神代の異常性
日が傾き始めた頃。
最後は投手測定だった。
マウンド横には測定機器。捕手後方には高速度カメラ。球速だけでなく、回転数、回転軸、回転効率、変化量、リリース位置、リリースの前後位置まで記録される。
最初は黒崎から測定を始める。
最高『147.2km/h』
ストレートの最大回転数『2584rpm』
中学時代の自己最速を僅かに更新し、回転性能も高い。
「よっしゃ!」
黒崎が笑う。
神代も画面を見る。
「やっぱりストレートはいいな」
「上からもの言うな」
「褒めてるけど」
「お前に言われると腹立つねん」
続いて水城。
『129.1km/h』、『129.8km/h』、最後『130.2km/h』
「あ、130キロ出た」
水城が嬉しそうに言った。
回転数などに突出した数字はない。黒崎とは球速だけで17km/h近い差がある。
しかし朝倉はボールを受け終えると首を傾げた。
「やっぱり数字ほど遅く感じないんだよなあ」
神代が高速度映像を表示する。
「ここです」
水城は身体の後ろにボールを隠す時間が長く、打者からボールが見え始める位置が遅い。さらにセットから投球までの時間も毎回僅かに違う。
榊原監督が水城を見る。
「これは意識してやっているのか?」
「全部じゃないです。でも相手が合わせてきたと思ったら少し変えます」
神代が言った。
「だから湊のストレートは数字より速いんです」
水城が少し嬉しそうに神代を見た。
そして。
「最後、神代が投げろ」
神代がマウンドへ上がる。
朝倉が捕手へ入り、黒崎は測定器のすぐ横まで来た。
「全力で投げろよ」
「それは大雅が決めることじゃない」
神代は榊原監督を見る。
「どうします?」
「まず全力で3球投げてみてくれ」
「分かりました」
一球目『150.9km/h』
二球目『151.1km/h』
三球目『151.3km/h』
高校入学時点での最高球速『151.3km/h』
三球平均は『151.1km/h』
最高回転数『2614rpm』回転効率『99.3%』回転軸は『12時43分方向』
リリース高『179.4cm』
プレートからのリリース前方距離『189.2cm』
三球のリリース位置の最大差は僅か『1.4cm』だった。
黒崎が数字を見る。
「なんで三球ともほぼ一緒やねん」
神代は普通に答える。
「当たり前だろ、同じように投げたんだから」
「そんなん普通できひんわ」
さらにストライクゾーンを九分割して指定したコースへの投球。
結果、18球中18球全て指定区画内。
榊原監督が少し黙った。
「神代」
「はい」
「次、145km/h出せるか?」
「分かりました」
一球目『145.1km/h』二球目『144.9km/h』三球目『145.0km/h』
今度は全員が測定器を見ていた。
榊原監督が続ける。
「球速はそのまま。回転数を2500くらいにできるか?」
「できます」
投げる『145.0km/h』『2503rpm』
次『144.9km/h』『2498rpm』
黒崎が口を開いたまま画面を見る。
榊原監督がさらに言う。
「そこから回転数を200だけ落とせ」
「2300くらいですね」
「ああ」
神代が投げる。
『145.1km/h』『2304rpm』
次『145.0km/h』『2297rpm』
水城が朝倉へ聞く。
「これ、普通できる?」
「まず無理だね、しかも高校一年生でなんて」
朝倉は即答した。
九条も補足する。
「普通は、回転数を増やそうとか減らそうとはできても、200だけ落とすなんて無理だな、ありえねえ」
黒崎が神代を見る。
「お前、何してんねんさっきから」
「言われた通り投げてるだけだけど?」
榊原監督は構わずまだ続けた。
「回転軸はどうだ?」
「変えられます」
「今のストレートから右に15度」
「分かりました」
投げる。
測定結果『14.7度』
「もう一球だ」
測定結果『15.2度』
もう誰も笑わなくなった。
我慢ができなくなり黒崎がとうとう言った。
「待て待て待て」
