最後のピース
神代たちはグラウンド内へと移動していた。
藤堂が持ってきたバッグを開く。
中からキャッチャーミット。ファーストミット。内野手用グラブ。
九条が見る。
「全部持ってきたのか?」
「せっかく北海道から来たので」
「外野用は?」
「さすがに持てませんでした」
「重かったか?」
「かなり重かったですよ」
藤堂が笑う。
神代はキャッチャーミットを見る。
「まずはキャッチャーからだ」
「分かりました」
神代がマウンドへ上がる。
「軽く投げるから」
「お願いします」
ストレートが藤堂のミットへ収まる。
二球目のカーブも問題なく捕球。
三球目は低めへ落ちるスプリット。
ワンバウンドするが藤堂はすぐに身体を前へ入れた。
ボールが防具の前へ落ちる。
神代が朝倉を見る。
「どうだ蓮?」
「上手いね」
朝倉が答える。
「構えも安定してるし、ブロッキングもいい」
「お前と比べてか?」
「今は俺の方が上」
藤堂がマスク越しに笑った。
「本人の前で言いますね」
「聞かれたからね」
「嫌いじゃないです」
神代が言う。
「次、セカンド送球な」
九条が二塁へ入る。
藤堂がボールを二塁へ投げる。
朝倉がストップウォッチを見る。
「2.00秒」
もう一度。
「2.01秒」
三球目。
「2.00秒」
九条がボールを返す。
「まあまあ速いな」
朝倉は首を振った。
「違う」
「何が?」
「三回ともほぼ同じなのがおかしい」
神代も同じところを見ていた。
送球フォーム。ステップ。球筋。
捕球から送球までほとんど変わらない。
突出した速さではないが崩れない。
「次だ」
神代が言う。
藤堂がマスクを外した。
「え、もういいんですか?」
「大体分かったからな」
「早いですね」
「それにまだ他もある」
一塁。三塁。外野。
神代と九条が打球を飛ばす。
藤堂は淡々と処理した。
一塁では難しいショートバウンドをすくい上げる。
三塁では強い打球にも反応。
外野では落下地点へ迷わず入る。
派手さはないが、どこへ置いても明らかな穴がない。
九条が言う。
「器用だな」
「だね」
朝倉も頷く。
神代はノートへ書く。
『捕手――A』『一塁――A』『三塁――B+』『外野――B+』
九条が覗き込む。
「綺麗だな」
「何が?」
「評価」
九条が指差す。
「今までって、SとかDとか極端な奴ばっかだったろ」
神代は少し考えた。
確かに轟なら長打力はS。だが、対応力には課題がある。
鷹野なら身体能力はS。だが技術はまだ粗い。
それぞれ尖っている。
「次、打撃だ」
藤堂が右打席へ入った。
神代が投げる。
外角の球を藤堂は逆方向へ。
次は内角を引っ張る。
変化球には身体を残してセンター返し。
速球にはファウルで対応する。
たった四球で神代が投げるのを止めた。
藤堂が聞く。
「評価はどうでしたか?」
「悪くはない」
「悪くない、ですか」
「もう少し褒めてもらえると思ってました」
四人は再びベンチへ戻った。
神代はノートを見ていた。
それを九条が横から見る。
「本当に全部高いな」
「そうだな」
「でもSがない」
「ないな」
藤堂がスポーツドリンクを飲みながら言った。
「やっぱり、そう見えますか」
神代が顔を上げる。
「何が?」
「何でもできる、でも一番はない」
神代は何も言わない。
藤堂はグラウンドを見る。
「小さい頃から言われてきたんです」
「お前は器用だなって」
「それで監督には重宝されました」
九条が言う。
「いいことじゃんか」
「僕も最初はそう思っていました」
藤堂は一度言葉を切った。
「でも、一度だけ引っかかったことがあったんです」
「何?」
「僕は二年生の時、地区選抜に選ばれました」
「キャッチャーで?」
朝倉が聞く。
「はい」
藤堂は頷く。
「でも決勝で先発したキャッチャーは、別の中学の選手でした」
「藤堂は?」
「七回からファーストを守りました」
少しの沈黙。
「でも試合には勝ちました」
九条が言う。
「ならいいんじゃない?」
「僕も、そう思おうとしました」
藤堂は続ける。
「でも試合の後、監督に言われたんです」
「何て?」
藤堂は少し笑った。
「お前はどこでも入れるから助かったって」
誰も何も言わなかった。
「これはきっと褒められてるんですよね。それは分かっています」
藤堂はスポーツドリンクの蓋を閉める。
「でも、その時初めて思いました」
少し間を置く。
「僕は、絶対に外せない選手ではないんだなって」
三人は黙って藤堂を見る。
「高校のスカウトと話すようになってからも、よく聞かれました」
「君の一番の武器は何だって」
藤堂は朝倉を見る。
「今の時点なら、キャッチャーは朝倉くんの方が上ですよね」
朝倉は少し考えてから答えた。
「今のところはね」
「ですよね」
藤堂は神代を見る。
「だから興味があったんです。神代くんなら僕をどう見るのかなって」
神代は頭の中で考える。
蒼凛学園の一期生。たった十一人。
甲子園まで進めば何試合も続く。
怪我、疲労、不調、そして相手との相性。
毎試合、最適な布陣が同じとは限らない。
神代の頭の中でいくつもの布陣が組み替わっていく。
その全てに、同じ名前が入った。
「なるほど」
藤堂が聞く。
「何か分かりましたか?」
神代は藤堂を見る。
「お前の使い方を考えた」
藤堂の表情が少し変わった。
九条が聞く。
「どんな?」
神代は答えない。
代わりにノートへ視線を落とした。
