第2話 ケースの中
母から突然言われた言葉に、莉央は目を丸くした。
昨日のことを思い出す。
昨日の夜、恒一が帰宅したあと家族4人で夕食を囲んだ。
そのあと、一旦美咲も莉央も自室へと戻った。
莉央は提出間近のレポートの為に、机へと向かう。
しばらくすると、莉央は階下の母親が美咲を呼ぶ声が聞こえ、美咲が返事をして降りていく。
「うーん、やっぱり参考書借りなきゃダメかぁ」
机に向かっていた莉央は伸びをすると、ドアを開けて美咲と母がいるだろうリビングへと向かう。
だが、リビングにはお茶を飲みながら、テレビを見ている母親の姿しかない。
「あれ?お姉ちゃんは?」
きょろきょろと見まわして言う莉央に、母親が答える。
「お風呂。莉央、レポートやらなくちゃって言ってたから、お姉ちゃんに先に入って貰ったわよ」
「そっかー。お姉ちゃんに参考書を借りたかったんだけどな」
「今日は恒一君も来て、緊張しただろうからゆっくり入ってきなさいって言ったから、上がるのはもう少しかかると思うわよ」
「そっか。ちょっと部屋に入って借りてもいいかな。あとで借りたって言えばいいか」
そう呟くと、莉央は再び階段を上ると、美咲の部屋のドアを開けた。
美咲の部屋のドアを開け、目的の参考書を本棚から取り出した。
あとで「借りたよ」と一言いえば、美咲は笑顔で頷いてくれる、そう思っていた。
「あー、良かった。これでレポート終わる……」
参考書を胸に抱いて本棚から離れようとしたとき、ふとドレッサーの上にあるオフホワイトのリングケースが目に入った。
莉央の頭の中に、つい数時間前の美咲の幸せそうな笑顔が浮かぶ。
「……お姉ちゃん、キラキラしてたな……」
恒一と顔を見合わせ、幸せそうに笑う美咲の薬指に収まる指輪。
まるで美咲の為に誂えたように、とても似合っていたなぁと莉央は思う。
自然と参考書を小脇に挟んだ莉央の右手がリングケースへと伸びる。
が、莉央は少しだけ迷う。
「……ちょっとだけ」
そう呟くとゆっくりとケースを開けた。
リングケースを開けると、あるはずの婚約指輪がないことに莉央の顔から血の気が引く。
自分は何もしていない。
それでも、婚約指輪がなくなったことを知ってしまった。
「どうしよう……」
そう呟くと莉央は慌ててケースを閉じ、一瞬迷ったあと元の場所にケースを置くと誰かに見つかる前に部屋を出た。
そして今。
莉央はその時のことを思い出しながら、少し強張った表情で頷いた。
「うん。レポートの資料借りようと思って」
提出期限が迫っていたため、今朝、莉央が美咲に参考書があるか確認したところ、美咲からあると言われていたものだ。
美咲も朝の莉央との会話を思い出す。
「ああ……そういえば言ってたね」
「その時、莉央。お姉ちゃんの婚約指輪見なかった?」
莉央の表情が固まり、きゅっと口元に力を入れたあと、息を吐くように呟く。
「……ケースは見た」
莉央の言葉に、美咲の視線がゆっくりと莉央へと向く。
その視線を受け、莉央は慌てる。
「でも、取ってないよ!」
その言葉の早さに、美咲の胸に小さな痛みが走る。
確かに莉央は、リングケースは手に取って開けた。
だけど、そこにあの婚約指輪はなかった。
指輪がなくなったことで、自分の行動を疑われるのだと莉央は気づいた。
さっきとっさに「ケースは見た」と言ってしまった。
本当はケースを開けたのに、それを言えなかった。
けれど、本当のことを話そうとすると、リングケースを開けたことを言わなければいけなくなる。
美咲になぜ?と問われれば素直に
「お姉ちゃんが幸せそうだったから、もう一回見たかった」
と言えばいいのかもしれない。
でもさっきの小さな嘘を今度は「見ただけと言ったのに」と責められてしまうかもしれない。
見ただけと言ったのが、ケースを開けたに変われば余計に怪しまれる気がすると莉央は思い、黙ってしまう。
「見たけれど、取ってはいない」
莉央の言葉に、美咲はぎゅっと胸の前で手を握り締めた。




