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必要な時間

そして、再び全員が同じテーブルを囲んでいた。

轟が白石を見る。

「奏太は?」

「俺?」

「どうやって誘われたんだよ」

白石は少し考えてから答えた。

「俺は、怜司が本当に野球を分かってるのか確認した」

黒崎が眉をひそめる。

「スカウトされる側が?」

「変な学校に3年間行くんだから、それくらい確認するだろ」

「どうやって?」

「一緒に試合を見て、次に何が起きるか、お互い予想した」

橘が笑う。

「奏太らしいな」

「何が?」

「勧誘されてるのに、怜司を試すところ」

白石が肩をすくめる。

「知らない奴に人生決められたくないだろ」

その言葉に、何人かが頷いた。

神代も何も言わなかった。それは正しいと思っていた。


橘が黒崎を見る。

「じゃあ大雅は?」

「何がや?」

「怜司にどうやって誘われた?」

「普通や」

九条が笑った。

「どこが普通だよ」

黒崎が睨む。

「颯真」

「何?」

「余計なこと言うな」

その瞬間。

橘の目が輝いた。

「何かあるな」

「何もない」

朝倉が笑う。

「大雅の方から怜司に一打席勝負を申し込んだ」

「蓮!」

橘が驚く。

「大雅から?」

鷹野も反応する。

「マジ?」

御堂が聞いた。

「どっちが投手?」

黒崎が不機嫌そうに答える。

「俺や」

「怜司が打者?」

「ああ」

橘が聞く。

「で、どうなった?」

「……」

九条はすでに笑っている。

橘が察した。

「もしかして負けたとか?」

「一打席だけや!」

「負けたんだ」

「うるさい!」

水城が確認する。

「たしかホームランだったんだよね?」

黒崎が勢いよく振り返る。

「なんで知っとんねん!」

水城が神代を見る。

「神代くんから聞いたから」

「お前、普通に喋っとるやないか!」

神代は平然としている。

「結果くらいいいだろ」

「よくない!」

御堂が笑った。

「でも、それで蒼凛に来たの?」

黒崎の表情が少し変わった。

「それだけちゃう」

黒崎は神代を見る。

「あいつ、俺に言ったんや」

「何を?」

「エースになれって」

橘が首を傾げる。

「怜司がいるのに?」

「そうや」

黒崎の視線は神代から外れない。

「自分を超えろってな」

少しだけ空気が変わった。

神代は何も言わない。

黒崎が続ける。

「他の強豪行けば、一年から投げられるかもしれんかった。こいつと同じ学校なら、どう考えても最初はこいつがエースや」

誰も口を挟まない。

「でも、控えになれとは一回も言わんかった」

黒崎は少し笑った。

「俺を超えろって言う奴がおるなら、超えたろと思った」

橘が頷く。

「それで東京に来たんだね?」

「せや」

水城が感心したように神代を見る。

「やっぱり神代くん――」

「お前は一回黙れ!」

今度は全員が笑った。


橘が今度は轟を見た。

「剛士は?」

「俺か」

「最初に聞いてきたの、剛士だろ」

轟が腕を組む。

「俺は、四番くれって言った」

御堂が反応した。

「言ったの?」

「言った」

「それで?」

「駄目だって」

全員の視線が神代へ向く。

神代は当然のように答えた。

「まだ誰の打撃も見てなかったから」

轟が頷く。

「そのあと、こう言われた」

「何て?」

「四番は空けておく。取りに来いって」

黒崎が笑った。

「俺と同じ手やな」

轟が黒崎を見る。

「どういうことだよ」

「超えろって言われた口や」

鷹野が口を開いた。

「俺は反対された」

橘が見る。

「誰に?」

「親父」

「なんで?」

「東京は遠いって」

「それで?」

「怜司が家に来た」

橘が驚く。

「家まで?」

鷹野が頷く。

「一回目は俺と話して、二回目は親父とだけ話してた」

「何話したの?」

「知らない」

「知らないの?」

