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西の魔女商店ー大地の紋ー  作者: 月瀬ハルヒ
第三章 消えた指輪 ―Amissio―
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第8話 疑う理由

「……なくしたものが、あるんです」


美咲(みさき)の言葉に、澪(みお)は微かに頷いた。


「それは、どのようなものですか?」


澪の問いに、美咲は膝の上で重ねた両手に視線を落とした。

ついこの間まで指輪があった左手の薬指には、今は何もない。

それが余計に美咲の心を沈ませる。


「……婚約指輪、なんです」


ぽつりと呟くように言うと、そのまま口を閉ざした美咲を見つめ、澪は黙って続きを待っていた。


「婚約者が、贈ってくれたもので……。とても大切にしていたんです」


暫くの沈黙の後、美咲が口を開く。

美咲は、恒一から指輪を贈られた日のことを思い出した。

嬉しくて、何度も眺めた。

けれど、傷がついたり、なくしたりするのが怖くて、仕事へ行くときには外すようにしていた。

身につけるのは出かけるときか、恒一と会うときだけと決めていた。


「いつも、決まった場所にしまっていたんです。でも、ある朝、ケースを開けたら……」


そこまで言うと、美咲の言葉が途切れた。


「中になかったのですね」


澪が静かに美咲の言いたかったであろう言葉を続けると、美咲は頷いた。

それから、美咲は部屋中を何度も探したこと、婚約者の恒一(こういち)も一緒に探してくれたこと。

それでも見つからなかったこと。

なるべく冷静に伝えようとしていたが、少しずつ声が震えていく。

話しているうちに、美咲の指先がカップの縁へ触れた。

温かな紅茶は、まだ少し残っていた。


「……それで、妹が」


言いかけた美咲は、そこで口を噤む。

澪は何も言わず、小さく首を傾げた。

美咲の視線は紅茶の残ったカップへと向いたまま、一度息を吸うと、ゆっくりと視線を澪へと向ける。


「……妹が、私の部屋に入っていたんです」

「そうでしたか」

「大学のレポートに使う本を借りに行ったって。私がお風呂に入っている間に」


その言葉に澪はゆっくりと頷く。


「妹さんは、そのとき指輪をご覧になったのでしょうか」

「……ケースは見たそうです。でも、取ってはいないって」


その言葉を口にした途端、美咲は俯いた。


――ケースは見た、でも、取ってないよ!


莉央(りお)の慌てた声が、また耳の奥に蘇る。

その場面を思い出した美咲が、ぎゅっと目を瞑った。

澪は、少し間をおいて美咲に尋ねる。


「美咲さんご自身が、最後に指輪をご覧になったのはいつですか?」

「……婚約者が帰った日の夜です」

「その後、どちらへしまわれたか覚えていらっしゃいますか?」


美咲は答えようとして、口を開きかけた。

いつものリングケース。

そう答えるつもりだった。

けれど、指輪を外したところまでは覚えているのに、ケースへ戻した瞬間がうまく思い出せないと気づく。


「……いつもと同じ場所へ戻したと思うんです」

「思う、のですね」


澪の言葉に、美咲は顔を上げた。

澪の声には美咲を責めるものはなく、ただ、美咲が言ったことをそのまま確かめるようなものだった。

それに気が付いた美咲は、小さく頷く。


「……はい」

「今わかっているのは、指輪が見つからないことと、妹さんがお部屋に入られたこと。そして、妹さんがケースをご覧になったということですね」


美咲はその言葉を聞きながら、両手を握りしめた。

どれも自分が話したことだった。

けれど、こうして並べられると、その間にあるものがひどく曖昧に思えた。

でも、美咲の中に浮かんだ気持ちは消えてくれない。


「……私、妹を疑っているんです」


ようやく出た声は小さかった。


「でも、あの子が取ったって決まったわけじゃないんです。わかってるんです」


泣きそうな、震える声で言う美咲を、澪は静かに見つめる。


「それなのに、妹が私の部屋に入ったって聞いた瞬間……」


美咲は言葉を詰まらせ、視線を揺らす。


「……また、って思ってしまって」


美咲の言葉を聞いた澪は、ほんの少しだけ目を伏せた。


「また、ですか?」


澪の問いに、美咲は顔を上げた。

自分でも、なぜそんな言葉が出たのかわからなかった。

けれど、今さら取り消すこともできない。


「……小さい頃から、なんです」


美咲は小さくため息をつくと、膝の上に視線を落とした。


「妹は五つ年下で。可愛くて、明るくて……私とは全然違って」


言いかけて、唇を噛む。


「大切な妹なんです。本当に。でも……」


美咲はその先の言葉を言えず、口を再び噤む。

その様子を見て、澪は少しの間を置いたあと、穏やかに言う。


「無理に、今すべてをお話しになる必要はありませんよ」


その言葉に、美咲は顔を上げた。


「ただ、指輪がどこにあるのかということと、妹さんを疑ってしまうお気持ちは、一度分けて考えてみてもいいのかもしれません」


美咲の表情を見た澪は視線を緩め、穏やかに続ける。


「占いで、どなたかが指輪を取ったと決めつけることはできません。でも、今の美咲さんがどんな気持ちを抱えていらっしゃるのか、一緒に見つめていくことはできます」


美咲は呆けたように、澪を見つめていた。

指輪が見つかれば、それですべて元に戻る。

ずっとそう思っていた。

けれど、恒一と一緒に探しても見つからなかったあの日、自分が何より苦しく感じていたのは、妹への疑いだったのだと美咲は改めて思い至る。


「……お願いできますか」


絞り出すように言った美咲の声に、澪は静かに頷いた。


「ええ。では、少しずつ始めましょうか」


美咲は、カップのそばに置いていた両手を膝の上へ戻した。


何がわかるのかは、まだわからない。

けれど、誰にも話せなかったことを、ようやく口にできた気がした。







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