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初顔合わせ 十一人集結

卒業式から二日後。


神代怜司は、大きなバッグを肩に掛けたまま正門の前で足を止めた。

『蒼凛学園』

真新しい校名プレート。その向こうには、まだほとんど誰にも使われていない校舎が建っている。

窓ガラスには傷一つない。植えられたばかりの木々も細く、掲示板には当然何も貼られていない。

四月になれば、ここへ一期生が入学する。

その中に、自分たち十一人も含まれている。

神代の視線は校舎から、その奥へ移った。

野球部専用グラウンド。室内練習場。

トレーニング施設。そして、少し離れた場所に建つ学生寮。

写真では何度も確認していた。設備の広さも、器具の種類も、グラウンドの寸法までも知っている。

だが実際に見るのはこれが初めてだった。

「思ったより近いな」

神代が呟く。

「何が?」

横から声がした。

朝倉蓮だった。その隣では九条颯真が呆れた顔をしている。

「寮からグラウンドまでのことさ」

九条がため息をついた。

「高校生活始まって最初に見るところ、そこかよ?」

「校舎も見たぞ」

「感想は?」

「新しかった」

「それで終わり?」

「ああ」

「お前、新生活への期待とかないの?」

神代は少し考えた。

「あるけど」

「あんのかよ」

「十一人で練習できることとか」

「それは野球への期待だろ」

「高校でやるんだから同じじゃないのか?」

「全然違うわ」

朝倉が笑った。

「まあ、怜司ならこうなると思ってたけどね」

三人は寮へ向かった。

入口で手続きを済ませ、鍵を受け取る。野球部員は全員個室だった。

神代の部屋にはベッド、机、椅子、収納。それに小さな冷蔵庫。

生活するために必要なものは一通り揃っている。

朝倉が部屋の入口から中を覗いた。

「どう?俺たちの部屋は」

「十分だな」

「それだけ?」

「寝られて、勉強できて、荷物が置ければそれでいいだろ。他に必要なものなどない」

九条が壁にもたれた。

「高校生の新生活の感想とは思えねえな、まったく」

その時、廊下の向こうからキャスターの音が聞こえてきた。

「神代くーん!」

神代が顔を出す。

大きなキャリーバッグを引きながら歩いてきたのは、水城湊だった。

「久しぶり」

「久しぶりだな」

数か月ぶりに会う水城は、夏より少し身体が大きくなっていた。

神代の視線が肩から胸、脚へと動く。

「体重ちゃんと増えたな、俺の計画通りちゃんとやったみたいだな」

水城が一瞬止まった。

「最初に言うことそれなの?」

「違うのか?」

「違わないけどさ。普通は久しぶりとか、元気だったとかじゃない?」

「久しぶりはさっき言っただろ」

「そうだけどさー」

朝倉が笑う。

「怜司に普通を求めても無駄だよ」

水城は自分の鍵を確認してから、神代の部屋番号を見る。

「やった。僕隣だ」

「そうみたいだな」

「よろしくね」

そこへ、階段を勢いよく上がってくる足音がした。

「おい、神代」

声だけで誰か分かった。

黒崎大雅だった。

大きなバッグを片手に持ち、廊下にいる四人を見る。

そして水城と神代の部屋番号を確認した。

「なんで水城がお前の隣やねん」

水城が自分を指す。

「僕?」

神代は黒崎を見る。

「部屋割り決めたの俺じゃないけどな」

黒崎が止まった。

「……そうなん?」

「ああ」

「先にそれ言えや」

「聞かれてないことには答えられないな」

「相変わらずその言い方ほんま腹立つな、お前」

数か月ぶりでも何も変わっていなかった。

水城が小さく笑う。

「黒崎くんはやっぱり神代くんから聞いてた通りだ」

黒崎の目が向く。

「何を聞いたんや?」

「負けず嫌いで、神代くんにすごく対抗心があるって聞いたよ」

「おい神代!」

「事実だろ」

「余計なこと教えんなや!」

「別に悪口じゃないだろ」

「そういう問題ちゃうわ!」

