第7話 消えた建物
奈緒は慌てて鞄から封筒を取り出した。
住宅地図に記された住所と、封筒に書かれた住所を見比べる。
「……間違いない」
そこには、母が何十年も書き続けていた住所が確かに載っていた。
奈緒は、住宅地図に記された住所から目を離せなかった。
住所は間違いない。
ならば――
「ここに、藤井千鶴さんがいたの?」
封筒に書かれた名前と、住宅地図をもう一度見比べる。
そこにあるのはアパート名だった。
ただ、合併後には住所の表記が変っている。
奈緒はそのページを開いたまま、合併後の住宅地図を開いた。
目次から町名の記されているページを開き、視線が住宅地図の中を動く。
開発なども進んだのだろう。
新しい地図が増えたのか、旧住宅地図のページにそのまま載っていないので、先ほどと同じようにページをめくっては戻るを繰り返す。
「見つけた……、あれ?」
ようやく見つけた番地には旧住所にあったアパート名はなく、駐車場と表記されていた。
「……建物がなくなってる」
奈緒自身、通勤途中の建物が解体され、いつの間にか駐車場やほかの建物に変わっていることはよく見かける風景だ。
「せっかくここまで分かったのになぁ」
奈緒はため息をつきなから斜め上絵へと線を向け、天井を仰ぐ。
首に軽い痛みを感じ、ずいぶんと長い時間資料に集中していたことに気が付く。
「このあと、どうしたらいいんだろ……」
そう呟くと、奈緒は鞄からスマートフォンを取り出すと、旧地図と合併後の地図の両方の写真を撮った。
そして、開いた手帳に新しい住所の番地を書き込む。
「アパートが無くなって、駐車場になった。大家さんが手放したのかな?」
撮った写真を確認していた奈緒の指が画面上で止まった。
そのまま画面を閉じると、ネット画面を開き、アパート名と旧住所を入力して検索ボタンをタップした。
だが、検索結果には同じアパート名ではあったものの住所が違うなど、欲しい情報が出なかった。
次にアパート名と新住所を入れてみるが、こちらも同じような結果が並ぶ。
「それなら、」
と、今度は「建物 所有者 調べるには」と入れてみた。
先ほどの検索結果とは違う、答えを導くためのヒントとなる文字が現れた。
「法務局で登記情報を調べる……!」
奈緒は、広げた資料や住宅地図から得た情報の漏れがないか手帳と見比べ確認した後、丁寧に資料を閉じワゴンに乗せた。
自宅に戻った奈緒は、今日調べたものを纏めながら法務局へ向かう手順を考える。
法務局の時間は平日の9時から17時までで、土日は開いていない。
「どこかで有休取れるかなぁ」
手帳のカレンダーを見ながら呟く。
出来れば早いうちに行きたいとは思うが、会社での周りの都合もある。
課の人たちは奈緒の母が半年前に亡くなったこと、直属の上司や仲のいい同僚は休みごとに実家に出向いて片付けていることも知っている。
「ちょっと申し訳ないけど、聞かれたら実家の整理で法務局に行く必要ができた、って理由にするか」
そう言うと、奈緒は母の書いた手紙の束を見つめた。
週明けに出社した奈緒は、考えていた「実家の整理のため法務局に行く必要がある」という理由を伝え、木曜日に有休を取ることができた。
法務局の受付が始まる9時に到着するように家を出たため、時間の余裕はあったが法務局は初めて来る場所だ。
まずは受付へと向かい、「古い建物について調べたい」と相談した。
職員は丁寧に手続きについて奈緒に教えてくれる。
「登記を調べるには地番・家屋番号が必要ですね。お分かりですか?」
「はい、多分これで……」
そう言いながら奈緒は鞄から手帳とスマートフォンを取り出した。
手帳を開き、先日調べた住所の書いてあるページを開き、市立図書館で撮った住宅地図の画像を見せる。
「そうですね、これでしたら登記事項証明書を取ることができますよ」
その言葉にほっとした奈緒は、職員からこれからの手順を教わり、手続きを進める。
不慣れなせいで多少時間がかかってしまったが、想像していたよりもあっけなく登記事項証明書が手に入った。
とりあえずは、と一番近い待合席に腰かけ、手にしたA4サイズの用紙に書かれた文字を奈緒の視線が追う。
今は駐車場となっている土地は、かつて建物が存在していた事。
建てられたのは昭和40年代の終わりであること。
平成に年号が変り、二桁に入ったころ建物の所有者が変ったこと。
そして、所有者が変って平成十二年十一月に建物が滅失していること。
「確かに住宅地図はアパート名だったしね……それに今は駐車場だし」
一瞬、かつてこの土地を所有していた、または今も所有している人が「藤井千鶴」という人物につながりがあるかも、という淡い期待はあったが、登記の名前を見ても「藤井」という名前はない。
でも、ふと手紙の束を思い出す。
最新の手紙は母が亡くなる3か月前だ。
その前にも、去年、一昨年……。
建物がなくなってからも、母は20年以上、存在しないアパートの住所を書き続けていたことになる。
奈緒は手にした登記事項証明書の中の滅失年月日を見つめた。
そして、鞄から持ってきていた封筒を取り出す。
市立図書館で調べた旧住所の、合併前後に書かれた手紙だ。
平成十二年 夏
平成十二年 冬
平成十三年 夏
貼った付箋の日付を確認した瞬間、奈緒の手が止まった。
「……待って」
奈緒の指が、平成十二年冬の手紙で止まった。
アパートがなくなったのは、平成十二年十一月。
その後に書かれた手紙が、ここにある。
「お母さん……この場所がなくなったあとも、書いてたの?」