神代が見る。
「何?」
「さっきからなんでそんなことお前はできんねん!」
「身体の使い方変えてるからだな」
「そらそうやろ!俺が聞いとるのは、なんで数センチとか数百回転とかまで合わせられるんやって話や!」
神代は少し考えた。
「感覚で分かるからな」
「何が?」
「どの筋肉にどのくらい力を入れて、どのタイミングで抜いて、指をどの方向に動かせばどうなるかとか」
黒崎が黙る。
神代は続けた。
「完全には分からないけど、一回やれば誤差は修正できる。そういうもんじゃないのか?」
橘が小さく言う。
「やっぱ怖いな怜司のやつ」
九条が言った。
「それは今さらだろ」
榊原監督が息を吐く。
速いから異常なのではない。また、強いからでもない。
神代怜司の本当に『異常な部分』
自分の身体がどう動いているのかを把握し、それを『意図的に修正できる能力』
普通の選手なら、感覚と実際の動きにはどうしても誤差が生まれる。
良い球を投げた結果として高い回転数が出る。フォームを変えた結果としてリリース位置が変わる。
しかし神代は逆だった。
先に結果を決める。そして、その結果になるように身体を動かす。
黒崎が呟いた。
「ほんまに自分の身体を機械みたいに使っとるやんけ」
「俺の体は機械じゃないけど」
「そういう意味ちゃうわ!」
測定が終わった頃には、夕方になっていた。
室内練習場のモニターには十一人分の記録が保存されている。走力では鷹野。パワーでは轟。打撃の再現性では御堂。
捕手としての送球では朝倉。守備の正確性では白石。黒崎には突出したストレートがあり、水城には数字だけでは説明できない独特の投球がある。藤堂はほぼ全ての項目で高水準だった。
そして一番下。
『神代怜司』
榊原監督が改めてデータを開いた。
神代の測定結果は、高校生全体で見ればほぼ全項目が最上位だった。
50m:5秒90、遠投:118m、
最高球速:151.3km/h。
そして、打球速度:174.6km/hに至っては、高校生というよりプロの強打者と比較した方が近い数字だった。
だが、本当に異常なのはそこではない。
球速、回転数、回転軸、リリース位置まで、神代は狙った数値へ近づけることができる。
各能力が全国トップ級であること以上に、
自分の身体をそこまで正確に制御できる選手は、比較対象そのものがほとんど存在しなかった。
榊原監督はしばらくその一覧を見ていた。
「……お前だけ測定の意味が変わってるな」
神代が横を見る。
「どういうことですか?」
「他の十人は、今どれくらいできるかを測った」
榊原監督が神代の記録を指す。
「お前だけ、どこまで自分の身体を操れるかの実験になってる」
神代は少し考えた。
「そうですか?」
「そうだよ」
少し離れたところでは、黒崎がまだ神代の投球データを見ている。
「次は俺も回転数変える練習するか」
朝倉が言った。
「やめといた方がいいよ。いきなり怜司を基準にするのは」
「できるようになればええやろ!」
水城が笑う。
「大雅なら本当に練習しそうだね」
「当たり前やろ、やるで俺は」
神代は十一人分の測定結果へ視線を戻した。今日の数字が基準になる。3か月後、半年後、一年後。計画通りに伸びる者もいれば、予想より時間がかかる者もいるだろう。逆に、神代の予測を大きく超える者が出てくる可能性もある。
榊原監督が聞いた。
「どうだった?」
「面白かったです」
「自分の数字がか?」
「違います」
神代は画面に並んだ十人の名前を見る。
「みんなのです」
春休みの間にも、変化はあった。そして今日、その変化の一部が数字になった。
神代が最初に作った予測通りになるのか。
それとも予測を超えるのか。
その答えは、まだ誰にも分からない。
モニターには新しいファイルが保存されていた。
『蒼凛学園野球部 一年目・入学時測定』
三年間、一度も負けないチームを作る。
そのために集まった十一人の高校野球は、
まず、自分たちの現在地を知るところから始まった。




