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西の魔女商店ー大地の紋ー  作者: 月瀬ハルヒ
第一章 閉ざされた夫 ―Carcer―
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第7話 知らなかった二十五年

由紀(ゆき)は今まで目にしたことのない通帳を見つめる。

名義は直人(なおと)のもの。けれど、家計用の口座でも、由紀が知っている直人の給与振込口座でもない。銀行名にも見覚えがなかった。

表紙を見つめ暫し躊躇ったが、意を決して開いてみる。

ぱらぱらとめくり、最新の履歴の残るページを見つける。


ページには毎月ほぼ同じ日付で、「10,000円」の振込が並んでいる。

そして振込先は、毎回同じ女性名。


「……女の人?」


履歴を辿っても、同じ名前と10,000円の金額が並ぶ。


「……やっぱり、浮気……」


ぽつりと由紀が呟く。それと同時に(みお)の声が頭によぎる。


『今、分かっていることだけを使って』


そうだ、これだけで浮気と決まったわけじゃない。

そう由紀は自分に言い聞かせる。

分かっているのは、直人がこの女性へ毎月1万円を振り込んでいたことだけだ。

そう思っても、指先が震えてしまう。

由紀はその指を叱咤するように、通帳を遡る。

一枚遡り、二枚、三枚。

数か月ではない。

1年。

2年。

さらに前と、同じ女性、同じ1万円が続く。

最初のページまで戻ったところで、由紀はもしかしたらと再び引き出しの中へと手を伸ばした。


「……あった」


古い通帳も一緒に挟んでいたのだろう。数冊ゴムで纏められた通帳があった。

少し朽ちたゴムを丁寧に外すと、由紀は一冊目、二冊目……と確認していく。

やはり記載されているのは同じ名前と1万円の文字。


「……いつから?」


女性が誰なのかという疑問に、もう一つ新たな疑問が重なる。

そして一番下にあった一番古いと思われる通帳の始まりを見て、由紀が目を瞠る。


その日付は約25年前。


由紀の視線が、机の上に開かれたアルバムへ向かう。


25年前。

親友が事故で亡くなった年と同じ。


「待って、意味が分からない……」


毎月1万円。

額にすれば驚く金額でもない。

でも、1年で12万円。

25年間なら、単純計算で約300万円になる。


「23年間……ずっと? 違う、私と結婚する前から、結婚して23年間ずっと続けていた……?」


由紀はその総額よりも自分の知らなかった通帳の存在に呆然とした。

自分と直人が夫婦だった23年間と並行して、自分の知らない直人の25年間が存在していたことに。


25年前に亡くなった親友。

25年前から始まった、知らない女性への送金。

同じ「25年」という時間が、偶然重なっただけなのだろうか。

暫く呆然と通帳を眺めていた由紀がふと何かに気がつき、そばに置いてあったスマートフォンへ手を伸ばす。

検索画面に通帳に記してあった女性の氏名を打ち込んで、検索結果をいくつか開いてみる。

同じ名前の人物はいくつか出てくるが、どれも直人との関係を示すものはない。

そもそも、表示された人物が通帳に記された女性と同一人物なのかさえ分からなかった。

でも、調べるべきものがもう一つ増えた。


「あの事故……」


25年という、重なる数字。

まず事故そのものを知らなければならないと思う。

直人は詳しくは教えてくれなかった。

唯一教えてくれたのは親友が亡くなったのが夏の雨の日だったことだけ。

手に取ったスマートフォンの検索画面に再び打ち込む。


『25年前、夏、雨の日、事故』


やはり該当する記事は出てこない。

どうしたらいいんだろう。

再び検索画面に文字を打ち込む。


『過去 記事 調べるには』


すると、出てきた画面に由紀が呟く。


「そうだ、図書館に行けば……」


そう言うと由紀はスマートフォンを置くと、直人の使いかけのメモ用紙にペンを走らせる。


『25年前』

『夏』

『雨の日』

『交通事故』

『親友』


そして最後に、『通帳に記されていた女性の名前』。



翌朝、由紀はいつも通り起きると、いつもと変わらないルーティンで身支度を整える。

直人が居なくなってから食欲はないが、とりあえずエネルギー補給のためだけにゼリー飲料を口にすると、昨日のメモを手帳に挟み、鞄に入れた。

目的の市立図書館まではバスを利用すれば30分弱。

そのバスの中で由紀は何度も手帳の中のメモとスマートフォンを見る。

途中、直人と二人で行ったカフェの前をバスが通り過ぎてゆく時だけ、由紀の視線がバスの窓へ向いた。