黒崎の声が廊下に響いた。

その直後、階段の下から別の声が飛んでくる。

「着いて早々うるさくない?」

橘陽斗だった。

その後ろから、鷹野隼人、白石奏太、御堂悠真も上がってくる。

さらに遅れて轟剛士。

最後に現れた藤堂岳は、巨大な荷物を持つ轟を見上げた。

「轟くん、それ全部自分の荷物ですか?」

「そうだけど」

「引っ越し業者みたいですね」

九条が轟のバッグを見る。

「何入ってんだよそれ」

「トレーニング用品とか」

「寮にもあるだろ」

「使い慣れてるし、自分のがいい」

「あとはなんだそれ?」

「プロテインだな」

「何キロあんだよそれ?」

「十キロくらいじゃないか」

「持ってくる量じゃねえだろ、後で買えよ」

橘が笑う。

少し前まで、日本各地に散らばっていた選手たちだった。

神代と朝倉と九条は全員に一度は会っている。

だが、集められた八人同士の多くは今日が初対面だった。

神代は廊下に集まった十人を見る。

頭の中では何度も並べてきた。

打順も考えた。守備位置も考えた。投手運用も考えた。成長曲線も予測した。

だが、実際に十一人が同じ場所に立っている光景を見るのは、これが初めてだった。

「……やっと揃ったな」

神代が言った。

九条が横を見る。

「お前でもそういうこと言うんだな」

「何が?」

「いや、いい」


昼過ぎ。

荷物を置き終えた十一人は、寮の食堂に集まっていた。

みんなで長いテーブルを囲む。少し妙な空気だった。

全員、神代に誘われてここへ来た。だが互いのことはほとんど知らない。

鷹野が周囲を見回す。

「なんか、すごいな」

橘が聞いた。

「何が?」

「本当に全国から来てるんだなって。しかも有名な人もいる」

九条が笑う。

「お前も福岡から来てるだろ」

「自分のことは普通に感じるんだよ。他の奴見ると急に実感するっていうか」

「それは僕にも少し分かります」

藤堂が頷く。

「僕も北海道から来ましたけど、こうして全員を見ると不思議な感じがしますね」

黒崎が椅子の背にもたれる。

「俺は別に不思議でもなんでもええけどな」

藤堂が穏やかに聞いた。

「黒崎くんは誰がいるかより、誰が一番強いかの方が気になるんじゃないですか?」

「そりゃ当たり前やろ」

「やっぱり」

「なんやねん」

「いえ。神代くんから聞いた通りだと思いまして」

黒崎が神代を見る。

「お前、俺のことどこまで喋っとんねん」

「別に全部じゃない」

「全部やったら何があるんや」

「変化球精度、クイック、フィールディング、感情制御――」

「もうええ!」

水城が笑い、橘もつられて笑う。

白石は静かにそのやり取りを観察していた。

御堂は椅子の横に立てかけたバットケースを何度か見ている。

そしてついに口を開いた。

「で、いつグラウンド行く?」

神代が御堂を見る。

「まだ行かないぞ」

「え?」

黒崎も反応する。

「なんでや、はよ野球やらせろや」

轟まで眉を寄せた。

「俺、今日から打つつもりで来たぞ」

「俺も神代のあの球打ちたいんだけど」

御堂が続ける。

朝倉が苦笑した。

「入寮した日にもうそれか」

神代は椅子から立ち上がった。

「その前に行くところがあるからな」

「どこに行くつもりなの?」

水城が聞く。

「まずは理事長と榊原監督に挨拶する」

それまで会話に入っていなかった白石が顔を上げた。

「監督か」

「ああ」

神代自身は、榊原監督とはすでに一度だけ会っている。

だが短い時間だった。

真面目で堅物。余計なことを言わない。その程度の印象しかない。

榊原監督は、神代の計画をすでに理事長から聞いている。

一年目の夏から甲子園優勝。

その後も春夏を全て制覇。

三年間、公式戦無敗。

だが榊原監督が、その計画をどう考えているのか。

神代はこの時まだ知らなかった。

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