第6話 疑い
休日の午後。
美咲の家を訪ねた恒一は、部屋に入るときれいに片づけられた室内を見渡した。
以前、美咲の家族から夕食に誘われたとき、食事の時間までこの部屋で過ごしたことがある。
その時とは、インテリアの配置も変わっていた。
「本当に何度も探したんだね」
ドレッサーの上には、空になったリングケースが置かれていた。
恒一がケースに視線を送ると、美咲の指がケースへと触れる。
「うん。でも、どうしても見つからなくて」
美咲は、あの日、部屋に戻るまで指輪をつけていたことは覚えている。
恒一は頷くと、美咲の方を見る。
「じゃあ、もう一回、最初から探してみようか」
美咲は小さく頷いた。
二人で机の引き出しを開け一つずつ探していく。
次は棚の隙間。
ベッドの下。
普段出かけるときに愛用しているバッグの中。
指輪が無くなった日の前後に着ていた洋服のポケット。
丁寧に確認していくがどこにも指輪は見当たらない。
恒一はその間、一度も美咲を責めなかった。
「ここ、見てもいい?」
何かを開けるたびに、恒一が美咲に確認する。
美咲は、真剣な顔で指輪を探してくれる恒一の姿を見ながら、少しだけ肩の力が抜けるのを感じていた。
*
部屋の半分ほどを探し終えたころ、ドレッサーの脇に置かれた古い宝石箱に、恒一の視線が止まった。
「これ、前からあったよね」
「うん。おばあちゃんがくれたの」
美咲は宝石箱を見つめる。
子どもの頃から、大切にしてきたもの。
幼い頃のアクセサリーや、思い出の品。
たくさんのものを入れてきた。
猫足のついたアンティークの宝石箱は、幼い美咲の憧れそのものだった。大人になった今も、大切なものを入れている。
美咲は懐かしそうに目を細めた。
「その中は?」
「もう探したよ」
恒一は「そっか」と頷き、別の場所へ視線を移す。
その恒一の横顔を見つめたあと、美咲はもう一度宝石箱を見る。
指輪がなくなったと気が付いた日にも探した。
そして、恒一に指輪のことを話した夜も確かめた。
あの中には、指輪はなかった。
そう思っていた。
*
ひととおり探し終えた頃には、窓から差し込む光が少し傾いていた。
「……ないね」
「うん」
二人が顔を見合わせていると、階下から美咲の母親の声が聞こえた。
「二人とも、少し休憩したら? お茶とお菓子、持っていくわね」
「ありがとう、お母さん」
しばらくして運ばれてきたお茶とお菓子を前に、二人は小さなテーブルを囲んだ。
恒一は床に座ったまま、近くに置かれたリングケースへと視線を向ける。
「……莉央ちゃんとは、その後、普通に話せてる?」
突然の質問に、美咲は顔を上げた。
「……どうして?」
「いや。美咲が気にしてるみたいだったから」
美咲は恒一の言葉に指輪のなくなった左手の薬指へと視線を落とす。
「……あんまり話してないかも」
指輪がなくなる前は、もっと気軽に話していた。
たわいないことを笑い合ったり、互いの予定を尋ねたり。
けれど最近は、莉央と顔を合わせても、何を言えばいいか分からなくなっている。
「莉央は、取ってないって言ってた」
「うん」
「でも、私……」
そこまで言いかけて、美咲は口を噤む。
その先をなんて言えばいいのかわからず、美咲は言葉にすることができなかった。
そっと美咲の指が左手の薬指に触れる。
恒一は黙って美咲の言葉を待っていた。
やがて美咲は、小さな声で言う。
「私、莉央を疑ってるのかな」
呟くように言う美咲の言葉に、恒一は少し考えてから答えた。
「それは、俺には分からないよ」
「……そうだよね」
美咲は恒一の言葉に再び俯いた。
「でも、指輪を探すことと、莉央ちゃんが取ったかどうかは、別の話じゃないかな」
恒一の優しい声に、美咲は顔を上げる。
「今は、分かってないことが多いから」
続く恒一の言葉に、美咲は何も答えられなかった。
*
結局、指輪は見つからなかった。
恒一は帰り際、美咲に言った。
「今日は見つからなかったけど、また何か思い出したら教えて」
「うん。ありがとう」
玄関で恒一を見送ったあと、美咲は自室へ戻る。
目に入った、空のリングケース。
その隣にある、猫足の宝石箱。
何度見ても変わらない。
美咲は椅子に腰を下ろし、ゆっくりと息を吐いた。
指輪は、どこへ行ってしまったのだろう。
そして、どうして自分は、莉央のことばかり考えてしまうのだろう。
答えのないまま、夕暮れの光が部屋の隅へと伸びていった。




