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第一回蒼凛学園入学式

四月。蒼凛学園の開校初日を迎えた。


まだ傷一つない校門の前を、新しい制服に身を包んだ生徒たちが次々と通っていく。

全員、一年生。上級生はいない。

先輩もいない。この日入学する約百二十名が、そのまま蒼凛学園の全校生徒だった。

一般入試で入った生徒。スポーツ推薦で入った生徒。野球、サッカー、陸上、バスケットボール、水泳、柔道。

他にも、中学時代に全国大会を経験した選手が何人もいる。

その中を、神代怜司たち十一人も歩いていた。

入寮した時とは違う。校門には生徒がいる。保護者がいる。教師がいる。

まだ何の歴史もなかった校舎が、今日初めて学校らしくなっていた。

九条颯真が周囲を見る。

「なんか変な感じするな」

「何が?」

「高校なのに先輩が一人もいない」

「新設校なんだから当たり前だろ」

「分かってるけどさ。高校入ったら部活の先輩とか、上下関係とかあるもんだと思ってたから」

神代が前を歩いたまま答える。

「いないなら考えなくていいだろ」

「お前はそういうの気にしなさそうだよな」

「必要なら気にするけど?」

「必要になるまで気にしないところが怜司なんだよ」

朝倉が笑った。

少し後ろでは、黒崎大雅が制服の襟元を気にしている。

「これ動きにくいな」

水城湊が言った。

「今は野球する格好じゃないんだからいいでしょ」

「せやけど、入学式終わったら練習やろ?」

「そりゃやるだろうけど」

「何時からなん?」

水城が神代を見る。

「神代くん、知ってる?」

「知らない」

黒崎が神代を見る。

「なんや、調べてへんの?」

「何で俺が全部知ってる前提なんだよ」

九条が即答した。

「普段何でも調べてるから」

朝倉も頷く。

「これは大雅の方が正しいね」

「蓮まで何なんだよ」

橘陽斗が後ろで笑っている。


春休みの約二週間、十一人は毎日同じグラウンドで練習し、同じ食堂で食事をして、同じ寮で過ごした。まだ完全なチームではない。

それでも、入寮初日のような距離感はもうなかった。

気づけば十一人は、自然と同じ集団になって歩いていた。


昇降口前には、三つのクラス分けが掲示されていた。一組、二組、三組。

それぞれ約四十人。スポーツ推薦だけを集めたクラスはなく、学力別でもない。

一般入試の生徒も推薦の生徒も、全て混合されている。これは理事長の方針だった。

水城が一組の名簿を上から追っていく。

「あった」

神代も確認する。

神代怜司。水城湊。そして、黒崎大雅。

黒崎が呟いた。

「最悪や」

神代が横を見る。

「何が?」

「お前と同じクラスなことや」

「奇遇だな、今俺も同じことを思っていた」

「なんやと?」

水城がすぐに間へ入る。

「でも三人一緒ならよかったじゃん」

「どこがやねん」

「ほら、野球部で一緒だし」

神代が水城を見る。

「湊は何でも前向きだな」

「そうかな?」

「そうだと思う」

少し離れた場所では、朝倉が二組の名簿を確認していた。

「二組か」

九条も別の掲示板を見る。

「俺、三組だ」

神代、朝倉、九条。小学生の頃から、ほとんど同じ時間を過ごしてきた三人だったが、高校では全員別のクラスになる。

九条が神代を見る。

「怜司」

「何?」

「一人で大丈夫か?」

「何のこと?」

「友達作れるのか?」

「それ必要?」

九条が朝倉を見る。朝倉は少し笑った。

「高校で少しは変わるといいね」

「それは卒業式でも聞いたな」

「じゃあまだ変わってないってことだよ」

「まだ二週間くらいだろ」

橘が横から会話に入る。

「怜司って友達作るの苦手なの?」

「苦手というかそもそも作ろうとしない」

神代が言う。

「必要なら作るけど」

橘の表情が止まる。

「友達って必要だから作るものなの?」

神代も少し考えた。

「違うのか?」

「……多分違うよ」

「じゃあ何のため?」

「それ説明するの難しいな」

九条が笑い、朝倉も笑った。

しかし神代だけは、本当に何がおかしいのか分かっていなかった。


その時、校内放送が流れた。

『新入生の皆さんは、体育館へ移動してください』

朝倉が言う。

「行こう」

十一人はそれぞれのクラスへ分かれ、体育館へと向かった。


入学式。

真新しい体育館に約百二十名の新入生が並んでいる。壇上には、今日初めて正式に使われる校旗と校章。後方には保護者席。前方には教職員が並び、その中には榊原監督の姿もあった。野球部員にとっては監督だが、学校では一人の教員でもある。


