投手で使うか、野手で使うかは試合を見て決める」

「分かりました」

即答だった。

自分がスタメンかどうかについて、神代は最初からほとんど興味を持っていない。

むしろ横浜星央戦では、ベンチから見たいものが多かった。

黒崎のスライダー。

水城の投球。

鷹野の走塁と守備。

そして、初めて強豪相手にスタメン出場する橘。

榊原監督が全員を見る。

「狛谷には勝った。だが、その一試合だけで自分たちが高校野球で通用すると思うな」

十一人の表情が引き締まる。

「横浜星央は、お前たちより経験がある。技術もある。チームとしての完成度も上だ。だからこそ、この試合で何ができて、何ができないのかを一つでも多く持ち帰れ」

黒崎が聞く。

「もちろん勝ちには行くんですよね?」

「当たり前だ」

榊原監督は即答した。

「練習試合だから負けてもいい、なんて考えるな。ただし勝つことだけに夢中になって、自分たちの課題を見失うなという話だ」

「あざす」

黒崎の口元が上がる。

神代も頷いた。

勝つ。

それは当然。

しかし、勝つだけでは足りない。

三年間、公式戦で一度も負けない。

その目標を達成するには、今の十一人に何が不足しているのかを夏までに把握する必要がある。

横浜星央ほどの相手なら、それが見える可能性は高い。

「怜司」

橘が隣から声をかけた。

「何?」

「俺のことちゃんと見とけよ」

神代が橘を見る。

「ずっと見るつもりだけど」

「なんか怖いな、その言い方」

「なんで?」

「いや、いいや」

橘は笑った。

神代には意味が分からなかった。

ただ、横浜星央戦で確認したいものが、また一つ増えた。

自分が集めた十一人。

その中には、まだ神代にも分からない部分がいくつもある。


相手は、これまでで最も強い。

だからこそ、どこまでできるのか。

神代は、それを楽しみにしていた。


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