エピローグ
日中の日差しが和らぎ、風が心地よい季節になった。
庭のハーブもローズマリー、セージ、タイムが摘みごろとなり、店内のハーブの顔ぶれも少し変わった。
夕方になると、庭から虫の声も聞こえてくる。
日が傾くと、澪はいつものように店のランプを灯す。
テーブルの上には何通かの郵便物がある。
その中の一通の手紙が開かれている。
封筒にある差出人は、高瀬由紀。
「澪先生へ
あれから、主人は治療を始めました。
仕事も会社と相談しながら、しばらくお休みすることになりました。
美奈子さんとも、主人自身が話をしています。
あのお金をどうするのかは、まだ決まっていません。
分からないことは、まだたくさんあります。
これからのことも、和也さんがあの日何を思っていたのかも、きっと全部は分からないままです。
でも今は、分からないことを分からないまま、二人で話せるようになりました。
あの日、先生が主人を見つけてくれたのだと、最初は思っていました。
でも、今は少し違う気がしています。
先生が広げてくださった地図を見て、私が主人へ続く道を探したのだと思います。
地図を広げてくださって、ありがとうございました。
高瀬由紀」
読み終えたのだろう、澪は静かにほほ笑むとその手紙をたたみ、封筒へと戻した。
そして、あの日由紀が手にしていた、直人の部屋にあったという、Carcerの図形が描かれた紙を見つめる。
ふわり、と空気が揺れる感覚と同時に、澪の目の前にCarcerが現れた。
『二人とも、出たようだな』
澪の耳にCarcerの言葉が届く。
「どうかしら」
その言葉に、Carcerが珍しく片眉を上げるような表情をした。
『まだ牢の中だと言うのか』
「人は、一つの牢を出ても、また別の牢を作るものよ」
澪の言葉にCarcerが小さく笑う。
『ならば、また我の出番か』
「そうかもしれないわね」
澪は小さく首を傾げ、口元に笑みを作る。
「ただ、一度出口を見つけた人は、次は少し早く気づけるかもしれない」
そう言うと澪は、由紀の占断で使った札と記録をまとめ、木箱へと片付けた。
手元に残ったのは、由紀が一番初めに持ってきたCarcerの図形と「西へ」と書かれた紙片。
『それは、まだ残すのか』
Carcerの視線が、澪の手元へ落ちる。
「ええ」
澪はもう一度、紙に描かれた図形を見つめた。
『結局、それがなぜあの男の部屋にあったのかは分からぬままだな』
「そうね」
『我を知っていたのか?』
「それも、分からないわ」
Carcerが黙る。
澪はその隣に置かれた、小さな紙片へ視線を移した。
――西へ。
ただ、それだけが書かれている。
「だから、これはまだ片付けられないの」
『……お前も人のことは言えぬだろう』
Carcerの言葉に、澪の手が一瞬止まった。
「……何のことかしら」
澪の答えにCarcerはそのまま姿を消した。
カラン――。
店の扉のベルが鳴る。
引き出しに手を置いていた澪が顔を上げると、少し不安そうな瞳と視線が合う。
「あの……占いを、お願いしたいんですが」
澪は微かに口の端を上げる。
「いらっしゃいませ」
――第一章「閉ざされた夫 ―Carcer―」完。
第一章「閉ざされた夫 ―Carcer―」
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
由紀と直人の物語は、ここでひとまず幕を閉じます。
けれど、西の魔女商店の物語はまだ始まったばかりです。
第二章は9月7日(月)より公開予定です。
また次の物語で、西の魔女商店の扉を開いていただけましたら幸いです。