そして式は淡々と進んだ。校長式辞。理事長挨拶。教職員紹介。

黒崎は途中から、今日の午後の練習について考えていた。何時に終わるのか。

どれくらい投げられるのか。神代と一度くらい勝負できないか。

水城は普通に話を聞き、御堂悠真は少し退屈そうにしている。

轟剛士も眠そうだった。藤堂岳だけは姿勢を崩さず、静かに前を見ていた。

そして司会の教員が言う。

「続きまして、新入生代表挨拶」

野球部員の多くは、特に気にしていなかった。

「新入生代表――神代怜司さん」

黒崎の顔が上がった。

「……は?」

少し離れた席では、水城も目を見開いている。

「神代くん?」

御堂も壇上を見る。

「え?」

轟も反応した。

「怜司?」

橘が小さく笑う。

「また何かやってる」

白石奏太は僅かに眉を上げ、藤堂も壇上へ向かう神代を見ていた。

対して、朝倉と九条だけはほとんど驚いていない。

九条が小声で言う。

「まあ怜司だしな」

朝倉も頷いた。

「だろうね」

近くにいた橘が振り返る。

「知ってたの?」

「いや」

「じゃあ何で驚かないの?」

九条が答える。

「中学でもずっと成績良かったから」

「良かったって?」

朝倉が言った。

「なんと学年1位」

橘が止まった。

「……ずっと?」

「ほぼ」

橘は壇上へ歩いていく神代を見る。

「何でもできるじゃん」

九条が言う。

「本人に言うと面倒だから黙っとけ」

「何で?」

「多分、『何でもはできない』って始まる」

朝倉が笑った。


壇上に立った神代へ、新入生約百二十名、保護者、教員。体育館中から多くの視線が向けられていた。

しかし神代は特に緊張していない。百人程度の前で、用意した文章を読む。

本人にとっては、ただそれだけのことだった。

だが、見ている側は違った。

女子生徒の並ぶ一角で、一人が隣へ小さな声で話しかける。

「ねえ。代表の人、かっこよくない?」

隣の女子も壇上を見る。

「分かる」

「背も高いよね」

「何部だろ」

「スポーツ推薦じゃない?」

「でも代表ってことは勉強もできるんじゃない?」

「スポーツ推薦で?」

「多分」

「すご」

少し離れた場所でも、別の女子生徒たちが話している。

「神代怜司って名前だって」

「神代?」

「うん。さっき呼ばれてた」

「覚えた」

さらに別の列。

「野球部じゃない?」

「なんで?」

「さっき野球部っぽい子たちと一緒にいた」

「じゃあ野球も上手いの?」

「スポーツ推薦ならそうなんじゃない?」

「代表で、野球部で、あの見た目?」

「何それ」

「ちょっとずるくない?」

そんな小さな声が、体育館の何ヶ所かで交わされていた。

もちろん神代本人には聞こえていない。そして仮に聞こえていたとしても、おそらく気にしなかっただろう。


神代が一礼すると、体育館が静かになった。

「本日、私たち百二十名は、蒼凛学園の第一期生として入学しました」

静かな体育館に神代の声が響く。

「この学校には、まだ伝統も実績もありません。それを不安に思う人もいるかもしれません」

何人かの生徒が顔を上げる。神代は続けた。

「ですが、私は逆だと思っています。何もないということは、これから作れるということです」

理事長が僅かに笑う。

神代にとって、その言葉は特別なものではなかった。野球部も同じだ。実績がない。歴史がない。先輩もいない。なら、自分たちで作ればいい。

「数年後、この学校に新しい生徒たちが入ってきた時、その人たちが当たり前だと思う蒼凛学園の姿は、私たちがこれから作るものになります」

水城は真剣な表情で神代を見ていた。黒崎も、いつの間にか午後の練習について考えるのをやめている。朝倉と九条も、幼い頃から知っている神代を静かに見ていた。

「勉強、部活動、学校行事。何を選ぶかは、それぞれ違うと思います。ですが、第一期生であることを誇れる三年間にしましょう」

最後に一礼する。

「新入生代表、神代怜司」

大きな拍手が体育館に響いた。

神代は何事もなかったように壇上を降りていく。その後ろ姿を見ながら、先ほどの女子生徒が小さく言った。

「やっぱりちょっと気になるかも」

隣の女子が笑う。

「もう?早くない?」

「だって目立つじゃん神代くん」

「まあね」

今日初めて神代怜司という名前を知った生徒は多かった。

本人が望んだわけではない。

それでも入学初日から、神代は学校の中でも少しずつ知られる存在になり始めていた。

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