第3話 西の魔女商店
実家から自宅マンションへ戻り、普段と変わらない一週間を過ごす間も、奈緒は母の残した手紙と「藤井千鶴」という名前について、一人で探し続けた。
とりあえず持って帰ってきたのは、手紙の入った木箱と母のスマートフォン。
手紙は何度も読み返し、何か手がかりになりそうな言葉があればスマートフォンで検索をかけてみる。
もちろん「藤井千鶴」という名前も。
だが、同姓同名は検索画面に出てきても、母と同年代と思われる人物はいなかった。
そんな一週間が過ぎた日曜日。
さて、これからどうしようか、と奈緒が手紙の束を見ながらため息をついたとき、手元のスマートフォンが震えた。
画面に表示された名前を見て、奈緒は慌てて通話ボタンをタップする。
「もしもし、奈緒ちゃん?」
耳元から聞こえてきたのは、先週も聞いた叔母の声だった。
「叔母ちゃん?どうしたの?」
意外な人物からの着信に、奈緒が驚いた声を出す。
まだ奈緒が小さい頃は頻繁に顔を合わせることもあったが、大人になり一人暮らしを始めてからは年に1、2回会う程度。
特に母親が亡くなってからは、四十九日を過ぎてから先週の電話までは連絡を取ることもなかった。
「この前、奈緒ちゃんが姉さんの知り合いを探してたじゃない?」
「うん」
「私も知らない名前だからちょっと気になっちゃってね。水曜日にお稽古に行ったらたまたま話を聞いたから、奈緒ちゃん行ってみたらどうかなって思って連絡したのよ」
ざっくりと話す叔母の言葉に要領を得ない奈緒は、眉を寄せる。
「叔母ちゃん、端折りすぎて何が何だかわからないんだけど」
「ああ、ごめんごめん」
奈緒の言葉に、叔母は笑いながら謝ると詳しく話を始めた。
叔母は毎週水曜日に韓国語の講座に通っていて、そこでたまたま耳にした話だという。
「叔母ちゃん、韓国語なんて習ってたんだ」
「ほら、ドラマにはまっちゃってね」
そう笑いながら言うと、続きを話し始める。
その教室には20代から叔母ぐらいの年齢まで、幅広い年代の人が通っているという。
その中の一人が悩み事があって、たまたま知った占いの店へ行ったという。
少し変わった、いわゆる「占いの店」とは少し雰囲気が違ったが、女性の店主でとても良かったんだと話したそうだ。
「へぇ、そうなんだ」
「ほら、占いって人探しのヒントを見つけてくれたりするじゃない?もしかしたら何かわかるかもしれないって思ってね」
そう言うと、叔母が笑う。
「まぁ、眉唾ものだけどね」
その言葉に奈緒も小さく笑う。
色々思いつくことを試して探してみたが、「占い」という存在は頭に浮かばなかった。
「ありがとう。行くかまだ分からないけど、念のためそのお店のこと教えてくれる?」
奈緒はそう言うと、叔母から聞いた店の名前と電話番号と住所をメモした。
叔母との電話を切ったあと、奈緒がメモを見る。
西の魔女商店という名前と、住所と電話番号。
場所は自宅からは少し距離があるが、仕事帰りであれば寄れる場所だ。
「……西の魔女?」
店名をまじまじ見た奈緒が呟く。
そして、テーブルにある十数通の手紙を見た。
「占い、かぁ……」
自分で一週間探した。
叔母も知らない。
ネットでも分からない。
八方ふさがりな状態ではある。
もし、少しでも何かわかるのであれば……。
「……行ってみるだけ、行ってみようかな」
そう言うと、奈緒は一度置いたスマートフォンに再び手を伸ばした。
日曜日の叔母との電話のあと、奈緒は「西の魔女商店」へ電話をかけた。
予約が取れたのはその3日後。
普段は電車で素通りする駅の改札を抜けると、奈緒はスマートフォンの地図アプリを頼りに歩いた。
駅から少し歩いたところにある、商店街のはずれに「西の魔女商店」の看板を見つけた。
その外観を見て、奈緒は思わず足を止めた。
アンティークな喫茶店を思わせる店構えに、ドアにかかる少し古びた看板。
奈緒は、なんとなく自分が場違いな場所に来てしまったような気持ちになって、ドアを開けるために伸ばした手を一度引いてしまった。
だけど先日の電話で予約はすでに取っている。ここで引き返せば、店にも迷惑がかかる。
そう考えて、奈緒は改めてドアノブに手をかけるとゆっくりとドアを開けた。
カラン。
ドアにつけられたドアベルが鳴った。
奈緒の目の前に広がるのは落ち着いた木目調の家具と、柔らかな間接照明の明かり。ほのかに香るハーブが、奈緒の緊張を少しだけ緩めてくれた。
「あの……」
声をかけようとしたところで、奥から一人の女性、雨宮澪が現れた。
「いらっしゃいませ」
口元に穏やかな笑みを浮かべた澪の姿に、奈緒は呆けたように見とれた。
電話で聞いた声から、もう少し年上の女性を勝手に想像していた。
けれど目の前の女性は、年齢がよくわからない。
若く見えるのに、不思議と若いという印象でもなかった。
「佐伯奈緒さんですね?」
「あ、はい」
「どうぞ。こちらへ」
そう促され、奈緒はテーブルに備え付けられた椅子に腰かける。
少しの間のあと、コトン、と小さな音と共にお茶の注がれたティーカップが置かれた。
向かいに澪が座ったところで、奈緒がすうっと息を吸った。
「人を、探しているんです」
「人を?」
「はい。藤井千鶴という女性です」
そう言うと、奈緒は鞄の中から束ねた手紙を取り出した。
「数か月前に母が亡くなって、遺品を整理していたら見つけました」
そう言うと、奈緒は自分の今分かっていることを口にする。
十年以上、毎年同じ人に書いていたこと。
それは一通も投函されていないこと。
住所は平成の大合併で現在はなくなっていること。
住所録にもスマホにもアルバムにも宛名の藤井千鶴はいないこと。
母と一番仲の良かった叔母も知らないこと。
「母は、ずっとこの人に会いたかったんだと思うんです」
奈緒の言葉に澪が問うように軽く首を傾ける。
「お母様は、藤井千鶴さんに会いたいとおっしゃっていたんですか?」
澪の問いに、奈緒は一瞬答えに詰まったあと、視線を澪から手紙へと向ける。
「……いえ」
「では、手紙に『会いたい』と?」
「それも……書いてありません、……でも、最後の手紙に『今度は、私がそちらへ行く番ですね』って」
「なるほど」
奈緒の言葉に、澪は短く答えると手紙を見た。
「では、今分かっているのは、お母様が十年以上、藤井千鶴さんへ毎年手紙を書いていたこと。一通も投函されていないこと。そして最後の手紙に『そちらへ行く番』と書かれていたことですね」
澪は柔らかく口元に笑みを浮かべ言うと、奈緒が驚いたように手紙から澪へと視線を戻した。
「じゃあ……私は何を聞けばいいんでしょう」
「あなたが知りたいのは、藤井千鶴さんの居場所ですか?」
澪の言葉に奈緒は答えられない。
「それとも、お母様が残したこの手紙が、どこへ続いているのかですか?」
澪の穏やかな声に、奈緒がもう一度手紙を見た。
「……私は、……手紙の意味を、知りたいです」
奈緒の答えに、澪は静かに頷いた。
「では――この手紙が示すものへ至る道を見てみましょうか」