「部屋から出されたから」

全員が神代を見た。

神代は短く答える。

「必要な話をしただけだ」

橘が最後に朝倉と九条を見た。

「蓮と颯真は?」

朝倉が首を振る。

「俺らは誘われてない」

「え?」

九条が肩をすくめた。

「気づいたら決まってた」

「どういうこと?」

朝倉が答える。

「中2の冬に、怜司が蒼凛に行くって言っただけ」

「それだけ?」

「それだけ」

橘が神代を見る。

「誘ってないの?」

神代は少し考えた。

「二人は来ると思ってたから」

九条が笑う。

「出たよ、こいつ昔からこれだよ」

その笑いが少し収まった頃。

橘が神代を見た。

「じゃあさ」

「何?」

「怜司は?」

「俺がどうした?」

「俺らがどうやって誘われたかは知ってるじゃん」

「当たり前だろ。俺が誘ったんだから」

「そうじゃなくて」

橘は十一人を見渡した。

「全員、本当に来ると思ってた?」

少しだけ静かになる。

神代は考えた。

「全員ではない」

黒崎が反応する。

「誰が来んと思ってたんや」

「大雅は来ると思ってた」

「なんでや」

「俺に負けたまま終われる性格じゃないから」

黒崎が黙った。

九条が笑う。

「当たってる」

「うるさい」

神代は続ける。

「湊も可能性は高いと思ってた。奏太は最後まで読みにくかった。隼人は本人より家族の方が心配だった。悠真は比較的早かった。陽斗は――」

「待って」

橘が止める。

「そういう分析じゃなくて」

神代が見る。

「じゃあ何?」

「全員ここに来てさ」

橘は少し考える。


「嬉しかった?」

神代の言葉が止まった。

朝倉と九条が、同時に神代を見る。

黒崎も。水城も。全員の視線が集まった。

神代は数秒考えた。

「……嬉しいっていうか」

「うん」

「必要な選手が全員揃ったから、良かったとは思った」

九条が小さく笑う。

「怜司らしいな」

橘も笑った。

「まあ、それでいいか」

神代にはなぜ今の質問をされたのか、よく分からなかった。

だが全員が、本当にここにいる。


神代は全国を回っていた頃、自分が選んだ選手たちが同じテーブルを囲み、くだらない話をして笑っている光景までは想像していなかった。

必要だったのは能力だった。勝つために必要な十一人を集めた。

そのはずだった。


「そろそろ寝た方がいいんじゃないか?」

神代が時計を見る。

「明日も練習あるし」

黒崎が言う。

「お前、話終わらせるの下手やな」

「時間見ただけだけど」

「分かってへんな」

「何が?」

橘が笑った。

「まあいいじゃん。もうちょっとだけ」

「何を話すの?」

「まだ決めてない」

「決めてないのにか?」

「うん」

神代には、やはりよく分からない。

目的もない。決めることもない。野球の上達に直接つながる話でもない。

それなのに誰も席を立たなかった。

神代もその場を離れなかった。

入寮初日は同じ食堂へ集まった十一人の間には、妙な沈黙があった。

でも今は違う。

まだチームではない。意見も違う。性格も違う。育った場所も違う。

神代と黒崎は相変わらず衝突する。

水城は相変わらず神代を評価しすぎている。

橘は相変わらず何でも楽しんでいる。

まだ何も揃っていない。

それでも十一人は少しずつ。互いが、どんな選手なのかではなく。

どんな人間なのかを知り始めていた。

その後、時間も遅くなってきたところで解散し、それぞれ自分の個室へ戻った。


それから約二週間が経過した。

まだ完全なチームではない。

だが十一人はもう他人ではなくなり始めていた。


そして翌朝、寮の玄関前。

それぞれに新品の制服が用意されていた。

四月、蒼凛学園開校。

野球部員になる前に。彼らはまず高校生になる。

十一人の本当の高校生活が始まろうとしていた。

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