第13話 私の道
奈緒は、スマートフォンで検索した絵葉書の場所を何度も見返す。
地図アプリに投稿された写真にあるのは、海を見下ろす小さな岬の写真。
絵葉書とは多少景色が変わっているものの、今でも展望台があり、観光客が訪れているらしいことも書かれている。
投稿された写真は、景色によって表情を変えている。
たまに混じる、岬以外の小さなお土産屋さんや露店の様子。
美味しそうな魚介料理。
「……行ってみようかな」
ふと、奈緒の口から呟きが漏れる。
母が行けなかった場所。
千鶴と約束していた場所。
――長い時間がかかりました。でも、ようやく決めました。今度は、私がそちらへ行く番ですね。――
もし母が最後の手紙で書いた「そちら」がここだったのなら。
「お母さんの代わりに……」
続いて漏れた言葉に、奈緒のスクロールする手が止まった。
「……代わり?」
自分で口にした言葉が、なぜか引っかかる。
母は、本当にそこへ行きたかったのだろうか。
最後の手紙の「そちら」が、本当にこの場所だったのだろうか。
千鶴と行けなかったことを、ずっと後悔していたのだろうか。
「……私には、わからない……」
そこまで思い至った奈緒は肩を落とし、俯く。
これまで奈緒は何度もそうだった。
母が何を考えていたのか。
千鶴をどう思っていたのか。
なぜ手紙を書いたのか。
分からない部分に、自分なりの答えを当てはめてきた。
「……また、私が決めてる」
奈緒は小さく呟いた。
数日後の休日。
少し前に訪れた扉の前に立つ。
「西の魔女商店」
少しアンティークな書体で綴られた看板のかかったドアを、奈緒はゆっくりと開いた。
カラン。
前に訪れた時と同じく、柔らかいベルの音が店内に響いた。
「いらっしゃいませ」
奥の本棚の前にいた澪が、穏やかな笑みを浮かべて奈緒を迎え入れた。
勧められ奈緒は席につくと、前回と同じようにティーカップが置かれる。
カップから漂う柔らかい香りに、自分が緊張していることに気が付いた奈緒が、力を抜くようにゆっくりと深呼吸をするとカップに触れた。
ここに来て、何を話すつもりだったのか、自分でもよく分からない。
ただ、話したい。
そう思った時に浮かんだのが、この店だった。
そうして、これまで調べてきたことを一つずつ澪に話していく。
若葉荘のこと。
写真のこと。
藤井千鶴という人物のこと。
その千鶴がアメリカへ渡ったこと。
途中まで続いていた、二人の手紙のやりとり。
そして、その後の音信不通。
母が何十年も書き続けた、送らない手紙のこと。
澪は静かに奈緒の言葉に耳を傾ける。
そして最後に、奈緒は絵葉書をテーブルへ置いた。
「多分……母が最後の手紙で言っていた『そちら』は、この場所なんじゃないかと思うんです」
そう言って差し出された絵葉書を、澪は手に取りしばらく見つめたあと、静かにテーブルへ戻した。
「母は……ここへ行きたかったんでしょうか」
戻された絵葉書を見つめながら、奈緒が小さく呟くように言うと、澪は少し考えてから答えた。
「分かりません」
奈緒は思わず顔を上げ澪を見る。
「分からない……?」
澪からの答えは、奈緒の予想していなかった答えだったのだろう。
瞬きを二、三度繰り返した。
「はい」
奈緒の表情を見て、澪は静かに頷く。
「もう、お母様には確かめられませんから」
続く言葉に、奈緒は開きかけた口を結ぶ。
その通りだった。
どれだけ資料を集めても。
どれだけ手紙を読んでも。
母が何を思っていたのか、そのすべてを知ることはできないのだから。
「でも」
再び、絵葉書に視線を落とした奈緒に、澪が続ける。
「お母様がそこへ行きたかったかどうかは、もう確かめられません」
澪の言葉に奈緒もその通りだと改めて思う。
そう、もう確かめることはできない。
「ですが、あなたがそこへ行きたいかどうかは、今ここで確かめられます」
澪の柔らかい声に、奈緒は絵葉書から顔を上げた。
奈緒の視線の向こうにある澪の表情は、先ほど迎え入れてくれたときと同じく、穏やかな笑みがある。
奈緒はもう一度、絵葉書へと視線を向けた。
青い海。
岬。
千鶴と母が、いつか行こうと話していた場所。
「私は……」
母のため。
母の代わり。
そのために行こうと思っていた。
そう言おうとして、奈緒は何かに気が付いたようにゆっくりと視線を上げる。
本当にそうなのだろうか。
自分は母を調べ続けるうちに、知らなかった母の人生を知った。
若い頃の母。
友人と笑う母。
自分が生まれる前にも、母には自分の知らない時間があった。
その道の先を、自分の目で見てみたい。
「……私は、分かりません」
奈緒が気持ちを切り替えるように、小さく息を吐く。
「母が行きたかったのかは、分かりません」
そして、口元に小さく笑みを浮かべると、ゆっくりと言葉を続けた。
「……でも、私が行ってみたいんです」
奈緒の言葉に、澪がふわりとほほ笑んだ。
「でしたら、それが、あなたの道なのでしょう」