そして新しい項目を一つ追加した。
『総合適応力』
そこでペンが止まる。
その横に『S』を付け足した。
藤堂が見た。
「……S?」
「ああ」
「僕に?」
「そう」
「でもさっき、一個もSなかったじゃないですか」
「だからだよ」
「どういう意味です?」
「捕手だけなら、お前より上はいる」
「打撃も守備も上がいる」
藤堂は黙って聞いている。
神代はノートを指差した。
「じゃあこれらを全部できる奴は?」
藤堂が止まる。
神代は続ける。
「少なくとも、俺が全国で調べた中学生にはほとんどいなかった」
「……」
「俺らは十一人しかいないチームなんだ」
神代は当然のように言った。
「その中で、全部できることがお前の一番いいところだろ」
藤堂は何も言わなかった。
風が吹く。グラウンドの砂が僅かに舞った。
藤堂はノートに書かれた『S』を見る。
しばらくして小さく笑った。
「その評価は初めてですね」
「そうなのか?」
「はい」
「見る目ないな」
藤堂が吹き出す。
「誰のことですか?」
「今までお前を見てきた人達だよ」
「随分なこと言いますね」
「だって事実だろ」
藤堂は少し笑った。
「神代くんらしいですね」
しばらくして神代が聞いた。
「今度は俺の番だ」
「何がです?」
「俺を見に来たんだろ」
藤堂が思い出したように笑う。
「そうでした」
「どうだった?」
藤堂はすぐには答えなかった。
神代を見る。
今日自分の経歴をほとんど知らなかった男が、たった数時間で自分が何年も答えられなかった問いに答えた。
一番の武器は何か。
今までは器用貧乏だとか便利屋だとか。そう言われてきた。
でも、同じものを見て神代だけが違う言葉を使った。
『総合適応力 S』
全部できることが一番。
藤堂は口元を少し上げた。
「合格です」
九条が聞く。
「合格?」
「僕の中で」
藤堂は神代を見る。
「最初は、神代くんが全国から強い選手を集めてるだけだと思っていました」
「違ったか?」
「はい」
藤堂は頷く。
「有名だから選んでいるんじゃない」
「強いからだけでもない」
神代は黙って聞いている。
「その選手に何ができるのかを見て」
「チームの中で何をさせるかまで考えている」
藤堂は少し笑う。
「僕にも役割を見つけてくれました」
「そして、僕が自分でも武器だと思えていなかったところに『S』をつけてくれた」
神代が聞く。
「それで?」
「それなら」
藤堂は迷わなかった。
「三年間預けてもいいと思いました」
「もう決めるのか?」
「はい」
「親は?」
「ある程度話してあります」
「ある程度?」
「東京まで来る時点で、あらかじめ可能性は伝えていました」
朝倉が笑う。
「準備いいね」
「そこは僕の長所なので」
藤堂は立ち上がった。
そして神代へ向き直る。
「改めてよろしくお願いします」
軽く頭を下げる。
「僕も蒼凛学園に入れてください」
神代は藤堂を見上げた。
「一つ条件がある」
藤堂が少し笑う。
「やっぱりあるんですね」
「ああ」
「何です?」
神代が答える。
「三年間便利な選手で終わらないこと」
藤堂の表情が変わる。
「どういう意味ですか?」
「お前には色々やってもらうつもりだ」
藤堂は頷く。
神代は続けた。
「でも、穴を埋めるだけの選手にはなるな」
藤堂が少し笑った。
「結構大変ですね」
藤堂は神代を見る。
「でも、そのくらいじゃないと北海道から来た意味もないですよね」
神代が手を差し出す。
藤堂もその手を握った。
「よろしくな」
「こちらこそです」
神代怜司が全国を回り始めてから、最後の一人『藤堂岳』。
それは、神代が探し出した選手ではなかった。
自ら神代を見つけ、自ら東京へ来て、自ら最後の一枠を奪った選手だった。
その夜。
三人は神代の部屋にいた。
机の上には八人分の資料が並んでいる。
九条がベッドへ寝転びながら言った。
「終わったな」
「何が?」
「スカウト」
「そうだな」
「長かったなあ」
「まだ何も始まってないけどな」
「全国回ったじゃん」
「選手を集めただけだろ」
朝倉が机を見る。
「本当に十一人だけなんだね」
「ああ」
「少ないね」
「最初から決めてたことだろ」
神代は人数を増やすことより、自分が必要だと思った選手だけを集めることを選んだ。
その最後、神代が候補に入れてすらいなかった男が、自分から現れた。
神代は藤堂岳の資料を見る。
『総合適応力――S』
想定していなかった選手だった。
だが十一人しかいないチームだからこそ藤堂の存在は想定以上に大きくなるかもしれない。
九条が起き上がる。
「で、次はどうするんだ?」
神代はパソコンを開いた。
「育てる」
「誰を?」
神代は即答した。
「全員」
「まだ入学まで半年以上あるぞ」
「だからだよ」
神代が新しいファイルを作る。
タイトルを入力する。
『蒼凛学園野球部 入学前育成計画』
九条の顔が嫌そうに歪んだ。
「……もしかして俺らも?」
神代が振り返る。
「当たり前だろ」
「やっぱりかよ」
朝倉が笑う。
神代はもう画面へ戻っていた。
全国を回る旅は終わった。
十一人。必要な駒は揃った。
だが神代怜司にとってはここまでが準備ですらない。
本当の計画はここから始まる。
次の話で全国スカウト編は終了いたします。次の話では普段の神代が少しわかるかもしれません。
卒業式のシーンを入れてるので女の子も初めて出てきます。