市立図書館前というバス停で降り、利用手続きを終えるとバスの中で調べた新聞記事が閲覧できるデータベース利用席へと向かう。

席は3つあるが朝一番で来た事もあり、どの席も空いている。

由紀は一番奥の席へと座ると、データベースの検索欄に文字を打ち込む。

25年前、夏、交通事故、当時直人が住んでいた地域。

すると思った以上の数の記事が出てくる。


「これじゃあ、調べきれないわ……」


由紀はもう一度直人が話していた内容を思い出す。


「夏……」


由紀は手帳に書いた文字を見つめた。

夏と言っても、範囲が広すぎる。

何か、もう少し時期を絞れるものはなかっただろうか。


「……花火」


ふいに、直人の言葉を思い出した。

『あいつと花火大会を見に行く約束をしてたんだ。事故はその少し前だった』

一度だけ、そんな話を聞いたことがある。

そう呟くと、由紀は25年前の花火大会について検索する。こちらはすんなりと記事が見つかった。

目の前の記事には7月の最終土曜日の日にちがある。

ならば、事故が起きたのは7月に入ってから、花火大会までの間かもしれない。

カタカタとキーボードを叩く音が響く。カチリ、とマウスで検索ボタンを押すと、数件の記事が表示された。

由紀は一件ずつ、記事を開き確認する。

5回ほど繰り返した時、探していた記事が画面に広がる。

由紀の視線が記事の一行で止まった。

そこに記されていた男性の名前は、直人から何度か聞いたものと同じだった。


「……この人だ」


初めて知るフルネームを、由紀はゆっくりと目で追う。

記事によれば、事故が起きたのは7月〇〇日の夜。雨で濡れた路面で、男性の運転する赤い乗用車がカーブを曲がりきれず、道路脇の△△に衝突した単独事故だった。事故原因は速度超過とみられている。

由紀の指が止まる。


赤い車。


昨夜見た写真が脳裏に浮かんだ。

シルバーと赤。同じ車種を並べ、その間で笑っていた二人。


「……赤い方」


由紀は記事を何度も読む。


「……あの人の名前がない」


赤い車は親友が所有していた方だ。

親友は一人で事故を起こしている。

なのに事故と同じ頃から、直人は知らない女性へ毎月1万円を送り始めている。

なぜ?


由紀は画面に表示された名前をしばらく見つめた。

昨日までは、「和也」という名前しか知らなかった人。

直人が25年間、ほとんど語ろうとしなかった人。

その人の名前を、由紀は今、初めて知った。


鞄から手帳を取り出すと、メモページにその名前を書き留めた。



帰宅後、由紀は昨夜と同じように直人の部屋へと入る。

何度も何度も、手掛かりになるものはないかと探した部屋だ。

けれど、今までとは違う。

今までは何を探せばいいのかさえ分からなかった。

今日は、探す名前がある。

由紀は手帳を開き、図書館で書き留めた名前をもう一度見る。


「○○和也……」


声に出してみても、やはり名前にしか覚えがない。

直人がこの人について何かを残しているとすれば、どこだろう。


本棚へ目を向ける。

アルバムは見つけた。

仕事関係の書類も一通り確認した。


「もっと昔のもの……」


由紀の視線が、本棚の一番下へ向かう。

そこには、普段ほとんど触れることのない古い手帳や年賀状をまとめた箱があった。いつの間にか、夫婦二人の古いものをまとめてしまっていた箱だ。

その箱を引き出し、一つずつ確認をしていく。

結婚したばかりの住所へ宛てられたものや、いつの頃からか連絡を取らなくなってしまった人からの年賀状。

直人自身が今、長年愛用している手帳の前に使っていた1年ごとの手帳も出てきた。

まだ携帯電話が普及し始める前に使っていた、電話番号と住所が書かれた古いアドレス帳が数冊。

一つは結婚してから使っていたもの。

一つは由紀が結婚前に個人で使っていたもの。

そして、直人が結婚前に個人で使っていたもの。

由紀は直人が結婚前に使っていたアドレス帳を開き、五十音順に名前を追っていく。

マ行を開いたところで由紀の目が驚きで開かれる。


森川(もりかわ)和也(かずや)


それはデータベースで出てきた名前。

そしてその隣には


/美奈子(みなこ)


「森川……美奈子」


由紀はその名前を見つめた。

どこかで見た名前だった。


何かに気が付いたように由紀は立ち上がると、直人の机の引き出しから通帳を取り出し、慌てて開いた。


モリカワ ミナコ



「……奥さん?」









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