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西の魔女商店ー大地の紋ー  作者: 月瀬ハルヒ
第一章 閉ざされた夫 ―Carcer―
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第4話 夫婦なのに?

(みお)がテーブルの診察券、検査予約票、領収証を改めて確認する。

ふと、澪の視線が検査予約票の日付で止まる。

手元にある中で、最も古い日付は約3か月前。

由紀(ゆき)が「夫の様子がおかしくなった」と感じ始めた時期と重なる時期だ。

偶然だろうか。

もちろん、それだけでは何も断定できない。

ただ、直人(なおと)の変化とこの病院を、まったく無関係なものとして切り離すこともできなくなった。

だけど、検査予約票には病名の記載はない。

澪は顔を伏せたまま、視線だけを棚の方へ向けた。

Carcer(カルサー)は先ほどと変わらず、そこにいる。

壁に背を預け、何を語るでもなく、ただ澪を見ていた。


Carcer――牢獄。

制限。閉塞。孤立。

身動きの取れない状態。


澪はもう一度、Carcerという紋を頭の中でなぞった。

最初は、直人自身が何らかの事情で身動きを封じられている可能性を考えた。

けれど、由紀の話を聞くほど、その牢獄には外側から掛けられた鍵が見えてこない。

そもそも牢獄とは、誰かに閉じ込められて初めて生まれるものなのだろうか。

もしかしたら、と澪は思う。


「……あの、何か分かったんですか?」


手元の診察券、予約票、領収証と動いていた澪の視線が止まったことで、由紀が控えめな声で聞いた。

澪は視線を由紀に戻さない。


「一つ、考え方を変えた方がいいのかもしれません」

「何をですか?」

「ご主人は誰かに閉じ込められているのではなく――自分自身で、何かを閉じ込めているのかもしれません」

「何かって……」

「まだ分かりません。秘密なのか、感情なのか、それとも――」


澪の言葉に由紀が驚いたように目を瞠る。


「夫婦なのに?」


そう言うと、由紀は小さく「そんな、ありえない……」と呟いたあと、澪を見て続ける。


「どうしてですか」

「まだ分かりません」

「でも、病気なら……どうして私に言わないんですか、夫婦じゃないですか!」


由紀の心が悲鳴を上げているような言葉を聞きながらも、澪は答えない。


「23年間も一緒にいるんですよ。病気なら一緒に考えるのが夫婦でしょう?……どうして、どうして一人で決めるんですかっ!私って、その程度の存在だったんでしょうかっ!」


23年。

楽しいことばかりだったわけではない。

喧嘩もした。

口を利かないまま朝を迎えたことも、一度や二度ではない。

それでも、どちらかが体調を崩せば病院へ行けと言い、仕事で遅くなれば夕食を残しておいた。

そんな日々を積み重ねて、夫婦になったのだと由紀は思っていた。

由紀の呼吸が荒くなる。

膝の上にあった右手をきつく握り、そのまま胸元へ押し当てた。

ついさっき入れ直したばかりのレモンバームティーが、また手つかずになっていた。

澪はそれを見る。


「隠した理由が、由紀さんを信頼していなかったからだとは、まだ決まっていません」

「でも……」

「分からないものを、分からないまま置いておくのは怖いですからね」


そう言うと、澪はふっと表情を和らげた。


「ひとまず、お茶を飲んで落ち着きましょう」


その言葉に、気が付いたように由紀が手元のティーカップを見た。

まだカップに注がれたお茶は温かいのか、ほのかに湯気が漂っている。


「……はい」


由紀は震える指先でカップを持ち、ゆっくりと口元へ運ぶ。

レモンバームの爽やかな香りが、ふわりと鼻先をかすめた。

一口含み、こくりと飲み込む。

温かなものが喉を通り、張りつめていた由紀の肩がほんの少しだけ下がった。


雨音がまた聞こえてくる。

由紀の呼吸が少しずつ戻る。

澪は何も言わない。

由紀ももう一口、二口と、ゆっくりとカップも口元に運ぶ。

遠くで車のタイヤが水たまりを弾く音が聞こえた。


「……そういえば」


静かな時間がしばらく続く中、思い出したように由紀が呟く。

その声に澪が視線だけを向ける。


「主人がいなくなる3日前……変なことを言ったんです」

「変なこと?」


由紀はカップに視線を落とした。


「……『もし俺がいなくなったら、お前はどうする』、って」





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